第78話 絶望の未来

 黒狼トルドウルフは今では希少とされている。

 強靭な体躯を活かした速度は図抜け、力も類を見ないほどに強い。だが、希少と言われる理由はそのドロップアイテムにある。

 この巨狼は、殺すと純度の高い魔石を落とすと知られているのだ。

 元々、デポン山の主と呼ばれていた狼は、気まぐれに人間が切り開いた山道に姿を見せては通行者を殺していた。圧倒的な強さに加え、内臓だけをえり分けて喰うという残忍性を前に、人はトルドウルフを恐れ、生ける災害とまで恐れられた。

 しかし、いつからか人が戦い方の術を身に付け徒党を組むようになると、一匹狼の巨狼は自然と敗北を味わうことになる。

 個は集団に勝てない。

 そして、為す術なく殺された結果、ドロップアイテムの事実が人に知られたのだ。

 ほどなくして、純度の高い魔石を求めた強者による乱獲が始まり、巨狼は一気に住処をデポン山深部に追われ、隠れ住むこととなった。


「どうしてこんな開けたところに」


 追いついたエティルが呆然と口を開けた。人目を恐れる巨狼が堂々と姿をさらしている事実を訝しく思ったのだろう。

 サナトは素知らぬ風を装いながら、笑みを深めた。

 これはギルドの仕掛け。

 そう確信し、短く息を吐き出して、はやる気持ちをいったん落ち着かせる。

 

 今後、圧倒的な力を持つサナトがギルドとうまく付き合うために重要なことが二つある。

 一つ目は、ギルドに対して従順であることだ。

 すでにイレギュラーとして認識されている自分。危険人物と判断されればそれだけ日常生活が面倒なものとなる恐れがある。それは望むところではないし、リリスを危険に晒す恐れもある。

 二つ目は、一つ目を守りつつも甘く見られないことだ。

 『便利屋』と冒険者たちに揶揄されているうちは良い。しかし、ギルドまでがそう認識した場合は、サナトたちはただのギルドの手駒として使いつぶされる恐れがある。


「だからこそ、見せ方は重要なんだ」

 サナトは誰にも聞こえない声でいう。

 

 巨狼は大地をその場で踏みしめるように、艶々となびく黒い鬣を揺らして身構えた。

 瞳に恐れは皆無。

 出会ったからには殺さなければ――そんな敵愾心が透けて見えていた。


「おや? 人間もいるな」

「ギルドの方でしょうか」

 

 隣に立つリリスと目を合わせた。

 サナトは、目の前のトルドウルフ二匹はエティルを追う者たちが<召喚魔法>で産み出したものだとばかり思っていたが、予想外の第三者がいるらしい。

 見た目は山賊風の男。

 肩口がぼろぼろになった衣服を身に付け、皮の胸当てを備えている。異様なのはその武器だ。腰には古びた剣。そして、手には明らかに魔法使い用と思しきロッドの水晶が、西日を受けてきらめいている。

 そして、考えを巡らしているうちに、山すそから新たに二人の鎧姿の男が現れた。山賊風の男はこちらを見ながら、近寄ってきた彼らに二言三言告げた。仲間だろう。

 全員がにぃっと異質な笑みを張り付け、サナトと背後の二人を眺めている。何を考えているのかは容易に予想できた。


「サナトさん、下がりましょう」


 背後で怯えた声をあげたエティルを、サナトは「逃げても狼に追いつかれる」と一蹴する。

 状況は変わったが、チャンスであることには間違いないのだ。

 全員が協力者でエティルが演技をしている可能性もまだ残っている。

 サナトはリリスに「エティルを頼む」とだけ告げ、ゆっくりと歩を進めた。


「よう、運の悪い二人目の兄ちゃん。こんなところまでご苦労さん」


 山賊風の男はトルドウルフの間を縫って前に出た。接近戦に自信があるのかもしれない。

 おどけた雰囲気の野太い声が風に乗る。


「なんのことだか分からんな」

 サナトは軽く肩をすくめ「確か、トルドウルフの勝手な捕縛は禁じられていたはずだがな」と二匹の巨狼を一瞥する。


「こいつらについてはよく知らねえな」


 にやにやと狡猾な笑みを浮かべた男の左右から、鎧の二人が抜剣して移動する。黒狼はまだ動かない。

 表情を変えないサナトは「人間が仕掛けてくるとは……やはり仕掛けじゃないのか」とつぶやきながら山賊風の男に冷ややかな瞳を向けた。


「兄ちゃんも何を言ってるのかわからんな」

「正直俺もよくわかってなくてな。一応聞くが、お前はギルド員か?」

「はあ?」

 男は眉を寄せた。

「違うか……では質問を変えよう。ここで何をしている。見たところ、王国の人間かどうかも怪しいが。冒険者か?」


 男はその質問に酷薄な笑みを深めた。両側に陣取る鎧の二人に目配せで合図を出す。と同時に、「めんどくせえことだ」と吠えた。

 鎧の二人が弾かれたようにサナトに向けて駆け出し――


 即座に片側の男が胸から血しぶきをあげてどうっと倒れた。

 逆から襲い掛かろうとしていた鎧の男が、あんまりの事態に慌てて足を急停止させる。驚愕に見開かれた目が、大きく揺れた。


「ガルン……おい――ぐっ」


 地に伏す同僚に悲痛な呼びかけを行った男もまた、あっさりとその場に崩れ落ちた。

 鎧ごと真っ二つだった。

 黄土と茶土が混ざる地面に、どす黒い血潮が華を咲かせる様子を、サナトはその場で一瞥し、山賊風の男に向き直った。


「話の通じない輩ということはよくわかった」


 冷めきった言葉に、男の表情がじわじわと恐怖にゆがみ始めた。

 転がる二つの死体に数度目を向けると、顔から血の気がみるみる引いていった。


「待ってくれ! 何かの勘違いだ。俺は別に悪いことはなにもしちゃいねえ」


 ようやく出た第一声は保身だった。打って変わって弱気な様子を見せる。

 サナトは辟易しながらも問う。


「言い訳はいいから、知ってることを話せ」

「俺は……こ、ここでトルドウルフの生活をみ、見守っていたんだ。へへ……」


 引きつった愛想笑いを浮かべて、ぼそぼそと言い訳をする男の様子は滑稽だった。

 この状況でも本音は話さないらしい。

 見守っていただけなら、なぜ俺を殺そうという話になる――

 無駄な問答を心に沈め、代わりに大きくため息をついた。もはや生かしておくつもりはさらさら無くなっていた。

 サナトは片腕を振るった。

 大気を焦がす<白炎刀>が拳から伸びていた。長大な白刃の先が、地面をゆっくりと焦がし、黒色へと変える。

 立ち上る熱気がサナトの頭上を揺らめかせた。


「本当だ……本当なんだ」


 その凶悪な刃に視線を縫い付けられた男の顔は蒼白に塗り固められた。だが、うわ言のように「嘘じゃない」を繰り返しながらも、何か背後を気にかけている。

 方向は山ふもと。

 何かを待っている。

 サナトも釣られるように視線を向け、「なるほどな」と嘆息した。やれやれと失笑し、<白炎刀>を解除し、腕組みをした。


「ようやく信じてくれたか……本当なんだ。さっきのは……そう、ちょっとした勘違いで――」


 男が、安堵の息を漏らした。

 だが、続けようとした言葉はサナトの「待ってやるよ」という一言に遮られる。


「待つ?」

 男の声色が訝しむものに変わり、瞳に猜疑心が浮かぶ。

「待ってやると言ったんだ。心配しなくとも、お前が頼みにしている『仲間』はもう数分でここに到着する。続きはそれからだ」


 いずれ訪れる未来を先読みするようなサナトの言葉。

 男は何を思ったのか。

 しばらく唖然と口を開け、その後むっつりと押し黙った。逃げることも、立ち向かうこともせず、ただ処刑の瞬間を待つ囚人のように、身を翻して仲間の方に向かうサナトの背中を幽鬼のごとく見つめていた。

 そうして数分後、馬を駆る一団がもうもうと煙をたてながら、山麓に姿を現した。

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