第51話 借りは返す

 ボスモンスター部屋の手前のだだっぴろい空間に、適当なサイズの岩に腰かけ、装備の修理が終わるのを待つ女性がいた。

 名はアズリー。

 ミドルショートの茶髪に茶色の瞳。取り立てて特徴の無い顔つきはあどけなく見えるが、年齢はとうに20歳を超えている。

 冒険者の中ではかなり上位に位置する人間の一人だ。

 彼女が冒険者として大成し始めたのは、現在のパーティに加入した10代後半頃からで人より遅い部類に入る。

 パーティのリーダーは剣士のヴィクター。幼少から剣で比肩する者がいないほどの強者だった。

 あまりに飛び抜けた強さであったために、他のメンバーは誰もがついていくのがやっとだった。当時、成長速度を買われて誘われたアズリーもその一人だ。

 組んだ当初は足手まといに他ならなかった。

 だが彼女は熱心に勉強した。仲間の戦い方、戦術。書物も読み、訓練も怠らなかった。

 気付いた時にはパーティでも欠かせない回復役となっていた。


「もう少し冷静にならないとダメだよね……」


 そんな彼女の口から弱気な発言が漏れ出た。

 世界最大級の深度を誇るバルベリト迷宮。挑み始めたのは一月ほど前のことだ。

 このパーティなら行ける、と自信にみなぎるヴィクターがここの探索を提案した時には誰もが酔っていたと言える。

 それはちょうど全員がレベル30を超えた時だった。誰にも負けないという根拠のないうぬぼれがピークだった時。

 アズリーの脳裏に、初めて迷宮の一階層へ足を踏み入れた記憶が蘇る。


『ウォーキングウッドだと? これが最大の迷宮の敵かよ。ろくな罠もなさそうだし、大した場所じゃなさそうだな』

『……油断は厳禁だ。だが……さすがに失笑ものだな。これなら前の迷宮の一階層の方がだいぶましだな』

『私の《火魔法》も使う必要ないかも』

『最終階層でもいらなかったりしてな』


 笑い声の絶えない賑やかで陽気な雰囲気だった。

 パーティは男性3人と女性2人――もちろんアズリーを含めて――のはずが、今は1人欠けて4人になっている。

 この先の部屋で仲間を失ったのだ。


「いらだつのは分かるんだけど……このままじゃ私も……」


 アズリーが頭を悩ませているのはリーダーのヴィクターのことだ。彼は最近成長速度が落ちてきていた。それも傍から見ても分かるほどにだ。

 レベルは30を超えた当たりから急に伸びが鈍化する。40を越えればギルドに名を残せるほどなのだから当然だ。

 当たり前の現象だが、天才と呼ばれた剣士にはそれが我慢できなかった。認められないと言った方が良いかもしれない。

 かつて冷静に戦況を俯瞰し、先回りして危険をいち早く排除していた彼は見る影もない。狂ったように突撃し、跳ね返されるのを繰り返すだけだ。己の現実に未だに向き合えていないのだ。

 いつの間にか他のパーティメンバーのレベルが自分に近付いてきていることもそれに拍車をかけている。

 三度返り討ちにあっているボスモンスター相手にいらだち、アズリーですら「それは無い」と言いたくなる無茶な作戦で今回も突っ込もうとしているのだ。


「ジェリタ……私、どうしたらいいんだろ?」


 いなくなった同性の仲間を思い出す。自分より年下の愛嬌のある女性。えくぼを作る笑顔が特徴的だった。

 彼女は二度目の挑戦で帰らぬ人となった。

 それも、ヴィクターが強行突破をしようとした結果でそうなった。間違いなく失われずに済んだ命であった。


「止められなかった私にも責任はあるけど……でも……」


 アズリーがぐっと唇を噛みしめる。

 ヴィクターを責めたい気持ちが湧きあがった。今さら責めてもどうしようもないことは十分に分かっていたが、友人のことを思い出す度に、嫌な気持ちが心をかき乱す。

 

 バルベリト迷宮のボスモンスター部屋は誰か一人が欠けた時点で挑んだ全員が外にはじき出される仕組みだ。

 それも気絶した状態で放り出されるがゆえに、返り討ちにあったことが部屋の手前で順番待ちをする冒険者全員に知れてしまい、評判は地に落ちる。

 逆に通過できれば、扉が銀色から淡い青色に変化してひと目で分かる。

 ギルドで気絶者への手出しが重罪と決められているがゆえに、武器を奪われたり犯されたりということはないが、無防備な姿をさらけ出すのは気持ちの良いものではない。

 唯一助かる点は、ボスモンスター部屋での一度目の死亡は無かったことにされることだ。誰が死んでも一度目は救済してくれる。


 しかし、二度目はそうはならない。


 最初に挑んだ際から苦戦していた。

 その中で、魔法使いのジェリタが命を落とした。背後からの攻撃に対処が間に合わなかったのだ。

 そしてアズリーを含めた全員が気付いた時には、お世辞にもかっこいいと言えない姿で地面に転がっていたのだ。

 人目のある場所でどれくらいそうしていたのかも分からない。付き合いのある別のパーティが起こしてくれなければ、もっと長い時間転がっていたかもしれない。

 ヴィクターにとっては初めて心の底から感じる屈辱だったのだろう。目覚めた時に鬼の形相となった。

 そして、剣を抜き「次は俺がやるから邪魔をするな」と反論を許さない一言を放ち、有無を言わせずに全員を連れて再挑戦を敢行した。

 ここに来るまでに復活の輝石を使い切ってしまっていたジェリタのことを一切省みずに。


「二度目は無いって……みんな知ってたのに……」


 アズリーが暗い気持ちで視線を下げた。俯くように頭が下がり、茶髪が真下に流れる。

 そして――

 そのタイミングで聞きなれない男の声がかけられた。


「アズリーさん……ですよね?」




 ***




「あっ、はい。そうですけど……あなたは?」


 突然声をかけられたことに動揺したが、アズリーははっきりと肯定した。

 名の知れた冒険者である彼女にとっては、自分は知らないが相手は知っていることなどよくある話だ。

 まして、ここは高位冒険者の行きつく場所だ。顔見知りは少なくない。

 気持ちを入れ替えて目の前に立っている黒髪黒目の男を眺める。中肉中背で身長はそこそこ。幼い印象を与える童顔。魔法使い用のローブを着た、あまり目立つタイプではなさそうな容姿。

 その男は、自分に向けられたアズリーの顔を見て「やっぱりアズリーさんでしたか」と小さく納得しながら柔らかく微笑んだ。

 この階層に来られるということは、かなり腕の立つ冒険者だ。

 アズリーは今まで付き合いのある冒険者達の顔を順繰りに思い出していく。

 しかし、思い当たる人物はいない。近くにパーティメンバーも見当たらない。諦めておずおずと口を開いた。


「すみません……声をかけていただいたのに……私ったら……」


 申し訳ないと感じながらも相手に名乗りを促す。すると、それを瞬く間に感じ取った男がほんの少し悲しそうな表情を見せた。

 アズリーの心がちくりと痛む。何度かこういう経験はあったが、慣れないものだ。


「本当に……すみません……」

「いえ、アズリーさんが謝ることでは……一度お会いしたからと、勝手に期待してしまった僕が悪いんです。申し遅れました……僕は冒険者のサナトと言います」

「サナトさん?」

「はい。実は以前、この迷宮で一度助けていただいたことがありまして……覚えておられないでしょうか? その……大変恥ずかしい話なのですが……迷宮の一階でウォーキングウッドに重傷を負わされていたところを《回復魔法》で治していただいて……」


 視線を泳がせ、ばつの悪そうな顔でほおを掻く男。自分の恥はしゃべりたくはないが、致し方ないという感情がひしひしと伝わってくる。


「迷宮の……一階で? …………あっ、もしかしてあの時一人で戦っていた?」


 アズリーの脳内にはっきりその時の光景が浮かび上がった。ちょうどボスモンスターに三度目のアタックをかけようとしていた時だ。

 ぎすぎすしていたパーティが偶然出会った男。

 泣きそうにも、苛立っているかのように見える顔で必死にウォーキングウッドに剣を叩きつけていた初心者。

 そして腹部を殴打されて吹き飛ばされたところを、パーティメンバーの制止を聞かずにアズリーが助けたことがあった。


「たぶん、想像されている通りの人間です。思い出してくださって嬉しいです」


 男はにこりと微笑んだ。

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