第19話 戦力差

 呆気にとられるリリスをよそに、サナトはバルディッシュを取り上げる。


「リリスに戦わせるつもりはないと言っただろ。言い返せただけで十分だ」

「で、でも……」

「それに、武器がそれだけ震えていては切れるものも切れない」


 サナトは取り上げたバルディッシュを放り投げるように自分のアイテムボックスにしまう。

 代わりに取り出したのは銃の形をした魔法武器。

 トリガー代わりに呪文を必要とするが、誰かに魔法を込めてもらえれば、その回数分だけ使用可能な、いわば充電式の武器だ。

 魔法を使えない者でも疑似的に魔法が使えるメリットがある。MPも必要ない。

 サナトはリリスに銃の持ち手を向けて渡す。


「お守り代わりに持っておけ。バルディッシュよりは多少ましだ。《ファイヤーボール》も込めている」

「えっ?」


 ぽかんと口を開けるリリスはサナトの言葉の意味が分からないようだ。ほとんど無理矢理受け取らされた大きな銀製の銃をまじまじと見つめている。


「どうした?」

「……これをどうすればいいんですか?」

「ん? ずっと突っ立っているのもおかしいと思ったのだが」

「い、いえ……そうじゃなくて……」


 戸惑うリリスは何と言っていいのか口を開けては閉じることを繰り返す。

 その様子を見て吹きだしたのはザイトランだ。


「魔法武器にどんな隠し玉を仕込んでいやがるのかと思えば、《ファイヤーボール》だと! よりにもよって、ド素人魔法じゃねえかっ……ガキでも使える魔法だぞ? くくくっ……ダメだこいつ。マジでいかれてやがる」


 嘲笑うザイトランの台詞に、サナトは大仰に肩をすくめる。


「確かにな……自分でもこうまで変わるとは思わなかった」

「あっ?」

「気にするな。ただの独り言だ。では、準備も整ったし、さっさと始めるとするか」


 サナトが敵に向かってゆっくりと片腕を上げた。手の平がはっきりとザイトランの顔に向けられた。

 一方、向けられた男は憎々しげに唾を吐く。挑発だと受け止めたのだろう。


「どこまでもなめた野郎だ。ガーズっ」


 ザイトランの背後にいた男が長剣を肩に担いで前に進み出た。主よりも拳一つ分以上は背が高い。

 その鷹のような鋭い目がサナトを射抜く。レベル41の猛者は一度もしゃべることはない。ただ忠実に主の命に従っている。


「まずは護衛からか……炎よ、我が手に宿れ、《ファイヤーボール》」


 流れるように紡がれた呪文と共に、炎の塊が射出された。

 焼き殺さんとする高温の暴力が一直線に敵に向かう。

 だがガーズは避けようとしない。剣を上段に構えると、目の前に飛来するその塊に向かって一刀両断にすべく振り抜いた。

 一陣の熱風が吹き荒れる。

 それと同時に、ザイトランが大声をあげる。


「ザコは知らないだろうが、武器スキルには魔法を切る技もあるんだぜっ。《ファイヤーボール》ごときがこいつに通用するはずがないだろうがっ! ――――えっ?」


 高笑いをした男の横を、跳ね飛ばされるように巨大な塊が通り過ぎた。遅れて焼け焦げた特有の匂いが漂ってくる。


「……えっ?」


 ザイトランがもう一度間の抜けた声を上げた。遅れて、何が通り過ぎていったのか恐る恐る背後を確認した。

 途端に大きく顔を歪める。


「ガーズ……っ」


 それは人間だったものだ。

 つい先ほどまで、頼もしく長剣を振るった男の成れの果てだった。焼け焦げた顔が形を成していない。

 ガーズが振るっていた長剣をまじまじと見る。


「う、嘘だ……」


 刀身がほとんど無くなっていた。

 だが、柄を握っている動かなくなった手が、確かにさっきまで持っていた剣であることを証明していた。

 ザイトランがゆっくりと魔法を放った男に向き直る。


「な……にを?」

「そんなことを気にする余裕があるのか?」


 氷のように冷たい男の声色に、ザイトランは背筋を震わせる。何が起こったのかまったく分からないのだろう。

 目が泳ぎ、それでも何か情報を得ようと問いかける。


「《ファイヤーボール》ってのは嘘……だな?」

「仮に嘘だとしても、貴様が死ぬことには変わりはない」

「――っ」


 最悪の結論を無慈悲に突きつけられたザイトランが、悲壮な表情に変わる。

 自分の護衛が一撃で葬られたのだ。当然の反応だ。

 だが、ザイトランも数多の経験を積んだ男だ。例え窮地に追い込まれようとも、慌てるのは一瞬だ。

 残虐な光が再度目に灯る。視線がサナトの背後に備える男達に送られた。

 そして、間髪入れずに叫んだ。


「やれっ!」


 サナトとリリスの背後で、4人の盗賊が散開して攻撃をしかけようと動きだした。声かけも無しに瞬時にばらばらに動けることが、彼らの経験を物語っている。

 だが――


「なんだっ!?」「こ、これは」


 全員が盛大に転んだ。その原因はいつの間にか両足にかかっている手錠のような物体だ。


「《封縛》だとっ!?」


 ザイトランが素っ頓狂な声をあげた。リリスが、自分の背後で転んだ男達を驚いた表情で見つめる。


「《封縛》だな」


 たんたんと、おうむ返しで答えたサナトは背後をちらりと確認する。


「リリス、目をつむれ。炎よ……とまあ、もういいか……」


 

 何が何だかわからないまま言われるとおり目を瞑ったリリス。

 サナトは青空に向けて再び炎弾を放つ。

 その数同時に4発。

 まるでホーミングミサイルのように弧を描き、盗賊たちに命中する。

 その結果は言うまでもない。

 4発分の熱量が吹き荒れ、その場の温度が一気に上昇する。リリスが届いた熱に顔をしかめる。


「呪文の詠唱破棄まで……そんなばかなっ!? お前らっ!」


 ザイトランもようやく異常事態だと認識したようだ。今までの態度が嘘のようだ。

 ぴくりとも動かない仲間に悲痛な叫び声をあげるが、誰からの反応もない。

 そして、もう一つの事実にようやく気付いたようだ。

 己の両足と両手に光る、魔法の錠を驚愕の表情で見た。


「《封縛》……いつの間に」


 事実を確認するように、ぼそりと呟いたザイトランに、サナトがゆっくりと近づく。


「さて、魔法のスキルを持たないお前はこの状況でどうするのか。遠距離への攻撃はできるのか」

「――っ」


 実験動物を前にしたかのごとき冷淡さ。

 ザイトランにサナトの表情はどう映っているだろうか。

 感情を見せない男の歩みが一歩一歩確実に近付いていく。それはまさに死刑宣告と同様だ。


「てめえ、一体なんだってんだ…………わけがわからねえ」

「自分で考えろ。一から説明してやるほどお人よしじゃないのでな」


 くそっ、と呟いたザイトランだったが、その目はまだ諦めていない。

 サナトがもう数歩で触れる程度の距離に来たときだった。


「くらえっ」


 毒々しい紫色の短剣が、刀身の長さを越えて伸びたのだ。

 《短剣術》の技の一つだろうか。

 サナトの胸に一直線に伸びた刃が目指すのは胸骨の真下。刺されば致命傷の位置だ。

 だが――


「弾いたっ!?」


 サナトの前に突然現れた光の壁が、その凶刃を難なく防ぐ。

 それは《光輝の盾》と呼ばれる憲兵なら誰もが持っている魔法だ。

 だがその効果は攻撃を完全に遮断できるものではない。ダメージの軽減を目的に使われるものだ。


「……《解析》とは恐ろしいな」


 サナトはザイトランには意味の分からない言葉を発し、静かに頷く。

 そのまま数秒その姿勢で待ち、冷ややかに告げる。


「今ので悪あがきは終わりか?」


 ザイトランの顔が憤怒に歪む。だが、言い返す言葉は出てこない。

 男は何度も腕に力を入れ、足をばたつかせているが、《封縛》がかかっている以上は思うようには動かない。

 呪詛のように「雑魚の魔法のくせに、なぜ壊せないっ」と口を開いて、何度も自分の体に打ち付けている。

 サナトはその様子を眺めつつ、ゆっくりと肩の力を抜いた。


「そうか……それなら、終わりだ。しっかりとあっちの世界で殺した者達に謝ってくることだ」

「くそがっ!」


 吠えるザイトランを無視し、サナトはくるりと踵を返すと、虚空に一発の《ファイヤーボール》を放った。


 炎弾は静かに赤い弧を描き、寸分違わず男の上に落ちた。

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