第27話 これを待っていた

「私のスキルを変える……」

「そうだ。リリスの持つスキルを俺の力で少し変更しようと思う」

「本当にそんなことができるのですか?」

「ああ。俺にしかできないことだ」


 リリスが驚きに目を見開いた。だが、すぐに納得したように頷いた。


「夢のような話ですが、ご主人様の言葉なら信じます。ですが、私は《斧術》と《火魔法》しか持っていません。どちらを……」

「どちらでもない。今回変えるのは《魔力欠乏》というスキルだ」

「《魔力欠乏》……ですか?」


 リリスが首をかしげる。

 少女にとっては見たことも聞いたこともないスキルだろう。


「リリスのMPが無い理由はおそらくそれだ」

「私はその《魔力欠乏》というスキルを持っていないと思うのですが……」

「いや、リリスが知らないだけで、それは確かに存在している。俺の眼には視えている。その点では人より多少優れていてな……」


 サナトが見透かすような視線でリリスを見つめる。

 どこか別の場所を見ているような瞳だ。


「……お話は分かりました。内容はたぶんわかってないですけど、ご主人様がなさりたいことに反対などしません。その……どうぞよろしくお願いします。私に何かご協力できることはありますか?」


 少し不安げなリリスに、サナトは軽くかぶりを振った。


「いや、何もしてもらうことはない。それに、別に痛みを伴うようなものでもない」


 サナトは不安を取り除くようにリリスに微笑みかける。

 そして、言葉を続けた。


「体感ではおそらく一瞬のはずだ。もしも何か体に異変が出そうなら教えてくれ。すぐに中止する」

「はい、わかりました」

「では、早速始めるが構わないか?」

「もちろんです。ご主人様のなさりたいようにお願いします」


 サナトはリリスの言葉に軽く頷き、手の届く距離にまでもう少しだけ近付く。

 リリスの視線がサナトを見上げた。

 そして、ゆっくりとリリスに向かって片手を伸ばす。


「……リリス……少し、その……触れるぞ」

「……は、はい」


 サナトの指先が、自分の胸の前にあるリリスの頬に優しく触れた。

 触られるとは思っていなかったのか、リリスがきめ細かい白い頬を染めて体を硬直させた。

 そのまま数秒が経過する。

 脳内に天の声が響く。



 ――《解析》が完了しました。《複写》を行いますか? YES or NO?



(接触部位はやはり手でなくとも問題はないのか。リリスとの接触はこれで二度目だ。ここまでは予想通り)


「YESだ」


 サナトは迷わない。すでに目標は決まっている。

 この瞬間のために、リリスと出会ってから身体的な接触を避けてきたのだ。触れたいと思う瞬間を必死に凌いできた。

 ザイトランと戦う前に、思わず不安がるリリスの肩に手を置いてしまったときにはどうなることかと思っていたが、それ以降は何とか不用意な接触を控えてきた。

 戦闘時も、衣服を選ぶ時も、チョーカーと髪留めを渡す時も。

 ずっと接触回数を頭に置いていた。


(髪留めを付けてやろうか、とつい聞いてしまった際に、リリスが「はい」と答えていたらどうしただろうな。何だかんだと理由をつけて、やっぱりやめたと言わなければならなかっただろう)


 サナトは苦笑する。

 二回目の接触に至れば、自動的にリリスのスキルの《複写》が行われてしまうのだ。

 その天の声に、もしも「NO」と答えて、後回しにしてゆっくり考えようとした場合はどうなるのか。

 同じ人間に《複写》が使用できないことは判明している。

 だが、それは「YES」と答えた場合のみ。「NO」と答えた場合には、二度目の《複写》が許されるのかもしれない。


(回数制限があるかもしれない《複写》を使用して、そんな無駄な実験をする気には到底ならない)


 それゆえに、サナトは一切の邪魔が入らない瞬間を、そしてルーティアが《魔力欠乏》を《解析》できると確信できるようになるまで、さらに他人のスキルを《解析》できるようになる時期を待っていたのだ。

 貴重なスキルを《複写》しつつ、リリス本人の力の底上げをするために。

 その時期は、予想以上にルーティアの成長が早かったことによってかなり早まったと言える。

 

 サナトは《複写》に成功してからルーティアとした雑談の一場面を鮮明に思い出す。


「他人のスキルを《複写》できるなら、他人にも《解析》が使えるのか?」

『うーん……確かに《複写》の瞬間には細い何かがつながるんだよね……もしも、ずっとつながるような手段があれば可能性はあるかも』

「ずっとつながる……例えばパーティ編成か……」

『マスターのステータス情報のページにパーティ情報があるから、そこからつながれば……もしかするかも』


 突拍子もない発言だった。

 だが、実際にリリスを手に入れ、パーティを組んでみれば結果は予想通りだ。

 サナトの笑みが深くなる。



 ――《複写》を行います。スキルを選択してください。



「《魔力欠乏》」


 はっきりと虚空に告げる。

 その瞬間、サナトに壮絶な脱力感が訪れた。あまりに急な変化に、リリスに触れていた手を離し、がくんと膝から崩れ落ちる。


「ご主人様っ!?」


 その様子を目の前で見せられたリリスが、慌ててサナトを抱きかかえる。

 どんな変化があるのかと不安がっていた少女は、まさか主人の方が倒れることなど予想もしていない。

 サナトが、ふらつく膝を何とか押さえつけ、再びゆっくりと立ち上がる。


「……大丈夫だ」

「ですが……」

「少しMPが無くなって驚いただけだ」

「MPが?」

「ああ。リリスはすごいな……本当に感心するぞ。こんな状態でよくもあんなに動けるものだ」

「い、いえ」


 事情をうまく飲み込めていないリリスから視線をそらし、サナトは己のステータスを確認する。

 そこには確かに《魔力欠乏》がユニークスキルとして追加されていた。



 魔力欠乏

《種類》 MP回復

《正負》 負

《数値》 最大MP

《間隔》 常時

《対象》 本人

《その他》 なし



(《複写》はユニークスキルであろうとも問題ないということか。ん? これには《源泉》が無いのか……ユニークスキルは無いのか?)


『マスター、解析始めるよ』

「ああ、急いでやってくれ。かなりきつい」


 リリスが心配そうにサナトを見上げる。


「ご主人様、顔色が少し悪いようです……座られた方が」

「大丈夫だ。すぐに治る」


(それにしてもMP0の状態は本当にきついな。1残っている時とは雲泥の差だ。40℃の熱でもここまでふらつかないぞ)


『マスター、終わったよ』

「助かる」



 魔力欠乏

《種類》 MP回復

《正負》 正

《数値》 最大MP

《間隔》 常時

《対象》 本人

《その他》 なし



 体内が一気に何かに満たされるような感覚を味わう。抜けていた力が足に、手に、一瞬で戻っていく。

 急激な変化だ。

 抱えるような体勢だったリリスが、その体の変化を感じとったのか、恐る恐る離れる。


「もう大丈夫だ。治った」

「……え?」


 目を丸くしたリリスがぽかんと小さく口を開いた。

 サナトがその表情の可愛らしさに小さく笑う。


「本当に大丈夫だ。心配するな。次はリリスの番だ。おっと……その前に――」



 ――上書きに成功しました。上書きによりスキルの一部が規定スキルに該当しました。《魔力欠乏》を《魔力飽和》に名称を変更しますか? YES or NO?



「YES」

「ご主人様?」

「さあ、次はリリスだな。一瞬だと言ったのに待たせて済まない。もう一度、触れるぞ」

「……はい。どうぞ」


 一体何が起こっているのかは理解していないだろう。だがリリスはそれ以上何も聞かない。サナトの表情を見て静かに頷いた。

 言われるがままのリリスが目をつむって頬を差し出す。

 そのしっとりとした肌にサナトが手を当てた。


『《解析》開始しまーす』


 ルーティアの軽快な声が脳内に聞こえる。すでにやることは打ち合わせ済みだ。

 《魔力欠乏》をサナトに《複写》し、自分の物にして最強化した後に、リリスのものも同様に上書き変更を行う。

 これで二人はMPが減らないスキルを持つことになるのだ。


『終わったよ』


 作業は一瞬だった。ルーティアの声が完了を告げる。

 と同時に天の声が鳴り響く。



 ――個体名リリスのスキルの上書きに成功しました。上書きによりスキルの一部が規定スキルに該当しました。《魔力欠乏》を《魔力飽和》に名称を変更しますか? YES or NO?



(リリスではなく、変更した方に尋ねるのか。よく分からないシステムだな)


「もちろん、YESだ。リリス、もう目を開けていいぞ。無事終わった」

「……はい」


 リリスが恐る恐る目を開き、サナトと視線が合う。

 そして、きょとんと表情を変える。


「ご主人様……何か、体が……」

「軽いだろ?」

「はい……ど、どういうことですか?」

「リリスのMPがようやく回復したってことだ」

「私のMPが回復……」

「ああ。一度、ステータスカードを――――っ!?」


 リリスにカードを確認させようとしたサナトの《神格眼》が、だだっ広い空間に突如現れた異質なものを捕えた。

 

 それは、黒い渦。大きさは直径2メートルほど。

 ちょうどリリスの背後に見える空間に、いつの間にかぽっかりと暗い穴が浮かび上がっていた。

 光を一切通さない不気味な漆黒だ。

 空間を歪めつつ、不規則な動きをする渦は何の前触れか。

 流れ出てくる異質な空気がその場をゆっくりと支配していく。

 リリスが、顔を強張らせたサナトに気付き、勢いよく振り返った。


 そして――


 真っ黒なスーツのような衣装を身に付けた長身の男が、その空間の中から音もなく姿を現した。

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