第49話 ボス戦

 とあるパーティの集団に軽く礼を述べて、サナトが三人の元に戻る。


「少しばかり聞いてみたが、ボスは丸い形をしているらしい」

「丸いやつ? スライムとか?」

「実のところ、聞いたやつがこの先に進めずにいらついていたみたいで、あまり詳しく教えてもらえなかったんだが……空中に浮いているそうだから……アイボールかもしれん」

「アイボールと言えば、不気味な光で混乱を誘うモンスターですよね?」

「リリス、よく知っているな。俺はギルドで貸出用の図鑑を見ていた時に知ったのだが……どこかで実物を見たことがあるのか?」

「いえ……奴隷になった頃、向かいの部屋に閉じ込められていたので」

「……向かいの部屋?」

「見世物にされるモンスターの小屋だったんですけど……魔人の私は最初そっち側で……後で奴隷部屋に移されたんです……」

「そ、そうか……なかなかつらい経験をしてきたのだな……周りをモンスターに囲まれた環境だったのか……」

「決してそんなことは…………今は、それで良かったと思っていますし……」

「……どういう意味だ?」


 首を傾げたサナトの前で、リリスが何かを言おうと口を開いた。

 だが、その言葉は腕組みをして立っていた悪魔の一言によって遮られる。


「どうやら私たちの出番が回ってきたようですね」


 バールの視線の先で、つい先ほど意気揚々と部屋に入室した5人組のパーティが倒れていた。場所はちょうど門の正面に当たる。

 前衛の鎧は焼け焦げたように変色し、魔法使いと思しき女性のローブはいたるところが穴だらけ。

 リーダーらしき男の剣は中心で見事に折れている。

 不思議と大ケガは無いが、惨憺たる有様とはこの事だろう。

 悪魔がそれらを一瞥して、にぃっと口角を上げた。


「誰か死ぬと部屋の外に気絶状態で放り出されるのですかね? 奇怪なシステムだ。蘇生アイテムがあったから助かったのか、それともボスモンスターの部屋では死なないようになっているのか……いずれにせよ、敵を殺さなければ先に進めないということでしょう」

「あんた、嬉しそうね」

「当然でしょう。ルーティア殿は高揚しませんか? 私はどんな強敵が出て来るのかとわくわくしております」

「バールさんの相手にはならないと思うけどなぁ……」

「……俺もリリスの意見に賛成だな」

「わくわくするのは勝手だけど、順番は私だからね。20階層の担当は私。あんたは見てるだけよ」

「そ、そんな…………いや、ですが……ここはボスモンスターの部屋……通常のルールは適用されないはず……」

「それはあんたのルールでしょ。勝手に決めないで。今まで通りのルールでやるんだから」

「あの……私、19階層で一度も戦ってないです……」


 順番争いを再び始めた三人に、部屋への入室を待つ冒険者たちの厳しい視線が向けられる。

 主人はローブを翻して背を向けた。

 そして、必要以上に言葉に力を込めて告げた。


「いいから、行くぞ」




 ***




 そのモンスターは部屋の中央に浮いていた。

 見た目はスライムが浮いているかのようだ。

 核を包む体は黒みがかった透明。中心の核は輝くように紅い。この時点で、必然的に誰もが赤黒い丸型の敵と認識する。

 さらに、体表面を覆う流動する赤紫色の靄を見て、不定形のモンスターだと確信する。

 しかし、それは大きな誤りであった。

 透明の素材は驚くほどに頑丈で、剣を振り下ろせばいとも簡単に弾き返される。また、靄に触れれば高温の熱によって鎧は溶け、ローブは燃え上がる。

 

 ――ウィルオウィスプ


 魔界の鬼火とも呼ばれるモンスターは、今日も自分の部屋を荒らしにくる冒険者達を一人たりとも通していなかった。

 自身の体の頑強さと、高度な火魔法。

 加えて核が発する赤い光には弱い幻惑効果。

 近接でも遠距離でも冒険者を寄せ付けないバランスの取れたタイプだ。

 しかも――

 そのウィルオウィスプがこの部屋には同時に二体出現する。入口に対し、同じ大きさの個体が縦に並ぶことで、最初は一体だと誤認させるという手も使う。


 セオリーに従うなら、火耐性のある装備を身に付けて一体を足止めしつつ、もう一体を遠距離からの強力な《水魔法》で狙撃し削っていく。

 しかし、同レベル帯の冒険者少数ではなかなか難しいのが現実だ。

 ゆえに、わずかな意志を持つその鬼火たちは、広い空間に入室してきた存在を見ても何の恐れも抱いていなかった。

 ましてや普通よりも少数。しかも入室してきた瞬間に隊列を組むこともない。その場でぼーっと突っ立って会話をしているのだ。

 言葉は通じずとも、笑っていることだけは理解できた。

 だからこそ、我々を目の前にして愚かな者達だ、という結論はすぐに出た。


 そして――

 ウィルオウィスプの一体目は、突然目の前に移動してきた薄紫色のポニーテールの少女が武器を振り下ろしてきた映像が最期の記憶となった。

 続いて、一体目を消滅させられたことに遅れて気付いた二体目は、己の真下に神聖な二重円が光り輝いたのを目にした瞬間に、事切れた。


 こうして、20階層の双子の鬼火は新たな通過者を生み出した。




 ***




「お……おぉっ……」


 目の前で光の粒子に還っていくウィルオウィスプを見て、サナトは声にならない声を上げた。

 その表情は純粋な感動とは程遠い。驚きを噛みしめているようだ。

 それに気付かなかった少女が、近づいて上目づかいで声を上げた。今ではちょっぴり誇らしげな態度。自信が身についてきた証拠である。


「ご主人様、どうでしたか?」

「……あれが《牙断》という技か?」

「はい! 一時的に力と瞬発力を上げて敵に近付いて斬る技です。なんとか一撃で仕留めることができました」

「そうだな……本当にあっと言う間で……言うことはない。まさに一瞬……」

「ありがとうございます!」


 にっこりとほほ笑んだリリスの隣に、もう一人の少女が並び立つ。

 こちらもまったく同じ表情をしている。


「私の《滅殺の光》はどうだった? リリスに当たらないように小さく範囲を絞ってみたの。うまく加減できたと思うんだけど。いくらダメージが無くても当たっちゃうと嫌だしね」

「素晴らしい魔法の速度だった……ウィルオウィスプもおそらく気付いていなかっただろう……しかも一撃だ……あの時間では速すぎて何もできない」

「うん! やっぱりこの魔法すごいよね! 敵を置き去りにする魔法って感じ」

「……確かに……味方も置き去りにして……」

「ん? 何か言った?」

「い、いや……味方に恵まれて嬉しいな、と」

「えへへ。ありがと」


 無邪気に喜ぶルーティアの頭をサナトはゆっくりを撫でた。明らかに目の前の少女が要求していたからだ。

 不公平にならないようリリスの頭も優しく撫でる。

 が――


(せっかくのボスモンスターが一秒で消えてしまった……使えそうな《幻惑魔法》を持っていたのに……なんてこった。さすがにあの間に《複写》はできん。それもこれも予想していた順番争いが無くなったからで――)


 少しの恨めしさを込めて、右後ろに視線をやった。

 そこでは気だるげな悪魔が爪を磨いている。片手にはいつの間にか小さなやすり。削ってはふぅっと息を吹きかけて削りかすを飛ばしている。

 とてもさっきまでボスモンスターに熱意を燃やしていた悪魔には見えない。


「バール……もう終わったが良かったのか?」


 サナトの問いに肩をすくめた悪魔が目を細めた。


「見た瞬間に根こそぎやる気を奪われました。まさかボスモンスターがただの鬼火とは。亜種でも希少種でもないただの鬼火……なんとやるせない」

「途中で出会ったセパレートウルフの時とは違うのか? あいつもバールにとっては雑魚みたいなものだろ?」

「迷宮を守るボスモンスターという肩書に余計な期待をしてしまったという点で大きく違います。最初から小物だと分かっていればここまでの状態にはならなかったでしょうが……クリアフライフィッシュと同程度のボスとは……まさかまさかといった感じで……」

「反動が大きかったと……」

「部屋に入る前に散々な人間達を数組見てしまいましたからね。あれがまた私の期待を上げてくれてしまったわけで」


 重いため息をついたバールを、戦った少女が睨みつけた。

 気分を害された、とはっきり顔に書いてある。


「なに? 私たちの戦いにいちゃもんをつけるわけ?」

「まさか。あなた達お二人の戦いは素晴らしいものでした。技の威力、魔法の威力。十分すぎるほどに強力でした…………あの小物にはね」

「むぅっ」

「ルーティアさん! バールさんはこういう人ですから、もうやめときましょう」


 突っかかりかけた少女をリリスが止めた。その顔は苦笑いだ。

 サナトも釣られて苦笑した。

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