第60話 気づく者

「おいっ! どうなってんのか説明しろ!」


 わけがわからないまま死闘を終わらされたヴィクターが大股で三人の元に歩いてきた。目は吊り上がり、ロングソードは抜き身のままだ。

 俺は納得できていないとばかりに、最も傷の無いサルコスに詰め寄った。


「今のはなんだっ!?」

「……アズリーが使った魔法銃の効果だそうだ」

「なんだと?」


 獲物を睨め付けるような瞳がいまだに横たわっているアズリーに向けられた。視線の先では血の気の引いた顔のアズリーが、よくわからない笑みを浮かべている。「こんなのないよ」という言葉が一言聞こえた。

 手は力なく体の横に寝かされ、ひびが入った魔法銃を未だに握っていた。

 苛立たし気に無理やり体を起こそうと近づきかけたヴィクターの前にサルコスが割って入る。頑丈な鎧姿が彼女を隠すように立ちはだかった。


「待て、まだ回復中だ」

「……ちっ」


 ボス部屋は突破すると部屋で負ったケガが自動的に回復する仕組みだ。速度は遅いがMPが仮に残っていなくとも治癒が始まる。

 傷の深かったアズリーだけは最も時間がかかっていた。

 怒りのぶつけ先を無くしたヴィクターが再びサルコスに問いかける。


「何の魔法だ? 知らない魔法だったぞ」

「アズリーの話ではトリガーを二回引いたらしい。一度目はおそらく<封縛>……まあ、そうだろうとしか言えないがな」


 サルコスは自嘲しつつ続ける。


「接触せず、しかも同じタイミングで複数に<封縛>ができるとは聞いたことがない……」

「しかも、ミノタウロスの抵抗を少しも許していませんでした」


 痩身の魔法使いのダンが「ありえない」と首を横に振って言った。

 ヴィクターはそんな二人の落ち着き払った態度に一気に怒りが再燃する。ダンに掴みかかり、血走った目を向けた。


「<封縛>はどうでもいい。俺が知りたいのはその後だ!」


 赤い閃光に目をくらまされた後に、飛び込んできた光景を思い出した。

 あれほどまでに手こずったミノタウロスが光の粒子へと姿を溶かしていったのだ。それも全員がまったく同じタイミングで。

 今までの自分の激闘は一体何だったのかと怒りの炎がめらめらと燃え上がる。


「魔法に一番詳しいのはお前だろ。なにか知らねえのかっ!」


 ローブの胸倉をつかまれて引き寄せられたダンが「知りません」とぼそりと答え、ヴィクターが舌打ちをして乱暴に手を離した。


「落ち着け、ヴィクター。とにかく<火魔法>の一種だろうってことしか俺達にはわかっていない。ダンも同意見だ。そして……確かなのはあの一発でミノタウロスは全滅したってことだけだ」

「そんなことは分かってる! だから何の魔法だったのかって聞いてるんだよっ!」

「大魔法使いの魔法みたいよ」


 三人の後方でアズリーが立ち上がった。足元はおぼつかないが、その表情は晴れやかである。

 ダンとサルコスの間を抜けて、ヴィクターに近づく。

 確信を持った視線に迷いは見られない。


「大魔法使いだと?」

「ええ……もう引退された、とかだったかな」

「……その魔法使いの名前は?」

「知らない」

「……じゃあ、銃に込めてた魔法の名前は?」

「<封縛>だったんでしょ? 私は見てないけど」

「違う。その次の<火魔法>だ」

「知らないわ」


 アズリーは涼しい顔で淡々と事実を告げた。だが、そんな彼女の態度にヴィクターは忸怩たる思いを抱く。からかわれていると感じたのだ。

 ヴィクターは皮肉気に笑い、わざとらしく肩をすくめて言う。


「つまり、使ったお前がなにも知らなかったってことかよ。よくもあの場面でそんな危険なおもちゃを使えるもんだな」

「……でも結果的に誰も死なずに済んだじゃない。ようやくミノタウロスを突破できたんだから喜ぶべきでしょ。大魔法使いさんに感謝しないと」

「……アズリー、お前、どうやってその大魔法使いと知り合いになったんだ? 魔法銃なんて持ってなかっただろ」

「ん? それは内緒」

「おい。危険な魔法を勝手にぶっぱなしといてそれはないだろ。だいたいそんな武器を持ってるなら最初に俺に報告しておけば他の作戦だって考えられたんだ」

「……それをヴィクターが言うんだ。散々私たちの話を無視しといて」


 呆れた声をあげたアズリーに、サルコスが深くうなずいた。

 ダンは痛ましそうにそんな様子を眺める。

 三人の総意が自分と真逆だと知ったヴィクターが顔をゆがめた。


「ちっ……。だが、俺の戦いに横やりを入れたってことには間違いない」

「横やりって……あんなに押されてたのに? 助かってほっとしてるのかなって思ったけど」

「なんだとっ!? 俺がそんなこと考えるわけないだろうが! あと少し時間があれば、やつを真っ二つにしていたんだ!」


 引き下がれず、真逆のことを言い放ったヴィクターにアズリーとサルコスは憐憫の表情を向けた。その表情が気に入らなかったのか、ヴィクターはさらに言葉を重ねようと口を開いた。

 しかし、ダンがその間に入って「まあまあ」と軽い調子で仲裁する。


「と、とにかく……ボス部屋は突破したんですから、次の階層にマーキングだけ済ませていったん地上に戻りましょう。アイテムの補充だってありますし、僕もへとへとです」

「ああ。それがいい。みんな疲れている。納得がいかないなら、再挑戦すればいいだけだ。次は大魔法使いとやらの魔法に頼らずにな」


 後を継いだサルコスの言葉に、ヴィクター以外の二人が我が意を得たりとうなずいた。

 そして、開いた出口に向かって無言で歩き出す。ぽつんと残される形になったリーダーがしぶしぶ後に続いた。


 31階層に<ワープ>のための目印の金属棒を打ち込み、四人はようやくダンの<移動魔法>で最上層に戻ってきた。

 洞窟出口を抜けるころ、手こずった階層を突破したという事実がじわじわと心にしみ込んだヴィクターが、少しばかり表情を和らげて言った。


「どっか、飯でも行くか?」

「それはいいですね。一か月くらい戦っていた気がしておなかが減っちゃって」


 即座にリーダーのセリフに乗っかったダンをよそに、残りの二人は無言だ。目配せの後、サルコスが一歩前に進み出た。

 思いもかけない真剣な様子に、場が引き締まる。


「……ヴィクター、今まで世話になった。だが、とある理由で俺はパーティを抜けさせてもらおうと思う」

「……マジで言ってんのか?」

「ああ。アズリーも同じだ」

「アズリーもだと?」


 訝しむヴィクターの視線が、隣に並んだ人物に向けられる。


「私も今日で抜ける。30階層を突破できたってことでキリもついたしね」

「……突然の話だな」

「そうでもないんだ……ジェリタが死んでからずっと引っかかってはいたの」

「俺が死なせたって言いたいのか?」

「それもある。でも一番は家庭の事情……かな。タイミングが重なっちゃって……ね。冒険者をやれなくなったの」


 寂しげな様子のアズリーにヴィクターは「勝手にしろ」と一言述べた。

 まさかの即答に、一番慌てたのはダンだ。驚いた顔でリーダーに尋ねる。


「ヴィクターさん、サルコスさんもアズリーも抜けたらやっていけませんよ」

「仕方ねえだろ。ついてこれないやつらを引き留めてどうなる? 俺が足を引っ張られるだけだ。

 また違うやつを探すさ。冒険者は山ほどいる。てめえも辞めたいなら抜けていいんだぞ」

「ぼ、僕はヴィクターさんについていきますよ!」

「……ふん」


 すがるようなダンに、ヴィクターは踵を返した。その背中にサルコスの野太い声がかけられる。


「世話になったな、ヴィクター」

「……それはお互い様だ」


 ちょうど冷たい夜風が吹いてきた。

 ヴィクターが足を止めて振り向いた。その顔は皮肉にゆがんでいる。


「そういえばお前ら、異様に仲が良かったな」


 くつくつと笑いながら、そう一言だけ言い残した男は、後ろについてくるダンを見もせず、闇夜の道に呑まれるように消えていった。

 しばらく無言で見送っていたアズリーがサルコスを見上げた。


「私たちの関係、知ってたと思う?」

「どうでしょうか……まあ、彼も一級の冒険者ですから気づいたとしても不思議ではありません。

 ミノタウロスに出会っていなければ良いリーダーになっていたでしょうし。それにしても……彼らはこれからどうするのでしょうね」


 同じパーティであった仲間の将来を少しばかり憂う表情を見せたサルコスが、気持ちを切り替えるように一つ咳ばらいをして歩き出した。


「……さて、お嬢様のこれからの予定ですが、まずはご実家に帰ることです」

「聞いただけで気が重くなるんだけど……」

「我慢してください。それと……先のことを見据えて専門の護衛をどうするかですね。ヴィクターをあてにできなくなったからには、他の者を新たに探さねばなりません」

「それなんだけど……」


 アズリーがロッドを後ろ手に持ち替えて、上を見上げた。寒々しい夜空には静かに輝く弦月が顔を見せており、視界を遮るものは存在しない。

 脳裏にとある人間が浮かび上がった。


「一人、声をかけてみたい人がいるの」

「……一から探すことを思えば、それは願ったりですが……」

「家柄とかは別に構わないよね?」

「未経験なら、あそこに放り込むことにはなりますが、家柄は特に問題ないでしょう。そんなことを気にする余裕もありませんし……ところで、その人物の名前を聞いても良いですか? 冒険者ですか? まさか憲兵に知り合いでも?」

「うーん……まだ内緒。断られると思うとちょっとつらいしね」

「……どの程度の強さなのですか? レベルは?」

「分からないけど、たぶん私以上には……」

「本当ですか? お嬢様を超えていると思われる現役の冒険者は数えるほどしかいませんが……」


 サルコスが腕組みをして難しい顔で考え込んだ。

 自分が知っている冒険者の名前を小さくつぶやいては、アズリーを横目で窺う。しかし、彼女は空を見上げたまま意味深に微笑むだけだ。

 何からの反応を期待していたサルコスが肩を落とした。


「ごめんね。たぶん名前を聞いても知らないと思うの」


 アズリーが腰にぶら下げた魔法銃にローブの上からそっと触れた。窮地を救った武器はすでに壊れてしまって二度と使えない。

 反動がすさまじかったのか、銃口からグリップにかけて何本も亀裂が走っていた。

 試しに一度トリガーを引いてみたが、うんともすんとも言わなかった。


 そこに込められていた禁忌の魔法。

 アズリーは渡した人物が言っていた言葉を思い出す。


 ――呪文は破棄されているうえ、一たびトリガーを引けば、いかなる敵も殲滅できると言われる魔法だそうです。もちろん僕は使ったことがないので見たことが無いんですけどね――


 ――効果は保障します。ミノタウロス戦でもきっと切り札として活躍できるはずです――


 使ったことがないのに、これ以上ないほど状況に適した魔法だった。

 全ての敵の動きを止め、一瞬でせん滅する。

 まるで、複数を相手にするミノタウロス戦での窮地を先読みして、その場で最適な魔法を選んだかのような確実さ。

 そして、その魔法は二種類とも常識外。

 特に後の一つは消費MPがすさまじいはず。ミノタウロスを一撃で殺せる魔法が上級のスキルに収まるとは思えなかった。

 しかも、予備の魔法銃にも魔法を込めてもらったと言っていた。


(達人級の大魔法を連発できる魔法使いって……どんな人なのよ。悪用したら大事件にもなるそれを、通りすがりの人間に与えるはずがない。少なくとも――)


 アズリーの瞳に確信めいた光が灯った。

 考えれば考えるほどに、魔法銃をもらった時のサナトの言葉は引っかかった。


(サナトさんはその大魔法使いと親密な関係にあった弟子ね。何かあった時のために師匠が渡したっていう可能性が一つ。でも、もしそうでなければ……あの魔法を込めたのは……)


「本人ってことよね。色々信じがたいけど……」

「お嬢様?」

「あっ……ごめんなさい。気にしないで」


 アズリーはサルコスに軽く頭を下げた。

 考えても分からないことだらけだった。

 だから――

 まずはサナトを探してみよう。

 それだけを心に決めて、熱を冷ますような夜風を晴れやかな気持ちで受け入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます