第73話 王都ヴァルコットの噂

 ヴァルコットはディーランド王国における王の座す都市の名だ。

 大国に囲まれた交通の要衝地として、様々な文化、種族、物資が行きかう商業都市として発展してきた。北東には峻険なデポン山があり、そこから流れ込む水脈が都市機能を潤す豊富な水源として昔から利用されている。

 決して広くない領土に人は集まり、商人は商売の機会を求めて自然と流れ込んでくる。

 調味料、珍しい食料、布、防具。

 より豊かな生活を求めて集まる人間たち。流通する物も多岐にわたる。

 取引は活発で、日々大量の貨幣が取り扱われている。

 また、今も周囲を見回せば所狭しと住居が建設され、住人が目に見えて増えているところだ。


 だが、華々しい成長を遂げる都市に対し、国際情勢としては難しい立ち位置にある。

 西は複雑な思惑を内包するハンザ同盟国。

 南は天使を崇める神聖ウィルネシア国。そして、北は軍事大国であるラードス帝国に接している。

 ディーランド王国はこれらの国に対して決して優位な立場にない。

 大国である神聖ウィルネシア国とラードス帝国に比べれば、軍事力で著しく水をあけられているからだ。

 しかし、それでも小国として示威に屈せずにいられた理由は、ディーランド王国が征服されることで次は自分たちに矛先が向くことを恐れたハンザ同盟国の影からの支援と、亡きディーランド王国国王ノトエアが生み出した専門職――軍という組織にある。


 元々、王国にも戦いを生業とする人間がいた。

 傭兵と呼ばれる者たちだ。

 だが、彼らの食い扶持は戦争が無ければ手に入らない。国家が緊張状態にあるだけでは満足に仕事を得られず、そこに根付くことなく衝突する場を求めて旅立っていく。

 これでは国民の仕事として確立しえないのは道理だ。数も少なかった。

 だからこそ、当時は農民が有事に武器を持つという形で仕事をこなした。彼らこそが食糧の生産者であり、国家の守護者であったのだ。


 亡ノトエア国王は即位後この事実に目をつけた。

 過去、帝国にデポン山のふもとの領土を瞬く間に奪われた経験を持つ彼は「専門でない兵士が束になったところで強大化する帝国には勝てない」と確信していた。

 すぐに指示を出した。

 武器の研究、戦術の研究。

 他国の模倣、魔法使いの育成。

 経験者による戦闘指南。将来の人材確保を目的とする学校創立。

 生業とする専業の軍を創立する。

 できあがったものが、王の命を忠実に遂行できる治安対策の『憲兵団』と、外患に対応する『護軍』だった。

 資金源、人の確保、武器の調達、兵の指導、忠誠心の醸成――問題は山積していた。

 だが、ノトエアは形にしてみせた。

 中身の伴わない烏合の衆となり果ててしまう危険の中で、必死に奮闘し、職業軍人というシステムを作り上げた。

 そのかいあって、憲兵団と護軍は徐々に機能し始める。

 何代にも渡って両軍に身内を輩出する家系が現れた。

 幹部級に上り詰める者、卓越した槍捌きで名を馳せる者。魔法、戦術に秀でた者。

 彼らは躍進し、名門を作り上げ、国民からの羨望を受けるほどになった。直系はもちろん、傍系であっても一目置かれるような血筋も現れた。

 

 たとえ物量で負けていようとも、集団戦ではどこの国にも引けを取らないディーランド王国。

 その名は決して飾りではない。

 軽々しく手を出せば目も当てられぬ被害を被る。触らぬ獅子に祟りなし。

 

 ――偉人たちが作り上げた安定した時代。その何十年かの揺り返しが来るように、波は静かに水面を荒立て始めていた。




 ***




 ――あれから数カ月。


 王都ヴァルコットの中心地から東方に位置する場所。

 意外と新しい外観を有する木造の建物は、ディーランド王国を拠点とする冒険者たちの巣窟だ。憲兵団や護軍よりも歴史を有する組織――冒険者ギルド。

 自由気ままな風潮と根無し草を愛する冒険者たちは、ギルド内に設けられた酒場で情報の交換を行っている。

 彼らに時間は関係ない。

 好きな時に、好きなだけ、気の合う仲間と飲む。


 だが、もちろんそれができるのは懐が潤っている者だけだ。

 その日暮らしすら困難な、かけだしの冒険者や、なかなか才能が開花しない者、そして冒険者になりたいとは願っていても決定的に向いていない者。

 冒険者の大多数を占める彼らは、依頼が貼りだされた掲示板を競い合うように睨んでいる。

 高額な報酬に釣られて手を伸ばしてみたものの、依頼内容を己の実力と天秤にかけては難しい顔をして首を振ったり、パーティメンバーと相談してはすごすごと紙を戻しにくるリーダーもいる。

 珍しくもなんともない光景。

 最低限、己の労働分に釣りあうか、あわよくば儲けものの依頼。

 誰もがそれを求めるのが普通だ。


 しかし――

 最近になって、ギルドでは一つ奇妙な話が話題になっていた。

 二人組のパーティが難易度の高い依頼ばかりを受けている、というものだ。

 熟練の冒険者から見れば明らかに報酬が釣り合っていないそれを、涼しい顔で承諾しては、あっさりとこなして戻ってくるらしい。

 依頼者の資金の問題とは言え、通常は低報酬で難易度だけ高い依頼など受けるパーティはいない。己の身に降りかかる危険だけが大きいなどありえない。

 ギルドとしても断りたいものの、受けざるを得ない場合もあり、結局のところ、この手の依頼は貼り出すだけ貼り出しては、受諾されずに期間経過で剥がすのが常だ。

 だが、この依頼をあえて狙うかのように動くパーティがある。

 名を『白炎の灰』。

 サナトとリリスが組むパーティの通り名だ。






 ***





「おい、聞いたか。『白炎』の話」


 ギルド内の隅に儲けられた閑散とした酒場。

 古ぼけた椅子に腰かえ、大量に並んだ丸テーブルの一つに上半身を預けていた男が、のそりと顔を上げた。あごには手入れの行き届いていない濃い髭を蓄えている。

 だらしなく机の上に投げ出された片手が、エールが半分ほど残った木製のカップを握っていた。


「……その話、もうここで知らねえやついないだろ。嘘かほんとか、二人で土蜥蜴を十匹殺ったってやつな」


 幾分若そうな彫りの深い顔立ちの短髪の男が、事も無げに答え、背もたれに体を預けた。椅子がぎぃっと音を鳴らす。

 考え込むような男の仕草。少しの沈黙が流れた。


「それそれ。しかも一日で終わらせたらしいぞ」

「ありえねえ。足場の悪い砂漠で土蜥蜴に会うことすら難しいのに……十匹って。大方、元々ドロップアイテムを隠し持ってたとかだろ」


 眉をしかめ、投げやりな口調で言った短髪の男の言葉を、髭の男は笑い飛ばした。

 カップを少し乱暴に机に下ろした。エールが慌てたように飛び跳ねる。


「あれのドロップアイテムを隠し持つ方がありえねえ。売ったら一財産だぞ。お前なら十個も手元に置いとくのかよ」

「……いや、まあそうなんだけどさ」


 短髪の男は預けていた背中を起こし、自らも丸テーブルに乗り出すように体勢を変えた。


「二人で土蜥蜴とか無理だろ。ベテランでも一匹殺すのに二パーティはいる。前衛一人であれの攻撃を受け止められるわけがねえ。まして、複数匹と出くわした日には――」

「俺なら裸足で逃げ出すな」

「そういうこと。命がいくらあっても足りねえよ」

「お前の言うことはよーくわかる。俺らも素人じゃねえ。けど、『白炎』の場合はそれだけじゃないからな」


 髭の男がさらに乗り出すように顔を近づけた。話したくてうずうずしているのを見て取った短髪の男は、「長くなるな」と小さくため息をつき、


「待て待て、俺もなんか飲むわ。おーい、エティルちゃん、エール一杯頼む」


 片手を上げて、奥のカウンターに向けてひらひらと手のひらを揺らした。「はーい」という快活な声が室内に響き、一人のショートカットの女性が手慣れた手つきでカップを持ってこちらにやってきた。

 溢れるほどに注がれたエールが、窓から射しこむ陽光に揺れていた。

 場に二つのカップが置かれた。

 短髪の男は注文と異なることに首を傾げる。


「あれ? 一杯って言ったよな?」

「暇なんでうちもラーンズさんの話に混ぜてもらおうかなってことで、サービスです。デルティオさんにも、もう一杯ってことで」


 茶目っ気たっぷりに笑うエティルは、頬にえくぼを作って白い歯をのぞかせた。飾り気の無いエプロンを外し、丁寧に折りたたむと、空いていた椅子を引っ張って丸テーブルに寄せる。

 堂々と仕事を一休みするつもりらしい。

 ラーンズは短髪に軽く触れながらジト目を向けた。


「……ギルド職員が真昼間からさぼっていいのかよ」

「こっちの酒場担当はほとんど仕事無いんで。ギルド運営の酒場って高いだけでしょ? 昼間なんてお二人くらいしか来ませんよ。あっちの依頼担当は忙しいみたいですけど」


 エティルは悲哀の瞳を、真逆の壁側に向けた。

 出入りの激しい冒険者たちの殺気だった声や、必死に対応するギルド員の慌てた様子が目に入った。

 ラーンズが「あっそ」とつぶやいた。


「で? エティルちゃんも多忙な合間を縫って『白炎』の話を聞きたいわけ?」

「あっ、そうなんです」

「……つまり、さっきから俺らの話を盗み聞きしてたってことね」

「あっ、そうです」

「…………」

「別に隠す必要もないですよね?」


 にこりと微笑んだエティルに、ラーンズが苦虫をつぶしたような顔を見せた。

 デルティオが豪快に飲みかけのエールを煽り、げふっと酒臭い息を吐き、赤ら顔で大きく笑う。


「さすが、その年齢で受付に座るだけのことはある。慣れたもんだ」

「にへへ」

「けど、ギルド員なら俺らより正確な情報あるんじゃねえのか? 気になるなら資料調べりゃ終わりだろ」

「いえ、受けた依頼内容は分かるんですけど……うちはSとかEとか書かれていても難易度の実感が湧かないので」


 デルティオが「なるほどなあ」と言い、並々と注がれたエールのカップに手をかけた。

 そして、きらめく表面を眺めながら、少しばかり表情を引き締めて言った。


「悪いが難易度は経験しなきゃわからねえよ。たとえば戦う力の無いエティルちゃんの目の前に土蜥蜴が現れたら、どれだけやばいことか想像できないだろ? まあでかさだけでこいつは無理だなとは思うだろうが」

「……一瞬で死ぬってことは分かります」

「砂の上で戦う術は? 逃げ方は?」

「これから勉強します」


 むっつりとした表情で話を聞いていたラーンズが、思わずと言った様子で噴き出した。

 デルティオも釣られて苦笑した。


「そう来るとは思ってもなかったぞ」

「前知識無しに話を聞こうとしてたとはなあ……普通は勉強してからじゃないのか?」


 少しの非難を込められた瞳が向けられる中、エティルが頬に人差し指を当ててさらりと答える。


「うちが今度『白炎』の専属に当たったんですよ。だからこれからうちが依頼を回したり、お世話とかさせてもらうんですけど……あの方たち、すごい勢いで難易度の高い依頼をこなしちゃうんで……一から勉強してる間に、どんどん新しい情報が溜まっちゃって。いえ、うちもギルド歴浅いですけど、C級くらいならだいたい知ってるんです。でも――」


 エティルがうつむき、ラーンズが呆れとも気の毒そうに感じているとも見える様子で眺めた。


「それで俺たちに……」

「はい。強い人のことは強い人に聞いた方が早いかなって思いまして」


 期待に満ちた表情で、ラーンズとデルティオを交互に見つめるエティル。

 デルティオは再びエールに口をつけ、話したがっていたのが嘘のように沈黙を作った。

 そのまま「お前が話してやれ」と言わんがばかりにカップの上から意味深な視線を送った。


「高い一杯になりそうだな……」


 ラーンズは自分に向けられたギルド員の視線に、ため息交じりにつぶやいた。

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