第72話 原点はここに

 迷宮50階層。

 生物の気配が絶えた静謐な空間に、ぐにゃりと歪みが生じた。

 それは黒い渦を巻きながら形を変え、二人の人物を吐き出す。

 ローブを纏うサナト、白基調の鎧に身を包んだリリスだ。

 この場所を離れた時と何ら変わらない姿。当然に傷は皆無。

 悪魔は三日月形に口元を変化させ、主人に頭を下げた。 


「お帰りなさいませ。意外と時間をかけられたようですね」

「殺すのは一瞬だった。モニカを引き離すのに時間がかかっただけだ。ところで、片割れの体は始末したのか?」

「当然です。こちらがアーマードナイトのドロップアイテムです」


 バールが恭しく差し出した。

 それは純白の鎧。

 見たこともない白く輝く宝石を胸に一石備えている。逆に、他に特徴と呼べる部分が無い、至ってシンプルなものだ。

 しかし、存在感が凄まじい。薄緑に塗りつぶされる世界の中で混じりあうことのない白色。

 まるで生物のようにほのかな鼓動すら感じるようだ。


「鎧と、クレイモアか。大きいな……」


 武器は大剣だった。 

 持ち手には金の装飾。柄は大きく、幅広の白刃。

 戦場用に作り上げられた刀剣だ。

 巨大化によって獲得した自身の重量で、剣での受け流しを許さない一方的な蹂躙を可能とする剣。

 だが、その分絶大な筋力を要する。

 半端な剣士が持てば、振り回されたあげくに隙を突かれて死ぬ未来しかない。

 サナトはまじまじと刀身を眺め、驚きの声を上げた。


「……武器の情報が見えるようになっている」

「武器の情報……ですか?」

「ああ……」


 首をかしげるリリスを他所に、サナトは<神格眼>に映る情報に目を奪われた。

 今までまったく見えなかったはずだ。



 フラガラッハ

《素材》 アダマンタイト 

《源泉》 ???

《正負》 正

《耐久値》 3000

《補正値》 力+120

《その他》 自己修復、武器破壊、火耐性、毒回復


 

「ルーティア、普通の冒険者の<力>ってどのくらいだったか覚えているか?」

『今まで会った人たちだと、110から130の間くらいじゃない?』

「……だよな。素材もアダマンタイトみたいだし、破格の武器ってことか。余計な<源泉>がついてなければ、だが」

「<源泉>ですか? となると魔界の工匠が作った魂捕獲用の武器ですね」


 バールが数歩近づいて興味深そうにフラガラッハを眺める。


「武器を担当する悪魔は数少ないはずですが、修復機能を持っているのではないですか?」

「お前、見えないのか?」


 サナトの胡散臭いものを見るような瞳が悪魔に向いた。


「ええ。私には武器の情報は見えません。で、どうでしょう?」

「ついてるぞ。これが<源泉>につながる部分か?」

「そうです。大抵がMPを利用して武器を自己修復する仕組みを付与します。もしも他にスキルがあれば発動させるたびにMPが吸い取られます」

「……急に厄介な剣に見えてきた」

「ですがご主人様、他のスキルも発動させなければ大丈夫じゃないでしょうか?」

「まあ、それができるならそうだな。リリス、悪いがこの石を切ってみてくれるか?」


 腰をかがめて転がっている石を掴み捕った。

 よくよく見れば、細かい輝石が随所に混じりあう変わった石だ。大きさの割に重量を感じた。

 それを、フラガラッハと共にリリスに渡す。


「私が使ってしまっていいのですか?」

「使いたければ構わないが、たぶんバルディッシュより相当弱いぞ。今は単に実験だ」

「そういうことなら……」


 一つ頷いたリリスが巨大な刀身のクレイモアを構えた。

 片手一本だ。小柄な体のどこに並外れた力があるのか。

 もう片方の手で軽く拳の倍ほどの石を宙に放り上げる。

 そして――

 落下するその塊に向けて、白き軌跡が描かれた。

 見事に真っ二つになった石は、互いに反発するように刃の厚み分の間を開け、地面に転がり落ちた。

 サナトが微笑み拍手を鳴らす。


「さすがだな」

「いえ、この程度のことは……」リリスが気恥ずかし気に目を伏せた。

「いずれ俺にも剣術を教えてくれ」

「えぇっ……ご、ご主人様に私が教えられるようなことは……」

「いや、俺の剣術など足元にも及ばんさ。振り回しているだけだ。リリスは俺を過大評価しすぎだ」


 そんなことはありません、と言いかけたリリスを制し、サナトはフラガラッハを再び受け取る。目を凝らせば、<耐久値>に変動があった。


(2999……やはり使用回数か。となると――貧乏性が顔を出すな)


 サナトは静かに自嘲する。

 自分の性格上、アイテムや回数制限のある武器をあまり積極的に使うことはない。いつか使えるかも、もっと有効に使える時にと悩んだあげく、結局使わずじまいであることは多い。

 自己修復できるようだが、おそらくこれもそうなるだろうと思いつつ、アイテムボックスに放り込んだ。

 代わりに、ゴロゴロと溢れかえってきた魔石の一部が足元に転がった。

 反射的に拾い上げようとして、まあいいかと思い直す。すでに自分とリリスのボックスには山ほどの魔石が格納されている。

 それこそ、金貨に代えれば国が傾くのではと心配になるほどに。

 そして、ようやく思い出したようにぐるりと周囲を一瞥する。あるはずのものが無かったのだ。


「そういえば、ここってコロッセオがあった場所だよな?」

「それですが……下半身を始末させたところ突然崩れ去りました」

「え? そうなのか?」


 歴史を感じさせる石造りのコロッセオ。

 何百年もの間この場に存在したような遺物は、瞬く間に消滅したという。

 一変して殺風景な見た目に変化した場。

 荒涼たる原野のような景観に一抹の寂しさを胸に感じたサナトは、「あっ」と奥にそびえたつ巨大すぎる壁に目を奪われた。

 幅にして五十メートル。高さは高層マンション並みか。

 まるで白磁のような色合い。

 コロッセオに気を取られて気づかなかったのだろうか。

 

 そこには――

 一匹の竜が描かれていた。


 中心に向かって渦を巻きながら収斂する白雲の流れ。そこから差し込む聖なる光。暗闇をはねのけるかの光の浸食。

 中央にはそれらを背負う一角の四足竜。

 睥睨する金の双眸。一枚一枚が鎧にすら見える、重なり合う白亜の鱗。長大な尾が広い壁面を蠢くように伸びている。


「……これは」


 サナトは声を呑んだ。

 どこかで見たことのある竜。間違いない。

 まさしく己のすべての原点であった。

 神々しい生物は前足を前に踏み出すような姿勢で描かれている。なんとなしにその爪先に視線を向けると、暗い穴があった。

 壁画のサイズに比べれば本当に小さい。

 サッカーボールほどの直径。

 だが、この大きさにも見覚えがあった。

 瞬く間に自分の中で一つの答えにつながった。


 ――ここはダンジョンコアが存在する場所。


 今も覚えている。

 ルーティアに言われるがままに、粗末な剣をコアに振り下ろしたことを。一度は命を諦め、運よく生き延びたことを。

 さらには自分には過ぎた力が宿ったことを。

 元々、一か八かで飛び込んだバルベリト迷宮。

 レベルは今も変わらない。

 だが、今は『力』と『大事な者』を手に入れた。

 やおら表情がほころぶ。

 色々あった。ほとんどが悪魔とルーティアに振り回されるものだったかもしれない。けれど、結果は悪くない。異世界に飛ばされ辛酸をなめた二年間。心から望んだものは手中に。

 これが幸運と言わずに何だと言うのだ。

 

 一度死んだ。

 何度も痛い思いをした。

 大けがを負った。

 

 それすら些細なことだと思える。

 もはや今の自分から何かを奪える者などいないだろう。

 安心感がどっしりと心の底に根を張っていくのを実感する。


「ようやく……ようやく……ここまで来たか」


 自信に満ちた瞳が、睥睨してくる金の双眸を射抜き返した。湧き上がる喜びに大いに胸を弾ませた。

 サナトは壁画から目を離すことなく、隣に立つ少女に尋ねる。


「この竜をどう思う?」


 静かな問いかけに、リリスは答えた。


「まるで……今にも動き出しそうです」


 サナトは微笑んだ。

 思い出すように、コロッセオの存在した場所を眺め、再び壁画に戻る。


「…………もしかすると、アーマードナイトは代役だったのかもな」

「この竜の代わりということですか? それはさすがに……竜ってものすごく強いって聞きます」

「だろうな」


 ルーティアが現れなければ自分もどうなっていたか分からない。

 本気で竜と戦わざるを得なくなって死んでいたかもしれない。


(いや、そもそもたどり着けないな。今、この場に立てていることが奇跡そのもの)


 サナトは苦笑しながら、不思議そうに見つめてくるリリスに「なんでもない」と伝えた。

 そして、両腕を組み、天井に向けて体を伸ばした。

 一気に体から緊張感が抜けた。


「正真正銘、これでこの生活も終わりだな。寄り道だけのつもりだったが、色々といい経験になって良かった」

『経験って一言で済ませられないことばっかりだったけどねー』


 思わぬ内側からの突っ込みにサナトが笑い声を上げた。


「まったく言う通りだ。いろいろ余計なことを知りすぎた気はする」

「そんなことはございません。知識とは無形の力の源泉です。余計な知識など無いでしょう」


 バールがしたり顔で笑う。


「お前が言うと釈然としないが、まあもう終わったことだ。リリスは迷宮生活どうだった?」

「楽しかったです」


 小さな少女は満面の笑みを作り即答した。

 決して良いことばかりではなかったはずだが、もうその姿に儚さは感じられない。

 明るい笑顔が心中を物語っている。


「レベル12だったリリスも65か。地上に戻っても俺を助けてほしい」

「はいっ! 全力でお守りします!」

「そうしてくれると助かる。よーし……じゃあさっさと上に戻るか。さっきのモニカの件で太陽が恋しくなったところだ」


 サナトは見えない地上を見透かすように天上を見上げた。

 薄緑色に光る世界である地下迷宮。

 短くも濃いその生活が、完全踏破という事実と共に、とうとう終わりを迎えた瞬間だった。

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