第45話 動き出す四人

 サナトはようやく目を覚ました。

 横向きに転がったまま、ぼーっとした時間が経過する。

 いつ眠りに落ちたのかは覚えていなかった。まぶたは重く、寝返りを満足に打てなかったせいもあって背中が痛んでいる。


(布団の合わせ目は寝心地最悪だな。色々と悪くはなかったが……)


「リリス? ルーティア?」


 両隣で寝ていた少女たちはいなかった。

 早々に起きて出て行ったのだろう。一抹の寂しさを感じる。

 と同時に、腹の底に響く破壊音が一度、続けてもう一度サナトの元に届いた。

 朝から何をやっているのだ、と訝しげに思いながら、かまくらの外に出る。


「何をやっているんだ?」

「あっ、マスター、おはよう!」

「ご主人様、おはようございます」


 爽やかな顔つきのルーティアが、リリスから少し離れて拍手をしていた。

 一方、リリスは銀色のバルディッシュをしっかりと手にしている。服装も活動的なものへと変わっていた。

 ルーティアの白いシャツの豊かな膨らみと、リリスのショートパンツから伸びる白い足が、サナトに昨日の出来事を思い出させたが、必死に振り払った。


「……リリス、ルーティア、おはよう。で、何を?」

「私の特訓です」

「リリスの特訓?」

「はい! 《斧術》のスキルが上級になったので色々と試しておこうと思いまして」

「そうなの。リリスの技すごいよ! これぜーんぶリリス一人でやっちゃったんだから」

「これを?」


 サナトは目の前の岩を見上げる。バールが作った、岩というより壁に近い巨大な岩石。

 そこには、まるで竜が爪を振るったような切創が、上から下まで何本も伸びている。


「レベルが上がったのでちょっとだけ威力が上がりました」

「……そうか。素晴らしい話だな」


 目の前でにっこりほほ笑むリリスに、サナトは苦心して微笑み返す。


(ちょっとなんて可愛いものじゃない……何発撃ち込んだのか知らないが、この岩ごと破壊できそうな裂け目じゃないか……)


「これなら少しはご主人様のお役に立てるかと思います」

「そうだな……リリス、期待している」

「はいっ!」


(頼むから間違っても俺に向けないようにしてくれっ!)


 天に祈りつつ、サナトはぐるりと辺りを見回す。


「バールはどうした?」

「バールさんなら、岩の反対側です。何でも朝食を用意してくれるとかで……」

「……朝食?」

「うん。悪魔なのに料理できるんだって」

「ほう……バールも料理ができるのか。となると、まったくできないのはルーティアだけということだな」

「…………私だってできるもん!」


 肩をすくめたサナトの言葉に、ルーティアが顔を真っ赤にして反論する。

 リリスが「まあまあ、ルーティアさん」と言いながら肩を叩いている。


「そんなに噛みつかなくてもいいと思うが……ただの冗談だぞ」

「別に噛みついてないし……私もできるし……」

「そうか?」


 サナトは首を傾げる。


「まあ、いい。とりあえずバールのところに行くぞ。まずはブリーフィングだ」

「ブリーフィング?」

「打ち合わせみたいなものだ」




 ***




 器用に形を整えたテーブル代わりの岩を四人が囲む。

 腰をかけている椅子も、もちろん岩だ。

 全員がかけたのを確認し、サナトが口を開いた。


「……予想外のことが色々とあったが、とりあえずこの迷宮を出ようと思う。元々リリスの腕試しで入ったのだが、止まるタイミングを逸していただけだからな」


 さっさと次の街に向かうつもりでそう伝えたが、反応は芳しくないようだ。


「…………不満そうだな」


 三人の顔を見渡す限り、心から納得している者は見当たらない。特に一人は露骨に嫌な顔をしている。


「ルーティア、これ以上留まりたい理由があるのか?」

「まだ、一度も戦ってないし……」

「何を考えているのか知らないが、迷宮を出ても戦う機会はあるだろ?」

「でも……迷宮なら敵も多いし……」


 言いよどむ銀髪の少女を横目に、次の人物が口を開く。


「サナト様、私もルーティア殿の意見に賛成です。ここはさらに先に進むべきです」

「…………一応聞くが、バールの理由は何だ?」

「もちろん、私の力をお見せできていないからです。強敵を前にしなければ私の有益さはご理解いただけないと思っております。地上の敵など物の数にも入らないでしょう」

「バールの強さは十分知っているつもりだが」

「召喚されてからは一度も戦っておりません」

「まあ、それはそうだが…………ではリリスはどう思う?」


 戦闘を心待ちにする危うい二人にあきれ返りながら、サナトは最後の砦である人物に水を向けた。

 主人のことを一番に考えてくれる彼女なら、自分に賛成してくれるはずだ、と考えながら。

 だが――


「私も……ご主人様が許してくださるのなら、先に進みたいです」

「…………理由は?」

「レベルが上がってから一度も私の力をお見せできていませんので……お役に立てるところを少しでもお見せしたいのです」


 前の二人とほとんど同じ理由で奥に進みたいというのだ。


「……三人の考えはよく分かったが、無駄な戦いだとは思わないのか? はっきり言って先に進むメリットは何もないと思うのだが……」

「そんなことはございません。サナト様にとっても、しもべの力を確認できる良い機会でございます」

「そうそう! マスターには何の負担もかけないし、魔石も見つかるかもよ!」

「……私もがんばります」


 サナトは内心で大きくため息をつく。

 こんなところで三人の意見が一致するとは想像もしていなかったのだ。


(おかしい……なぜ主人の俺が押し切られているんだ? これでは最初に俺の意見を言った意味がなくなる。だが、三人の意見を聞いてしまったのは俺だ……こうまで言われては仕方ないか……まあいざとなれば《時空魔法》で帰れるしな。好きなようにやらせるか)


「……分かった。お前たちが進みたいというならそうしよう」

「やった! さすがマスター」「ご理解いただけて何よりです」「ありがとうございます」


 反応は三者三様。だが、誰もが共通してうずうずしている。


(次に現れた敵は悲惨な目に遭うだろうな……)


「では、先に進むと決まったようですので、私からお約束の品をお渡ししましょう」

「これが……例の?」

「はい。タイタンホエールの装備です」


 バールが空間に空けた黒い穴から、武器と防具を取りだして並べていく。目を丸くした二人が食い入るように見つめる。

 置かれたのは――

 濃い青色の刃がついたバルディッシュ、剣士用と思しき白い鎧。

 そして刀身が純白のサーベルと、盗賊が使用しそうな動きやすさを重視した胸当てとブーツ。

 いずれも白を基調としつつ、青い線が描かれた特徴的なものだ。


「巨大な骨と表皮を素材として作り上げられた武器と鎧です。見た目以上に軽く、属性防御も優秀です」

「……これがレベル50程度の装備なのか?」

「タイタンホエールは60越えです。探してみたのですが、50越えの装備はワンセットしか手持ちに無かったもので、こちらに致しました。よろしかったですか?」

「もちろんだ。何も言うことはない。ちなみに……バールはそのタイタンホエールとはどこかで会ったことがあるのか?」


 あれは確か、とバールが目を細めて思い出すような仕草を取った。


「私が入浴の習慣を身に付けてすぐに、良い湯を探していた時のことです。気に入った湯に先客として住みついていたので、さっさと追い払おうとしたのですが……愚かにも反抗してきましたので、殺したのです。なかなか耐性が優秀でしたので、素材はどこかで使えるかとストックしておりました」

「そ、そうか……レベル60越えの鯨を……さすがだな」

「そうでもありません。図体だけ大きい敵など私の相手ではありません。レベルだけで強さを測りきれないことは、サナト様も良くご存じのはず」


 バールの台詞にサナトがひきつった顔で頷く。


「ちなみに大きさは?」

「タイタンホエールですか? そうですね……この空間にちょうど収まるくらいでしょうか」

「えっ?」


 ちらりと横目で空間を確認する。

 途方もない広さの空間だ。学校の200メートルトラックすら収まるのではないかという広さ。

 そんなサイズの鯨を事もなげにあしらうことが可能だと言うのだ。

 目の前の悪魔はやはりおかしい。

 サナトはもう考えることを止める。考えても無駄だとようやく気付いたのだ。


(こいつのことは考えたら負けだ。これからは召喚主として慣れるよう努力しよう……)


「……とにかく、約束よりはレベルが上の物を用意してくれたということだな。助かる」

「いえ、この程度であれば」

「ルーティア、リリス、これがお前たちの装備だ。今後使ってくれ」


 サナトが驚いた表情の二人に武器を渡す。


「これを私達に?」

「そうだ。ルーティアはどんな武器がいるのか分からないからサーベルにしてもらったが、使いにくいなら言ってくれ。リリスは使い慣れたバルディッシュだ」

「…………すごく、頑丈です」

「だろ? 今使っているバルディッシュよりは遥かに強力なはずだ。リリスの技にも耐えてくれる。もちろん装備もな」


 ルーティアが、恐る恐るブーツに足を通し、胸当てを身に付ける。そしてサーベルを腰に差し終えて、口を開いた。


「バール、あの……ありがとう」

「礼には及びません。これは契約の品です。サナト様がお渡しになったわけで、私が渡したわけではありません」

「私のも……ありがとうございます」


 続いて礼を述べたリリスに対し、悪魔は肩をおおげさにすくめる。


「ご主人様……どんな契約をなさったのですか?」

「大したことじゃないさ。バールへの情報の対価だ。契約というほどのものではない」


 不安な表情を見せたリリスに、サナトは殊更に軽く答えた。


「では、遅くなりましたが、朝食といたしましょう。クリアフライフィッシュの薄切りです」


 バールが空間から大きな皿を取りだした。薄切りという名の刺身が、見事に並べられている。

 二人の少女が同じタイミングで顔を近づけた。


「うわぁ、すごく身が綺麗! とうめーい!」

「ほんとですね。透き通っていて……こんな料理、見たことがありません」

「バール……これが昨日のやつか?」

「はい」


(風呂の湯に浸かっていた魚の刺身。衛生面は大丈夫か? あの変な鳴き声をあげる八つ目の魚……不気味な頭がのっていないのは助かるが……それにしても、本当に薄いな。刺身包丁で切ったようだ)


「マスター、早く食べよっ! いただきまーす! ……あっ、甘くて美味しい!」

「…………ルーティアさん、ご主人様が先ですよ」

「あなたは、とんだ礼儀知らずのようですね」

「……ご、ごめんなさい……お腹空いちゃって……つい……」


 フォークを口に入れたまま小さくなっていくルーティアを、サナトは苦笑して見つめた。

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