第55話 テスト

 淡く、白く、そして儚く。粉雪が降り積もった銀世界で陽光を受け止める大地のように幻想的な光を放つ巨大な扉。

 くすんだイメージを一新し、挑戦者を歓迎して、ゆっくりと開く。

 歩を進めるのは新人の四人。

 分業制が当たり前の冒険者にあって異質な存在。タンクもいなければ素手の男までいるような謎のパーティ。

 四人の背中には純粋な激励を込めた視線と、無理に決まっていると蔑む視線の両方が浴びせられる。

 しかし、進む者たちの中でそれを気にする者は一人もいない。

 誰もが前の階層と変わらないと知っているから。レベルが少し上がろうと、敵が変わろうと、やるべきことは変わらない。

 出てきた敵を倒す。

 ただそれだけなのだ。


「見世物にされた気分だったな」


 重厚な扉が世界を隔絶したと同時に、サナトはやれやれとため息をついた。

 とてつもない高さの天井を見上げつつ、戦車が数台は通れそうな幅の道を眺めている。そこはコロシアムに向かうまでの通路だ。

 挑戦者なら誰もが押しつぶされそうな緊張感を背負うべき時間。

 しかし、パーティメンバーにその様子は見られない。

 30階層を担当する悪魔が上機嫌で口を開く。


「私の出番の前振りとしては申し分ないですね」


 口笛でも吹きそうな様子のバールは、服が乱れていないか確認している。彼の戦い前の準備だろうか。

 しかし、待ちわびたと言わんがばかりの態度は、なんということか、サナトの一言で凍りついた。


「バール、悪いが今回は俺に譲ってくれ」

「……えっ?」

「少し実験をしたいんだ。敵は九匹らしいから……一匹程度なら構わない」


 ぽかんと口を開けた悪魔が肩を落とした。だがそれはポーズに過ぎない。

 何が優先されるかは十分に理解している。

 少しの葛藤を抑え込み、にこりと悪魔らしい邪悪な笑みを浮かべた。


「是非もありませんね。サナト様がおっしゃるならば」

「悪いな」

「とんでもありません。せめて一番強そうな敵はいただいても?」

「大丈夫だ。単に複数相手を試したいだけだからな」

「……承知しました」



 ***



「ミノタウロス九匹と聞いていたが……」

「五匹にしか見えませんが……」

「そうだねー。どう数えても五匹だって」

「いや、十匹いる。油断はするなよ。それと、今回は俺がやる。手は出さないでくれ」


 敵はだだっ広い空間で待ち受けていた。これ見よがしに手斧を両手に持つミノタウロスが五匹。

 あちらこちらに散らばる岩の上で挑戦者を睥睨するかのように立っている。

 サナトはリリスとルーティアにのみ分かるように数か所に視線を送る。

 <神格眼>には既に情報が丸見えだ。岩場の裏に身を隠すように潜んでいるのだろう。


「サナト様、奥の大きいやつをもらってもよろしいですか?」

「任せる。ではこっちも行くぞ。リリスとルーティアは俺から離れるなよ」

「はい!」「了解!」


 二人の少女がサナトの隣で武器を構える。濃い青色の刃がついたバルディッシュと刀身が純白のサーベル。

 そして、サナトは詠唱を破棄して天井に<ファイアボール>を放った。

 誰もが放たれた初級魔法の行方を追った。動き出そうとしていたミノタウロスも一瞬目を奪われる。

 目の前に敵がいる状況で、無関係な方向に発射されれば当然だ。

 しかし――

 次の瞬間、獣のくぐもった声が入口の真上付近から響いてきた。


「……頭の上にいたんだ。知らなかった」

「入り口を通った挑戦者の目を正面に引き付けて、背後を襲うタイミングをうかがう一匹といったところか。いろいろと嫌らしい敵だな」


 解説したサナトたちの背後で、どさりと重量のあるミノタウロスが落ちてきた。途端に光の粒子となって消えていく。


 ――ヌ“ゥォオォォン!


 ミノタウロスの一匹が咆哮を上げた。恐れは感じられない。一撃で死んだ仲間を目の当たりにして、一番の危険人物を認識したのかもしれない。

 まず殺さなければいけないのは魔法使いだ――と。

 光彩の無い漆黒の瞳がその人物を捉える。と同時に、所有していた手斧が一本、二本と次々に投げつけられる。

 がむしゃらでフォームもバラバラだが、狙いは正確。さらに五匹の同時投擲。

 一直線に飛来してくる十本の斧。

 一本一本が当たれば致命傷だ。

 サナトはバルディッシュで叩き落とそうと前に出かけたリリスを抑え、逆に自分が盾となる。

 分厚い壁に打ち付けたように、重量のある斧が次々とはじかれていく――防御系魔法の<光輝の盾>だ。


「次はこっちの番だな」


 告げた言葉は事務的なもの。

 サナトは再び<ファイヤーボール>を放つ。続けて三発。岩陰にいまだ隠れている三匹のミノタウロスに狙いをつけた。

 岩場の裏側で着弾と同時に炎が舞う。

 だが――

 今回は十分な成果が得られていない。

 それを知ったサナトの顔がゆがみ、「やっぱりそうか……」と小さくつぶやく。

 そして、岩の陰から二匹のミノタウロスが燻り出されるように転がり出た。当たらなかったのだ。

 斧を投げ終えた五匹が好機と見たのか、岩陰に飛び退き、すぐに再び姿を見せる。

 手には柄の長い斧。

 手斧は最初から投擲用。隠していたこちらが本命なのだろう。

 一歩もその場から動かないサナトを三方から囲むように七匹が接近する。魔法のスキルを持たない代わりに、属性耐性に秀でたミノタウロスたちだ。接近戦であれば魔法使いに後れを取ることはない。

 魔法対策の為に、場所を変えつつ散らばって移動してくる。

 重量のある体が、右へ左へ小刻みに揺れながらサナトと少女二人に接近する。

 リリスがバルディッシュを一匹のミノタウロスに向け、ルーティアも慣れないサーベルを構える。

 二人はちらりと主人を見やったが、まだ動こうとはしない。

 武器の間合いは敵に有利。

 何匹かは頭上を制するために跳び上がろうと助走をつけている。ほんの数秒後に獣人と接触せんとするそのタイミング――

 サナトは待ちわびたかのように魔法を行使した。


「<病魔の領域>」


 その場を起点にして、半径十メートルほどのまばゆい巨大な円形の光が広がった。

 跳び上がりかけたミノタウロスが頭から落下し、猛スピードで疾走していた獣は何かに足を捕られたかのように転がる。

 何とか立ち上がろうとした一匹も、力を失って倒れた。

 誰もが体を震わせ、口からは涎を垂らし、目は限界まで開いている。

 荒い息を吐き、起き上がらんとして力尽きる。その繰り返しだ。

 温かさすら感じる光に包まれているのとは裏腹に、目の前で広がる光景はおぞましい。

 リリスが武器を握る手にぎゅっと力を込めて尋ねた。


「ご主人様……これは何の魔法ですか?」

「麻痺を治療する魔法の応用、といったところだな。そして――」


 サナトは流れるように片手を上げた。

 横たわるミノタウロスたちを眺めながら、とどめ刺ささんと魔法を行使する。それは世界でも異質な魔法。

 <解析>を使用した、属性耐性を許さない魔法。


「これが、<絶対浸食>……極限まで回復量を高めた『負』の回復魔法だ」


 <病魔の領域>によって広がった淡い光の円を<絶対浸食>は上書きするよう駆け抜けた。

 必死に何かに抗っていたミノタウロスの活動は――

 その瞬間にすべてを終えた。

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