第47話 本気も本気

「来た来た来た! ほんと焦らすんだから。待ちわびたよー」

「いや……危険ではないか? さすがに三匹は……まずいと思うが……」

「良かったじゃないですか。同時に四肢を噛み千切らても片腕か片足のどちらかは残りますね」

「……バールさん、想像が怖すぎます」


 鼻息荒く前を歩くルーティアは、最早後方の言葉など聞こえていない。

 視線はセパレートウルフに固定されて微動だにしない。


「よしっ、次はこれっ」


 張り切るというよりも、必死にさえ映るその背中はどこか危うい。

 サナトはいつでも援護できるように体勢を整える。


(次は敵の攻撃が接触する前に、必ず防いでみせる。…………っ!?)


 少女が敵に突き出した手の先。

 そこを起点として、突如、巨大な光の円が地面に浮かび上がった。小さい輪の外に大きな輪。奇怪な形の文字が描かれた両輪は、それぞれ逆方向に回転を始める。

 淡い光がエリアに満ち、一切の音が消えた。風音も、敵の息遣いさえも。

 まるで神殿内にでも立ち入ったかのような感覚。

 ルーティアがにやりと口角を上げると、凛とした声で告げた。


「《滅殺の光》」


 溢れんばかりの光の奔流が指先から放たれた。

 まばゆい閃光。

 その効果は何なのか。

 サナトは目がくらむような光の中で、確かに三匹のセパレートウルフが塵となっていくのを目にした。




 ***




 ぼやけていた視界がようやく治まると、サナトは早々にルーティアに問いかけた。


「今のは何だ?」

「《滅殺の光》って言ったでしょ?」

「その魔法は確か《浄化》スキルの中にあるやつだろ。だいぶ前に俺が失敗した魔法だな。《解析》できなかったんじゃなかったのか? それともできるようになったのか?」

「……え? そう言われてみれば……あっ、《解析》できない……なんで?」

「無詠唱だからてっきり呪文を消したのかと思ったのだが……まさか自分ですら理解できていないのか?」

「うん……」

「だいたい《滅殺の光》は消費MPが56だ。《解析》を使用しなければ俺でも最大MPが足りないから使えないんだぞ。それをなぜ使える? どうして使えると思ったんだ?」

「そんな急に聞かれても……うーん……なんとなく」

「なんとなくっ!? まさかそれがさっき言ってた他の手かっ!? なんとなくでやるつもりだったのかっ!?」

「私の魔法が凄すぎたからって、そんなに興奮しなくても」

「全然違うっ! そんなあやふやな自信で危険を冒したのかと聞いているんだっ! ――っておい! 人の話を聞けっ!」


 頭に血を上らせたサナトを無視し、ルーティアはリリスに駆け寄った。「今の魔法どうだった?」と満面の笑みで問いかけている。


(あいつ……人が心配しているのに。何を浮かれているんだか……だが、本当にあれは何だ? なぜルーティアが俺の使えない魔法を使える? 俺のスキルである以上は、十中八九、ステータスも使える技も同じだと思っていたんだが……違うのか?)


 サナトは跳ねるように喜ぶ少女をぼんやりと眺めながら考えをめぐらす。


(この現象を説明できれば……いや、理解できそうなやつが一人いるな……)


 ぐるりと首を回す。

 規格外の強さで、ずる賢く、綺麗好きで毒舌の悪魔。

 だが――


「あれ? バールはどこだ?」


 サナトがさらに周囲を見回した。しかし影も形も無い。

 手を取り合っていた二人の少女もぱたぱたと近づいてきた。


「バール? んん? ほんとだ。いない……」

「さっきまでご主人様の後ろにいたと思いましたけど……」

「確かにいたはずなんだが……」

「私の魔法に恐れをなして魔界に帰ったんじゃない?」


 突拍子も無いことを言い出して胸を張るルーティアに、サナトが冷めた視線を送る。


「どう考えてもあいつはそんなタマじゃない。風呂探しで巨大な鯨すら殺せるやつだぞ。だが、本当にどこに言ったんだ?」


 キョロキョロと悪魔を探す三人。

 最初にそれに気付いたのはサナトだった。


(……これは、新しい情報か?)


 突然、マップを透過して重ねていた視界が切り替わった。

 まるで高い位置から自分を見下ろしているかのような映像だ。突然の視界の変化に、一瞬体を強張らせる。

 その映像内には、《テレポート》のゲートがサナトの後方に描かれている。


(恐らくこれは……前兆か。移動してくるやつの位置。《神格眼》に増えた《時空把握》の機能だろうな。問答無用で切り替えるのだけは止めてほしいが……何度もされると酔いそうだ)


 再び視界が戻り、サナトはその位置に視線を向ける。

 すると、予想通りぐにゃりと空間が渦を巻いた。瞬く間に黒いゲートがぽっかりと口を開き、中からスーツ姿の赤髪の悪魔が姿を現す。


「どこに行ってたんだ?」

「…………少々身の危険を感じたもので」

「危険だと? そんな事態に俺の側から離れたのか?」

「それは違います。…………何と説明すれば良いのか……悪魔のみが感じる危険とでも言いましょうか」

「お前ほどの悪魔がセパレートウルフに危険を感じるとは考えにくいが……ルーティアの魔法か?」

「不本意ながら……」


 バールがばつの悪そうな顔でため息をついた。珍しい表情だ。

 それを見て少女がここぞとばかりに、にんまりと頬を緩めた。


「やっぱり私の魔法が怖かったってことね。《テレポート》を使って逃げたってことでしょ」

「……何とでも言ってくださって結構」

「期待値を上げて無様だとか、道化みたいだーとか言ってたのに。バールの方がよっぽどじゃない」

「意外と根に持っていらっしゃる…………今の魔法は何なのですか?」

「あっ、話変えたでしょ? そんなところはマスターとそっくりなんだから」

「……おい、誰がそっくりだと?」


 真顔で突っ込んだサナトをルーティアは見事にスルーした。

 そして腰に手を当てて胸を張る。


「《滅殺の光》よ」

「名前は聞きました。効果は?」

「効果? うーんとねー……説明は、魔に属する者を滅する……だって」

「魔に属する者を……なるほど。なかなかにユニークな魔法です」

「すごいでしょ? バールの感想は?」

「……何も考えていないルーティア殿にふさわしい魔法ですね」


 どういう意味よ、と首を傾げた少女に悪魔は答えを返さない。

 サナトがやり取りを反芻しつつ、疑問を口にする。


「バールは《滅殺の光》に何かを感じたと……自分にダメージがあると思ったってことでいいのか?」

「いえ。そういう感覚ではありません。もっとおぞましいものです……それにサナト様のスキルで召喚されている以上は、お味方の攻撃ではダメージは入りません」

「え? そうなのか?」

「はい。《悪魔召喚》の私、パーティに組み込んだリリス殿、そしてルーティア殿もサナト様のスキルである以上はこれに含まれるでしょう」

「つまり、俺達四人の間では魔法の効果は無いと?」

「一言で言えば、ダメージが入らなくなります」

「……例えば俺の魔法でリリスがダメージをくらうようなことはないのか?」

「ありません」


 サナトはぐっと腕を組んだ。

 ダンジョンシザーのモンスター部屋で使った魔法を思い出す。


(つまり味方への誤爆は無い世界ということか。形状を花火にした《ファイヤーボール》……いや、確か《フレアバースト》か。あの時は自分達も巻き添えを喰うと思って《光輝の盾》を張ったが、必要なかったのか)


「おや……その様子ではサナト様は味方に魔法を放ったことが無いのですか?」

「あるわけないだろ。そんなことをする理由が無い」

「なるほど……ではあまり魔法の実験もしておられないと……」

「実験?」

「……いえ、今はまだ良いでしょう」

「珍しく歯切れの悪い言葉だな」


 サナトの皮肉に悪魔がゆったりとお辞儀を返した。

 これ以上語るつもりはないらしい。


「どうでもいいけど、さっさと次に進もうよ。他にも色々魔法使ってみたいし」

「……では、私はサナト様の後方をお守りすることにしましょう」

「バールさん……すごく離れてます」


 後ろを守ると言いつつもかなりの距離を取った悪魔に、リリスのストレートな言葉が放たれた。

 バールが否応なく突きつけられた事実に顔を大きく歪めた。

 そして――


「まさかルーティアの魔法とは……バールの思わぬ弱点が露呈したな」


 サナトが小さくため息をついた。

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