第74話 白炎の灰

「最近俺が聞いたのはその程度だ。デルティオは?」

「似たようなもんだ」


 ラーンズはようやく終わったとばかりに背もたれに体を預けた。エールはほとんど減っていない。代わりにデルティオのカップは空だ。

 エティルが「ありがとうございます」と言い、うわ言を漏らすように指折りを始めた。


「えっと、デポン山の希少獣トルドウルフの捕獲、闇ギルド『戯言の進言』の残党狩り、純度Aの魔石納入、フレーロンド砂漠の土蜥蜴討伐に、某要人の護衛……なんでもありですね」


 呆れた声を上げたエティルにラーンズが肩をすくめて同意する。


「まったくな。後のやばさを考えりゃ、闇ギルドになんて手を出すバカはまずいない。魔石にしたって、迷宮に潜るにしても純度Aなんてよほど深くないと見つからない。他の依頼を考えても、パーティ能力はもちろん、個人能力、索敵、護衛能力……全方位に無茶苦茶だ。普通はどれか分野が偏るんだけどな」

「……そして極めつけはライルの勲章だ。『白炎』が迷宮に落ちていたものを拾ったらしいが――」


 ラーンズの言葉を引き継いだデルティオを、さらにエティルが継ぐ。


「あの天才と呼ばれたライルさん……ですよね」

「エティルちゃんは直で見たことはないだろうけど、学園始まって以来の逸材と言われたライルが指揮するパーティだからな。音沙汰が無くなってしばらくだったが、迷宮の30階層をあっさり突破したことは有名すぎる話だ。勲章と一緒に死んでたとはな……」

「つまり、『白炎の灰』の二人はたぶんその階層よりずっと下に――」


 鼻息荒く興味津々で体を乗り出したエティルに、デルティオが渋い顔を作る。

 カップを持った手が制するように彼女の眼前に差し出された。


「あくまでそうじゃねえか、って推測だ。証拠はねえよ。到達階層も報告してないそうだからな」

「しかし、ここまで短時間で実績を残すとなると、あながち噂でもないかもな」


 ラーンズの声色に少し嫉妬が混じったが、エティルはまったく気づかないように目を輝かす。

 そして、憧れを隠すことなく言葉にした。


「もしかして、これから伝説に残るような人のお世話をさせてもらえるのかもしれませんね。うぅ、かなりわくわくしてきました」

「……その口ぶりだとまだ会ってないわけ?」

「あっ、そうなんです。今日、初顔合わせになってまして。いつ来られるかは聞いてないんですけど夕方くらいじゃないかと――」


 浮かれた声を上げたエティルはそわそわと落ち着かない。

 ラーンズがわざとらしく大きなため息を漏らした。デルティオも片眼をつむったまま、「ギルド員としては注意力に難あり」とつぶやき、彼女の前に太い腕を突き出した。

 そのまま、ひとさし指が受け付けを指し示す。


「さっきから二人ともずっと待ってやがるぞ」


 エティルが「えっ」と声を漏らして視線を向けた。表情が一気に凍り付いた。


「えぇっ!? あの方たちが『白炎の灰』なんですか!? どうして教えてくれないんですか」

「ギルドに出入りする人間くらい目で追っとけ。鼠色のローブの黒髪、白の鎧を着た紫髪の娘の二人組。あいつら以外いねえだろ」

「す、すみません。私――すぐ行きます! あっ、お話ありがとうございました!」

「おう。また今度もエールよろしく」


 大慌てでその場で頭を下げたエティルが、エプロンを酒場のカウンターに放り投げて、小走りでかけていく。ギルドの制服は当然身に付けていない。

 町娘と言われれば誰も疑わないだろう。

 ぽつんと取り残された形になった二人が、顔を見合わせて小さく噴き出した。


「そそっかしい嬢ちゃんだな。まさか『白炎』の面も知らねえとは」

「俺も初めてみたときはびっくりしたさ。線の細そうな男とひ弱な娘がパーティ組んで土蜥蜴と戦うとは予想できん。何かの間違いだとずっと思ってた。で――それはそれとして、エティルちゃんにただエールはあまりねだるなよ」

「なんでだ?」

「なんとなく……あの子の場合は高くつきそうな気がする」

 

 ラーンズが答えると、デルティオが腹を揺すって大きく笑った。


「ちげえねえな。あの若さで俺ら相手に度胸がすげえ。大物になるかもな」

「……俺たちも負けてられんな」

「それは、嬢ちゃんにか? 『白炎』にか?」

「どっちもだ」

「ほお、やる気があるとは珍しいな。今日は飲み明かすつもりだったが、どっか狩りに行くか?」

「いや、学園に顔を出してくる。少し初心を思い出したくなった」


 ラーンズが腰に佩いた剣を片手で二度叩いた。対面に座る男が「なるほどな」と答え、のそりと立ち上がると両手を延ばして体をほぐす。


「せっかくだ。付き合うとするか」


 デルティオは嬉しそうに表情を緩め、隣のテーブルに立てかけていた槍を手慣れた様子で握り取った。


  

 ***



 見た目はもちろんギルド長から聞いていた。

 だが、話に夢中で気づけなかった。

 落ち着いた雰囲気の冒険者二人。

 薄紫色の髪を束ねた少女。白亜の鎧に奇妙な青い紋様。腰には同じ紋様の剣。素材は不明。あまり積極的に口を開くタイプではない。

 もう一人は薄鈍色のローブに身を包んだ黒髪の男性。こちらは驚くことに無手。

 取っつき難い印象を持つが、話せば意外と普通の人。だが、途方もない難易度の依頼すら、水を汲むだけだと言われているかのように軽く引き受けてしまう異常に普通な人物。


「印象悪くなっちゃったかな」


 思わず漏れた声が低く沈んでいるのを実感した。

 初っ端から大失敗だ。

 のめり込んだり、考え込むと周りがまったく見えなくなるのが悪い癖だと自覚している。

 完璧な身だしなみで礼節の尽くした対応を――と秘密裏に伝えられているがゆえに、余計にまずい状況だ。


 パーティ『白炎の灰』。


 エティルにとってはパーティ名はどちらでも良い。

 それよりも重大な秘密、いや、異常すぎる事実があるからだ。

 それは――レベル。

 S級の依頼すら難なくこなす二人のレベルは、聞いている情報では黒髪がレベル8。そして信じがたいことに、奴隷の少女がレベル65。

 ギルド始まって以来の記録。

 過去最高を軽々超えてしまうというイレギュラーなのだ。土蜥蜴の討伐すら、少女一人でこなせてしまうのではないかと思われる高さだ。


「あんな女の子が……うちより年下じゃん」


 嬉しそうに主人の話に耳を傾けている少女を一瞥し、すばやく受付カウンターに体を滑り込ませ、大急ぎで服を脱ぎ捨てる。

 この際、簡易の衝立で良い。

 温かかった体の表面を冷やりとした空気が撫で、白い下着に包まれた豊かな肢体が露わになった。周囲の同僚にぎょっとした視線を向けられたが努めて無視する。

 今はそれどころではない。重要人物を待たせている。

 カウンターの向こう側。

 一瞬舐めるような視線を送ってきた冒険者を修羅のごとく睨みつけ、制服に袖を通し、スカートに足を通した。

 髪型のチェックは忘れない。

 受付のカウンターを出て、ふと気づいて、大急ぎで栗色の髪を束ねて肩から胸に垂らす。

 落ち着いた印象を与えた方が対等に扱ってもらえるかもしれない。

 溢れかえる冒険者の間を縫って、一つのテーブルに近づいた。


「サナト様、お待たせしました。遅くなって申し訳ありませんでした。エティルと申します」


 この程度で息など切れない。幼少の頃から体は鍛えている。ギルド員の心得の一つでもある。

 きちんと謝罪をして、折り目正しく頭を下げた。

 もはや、さっきまでのエティルはいない。今は特異な能力を認めて雇われたギルドの受付員の一人だ。

 気づけば、朗らかに談笑していた少女の声が止まっていた。

 一方、向けられたサナトの顔には苦笑が浮かんでいる。エティルは内心で首をかしげつつも言葉を待った。

 もしかして遅れたことを怒鳴られるのでは、と身構えた。が、耳朶を打ったのは予想もしていなかった言葉だ。


「……今度からそんなに慌ててくれなくて大丈夫だ。忙しいなら待つ。……服が前後反対だ」


 サナトがエティルの背後に視線を向けた。

 喧噪としていた雰囲気が嘘のように静まり返っていた。

 ベテランの冒険者は見ていられないとばかりに失笑し、初級冒険者は口元をにやつかせている。

 エティルの顔が瞬く間に真っ赤に染め上がった。

 大失敗だった。

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