第17話 その前に

「さあ、落し物も返ってきたことだし、帰った帰った。我々は忙しい」


 ルーフェルトがリリスの手錠を解除し、ひらひらと手を振る。

 サナトが立ち上がり扉に向かう。

 だが、思い出したように振り返るとベアンスに近付き両手を差し出した。


「ベアンス様も落し物捜索にご協力いただいてありがとうございます。何かあれば今後ともよろしくお願いします」


 ベアンスが苦笑して片手を握り返す。


「今度からは事前に相談をしてほしい。落し物を返すのは大変なんだ」

「肝に銘じておきましょう」


 サナトが微笑んだ。

 そして、今度こそ扉を開けて出ていく。

 最後にルーフェルトの一言がサナトに届く。


「これからどこに行くつもりだ?」

「……色々あったのでこの街を離れようかと」

「なら、遠回りになるが南側から行くことを勧める。比較的人通りが多い」


 サナトはその言葉に少々驚き、目を丸くする。


「まさかそんな言葉をいただけるとは……」

「勘違いするなよ。街の外は我々の管轄外だ。ただ……お前にはどうやら余計な言葉だったようだな」

「いえ、ご忠告感謝します。できれば穏便に……という思いはありますが、大方予想通りの展開にはなるでしょう」

「……早々に我々に嫌な報告書を読ませるなよ」


 サナトは軽く頷いて扉を閉めた。

 すぐに後に続いたリリスと二人分の足音が離れていく。

 ルーフェルトがやれやれと呟きながら酒瓶を豪快に煽る。


「班長があそこまで気を回すのは珍しいですね」


 ベアンスが、どちらかと言えば余計なことに首を突っ込まないルーフェルトの表情を伺うように話しかけた。


「いい金づるだったからな」

「……本当のところは違いますよね?」

「ふん。ステータスカードを見ただろ? あの豪胆さでもレベル8だぞ。カードの偽証は一切不可能。俺も最初は見間違いだと思った」

「見たことのない《浄化》というスキル以外は初級魔法だけでしたっけ?」

「ああ。そこらのガキですらあの程度ならごろごろいる。相方に買ったお嬢ちゃんはレベル12だ…………ザイトランはあの二人でどうこうできる相手じゃない。何をやっても通じないだろう」

「殺られますかね?」

「分かりきったことを聞くな」

「助けに行きますか?」

「バカを言うな。憲兵は誰の肩も持たん。厄介なやつにあそこまで仕掛けたのはサナトの責任だ」

「……次にあの店に行った時に、お嬢ちゃんがいたら嫌だなあ……どんな顔してあの子を見たらいいのやら」

「嫌なら見なければいいだろう」

「え? だってかなりの美少女ですよ? 店にいると自然と目を引く感じで――」

「……貴様はしばらくあの店には出入り禁止だ」


 ルーフェルトがベアンスを鋭くにらみつけた。




 ***




 二人は通りを歩いていた。

 サナトが前を。リリスがその右後ろに三歩ほど遅れて続く。

 白いワンピース姿の少女はどこか儚げで美しく、何かと通行人の目を引いている。中には無遠慮に舐めるような視線をリリスに送る者もいる。

 だが当の本人はそんな視線は気にならないのか、ずっと思いつめた表情だ。


「まずはリリスの服が必要だな」


 目立つことは十分に予想できた。サナトはなぜ羽織るものを事前に用意していなかったのかと悔やむ。

 軽く振り返り、リリスをじっと見つめる。

 リリスは顔を歪めて下を向いた。浮かない顔だ。


「どうした? せっかく手かせが外れたというのに嬉しくなさそうだな」

「……このあと、どうなるかご存じなのですよね」


 サナトは少女の問いに肩をすくめる。「何を今さら」と一言つぶやいて続ける。


「運悪く通りすがりの盗賊に襲われて、リリスは連れ去られるかもしれないな」

「そこまで分かっていて……」

「事前に相手の情報を調べておけばだいたいのやり口は分かる。店を持つ男ならなおさらだ。噂話も多い…………リリスはよほどあの男が怖いようだな」

「――っ」


 リリスの顔が勢いよく上がる。アメジストのような瞳に薄らと涙が浮かんでいる。

 サナトは質問が悪かったか、と苦笑した。


「ザイトランの金儲けの道具とされてから、何度こんなことがあった?」

「……二度です」

「その度に奪い返されたのか?」


 リリスが悲壮な表情で頷く。まだ薄い唇をきゅっと噛んでいる。


「私を買って……すぐに二人とも殺されました」

「殺された……か。どの程度のレベルだった?」

「買ってくれた人ですか? 一人は30を越えていたと思います」

「なるほど。それはトラウマにもなるな。俺が思っていた以上の悪党でもあったわけだ。取り戻すだけじゃなく殺すところまでが商売だったとは……」


 サナトはゆっくりとリリスに近付き、震える華奢な肩に軽く手を置いた。心なしか体が冷たくなっていた。

 言葉を和らげて少女に語りかける。


「何を怖がる? またあの店に戻るのが怖いのか?」

「……違います。私は……私は戦うのが怖いんです」


 リリスがしっかりとサナトを見た。

 だが瞳は大きく揺れている。少女の心情を物語っていた。


「もうあんな場面を見るのは嫌なんです。もし次にこんな機会があれば、二度とあの男の道具とされないように、私も一緒に戦って死んでやろうって考えていました」


 リリスが一息に言い切り、続ける。


「私を助けてくれたことにはすごく感謝しています。でも、私は強い方じゃありません。レベルだって低いし。今から同じ結果になると思うと……戦うのが怖いんです。あの男は刃向う敵に容赦しません。以前殺された方は最後まで苦しめられていました。私だって、たぶんそうなるでしょう。もし死ねなかったら……どんなひどいことをされるかと思うと……震えが止まらないんです。だから――」

「自分は不幸だと?」

「違いますっ! そんなこと考えたこともありません! せめてあなただけでも逃げてもらえたらって……」


 詰め寄るリリスにサナトは笑う。


「それはできない相談だな。危ない橋を渡ってまで手に入れたのだ。盗賊に付け狙われた程度で手離す気にはなれない」

「でも……死ぬことになります。絶対にザイトランには勝てません」

「すごい自信だな。未来でも視えるのか?」

「――っ、そんなの分かりきってるじゃないですか! だって、あなたのレベルは――」


 口元を震わせ、訴えるように放たれかけたリリスの言葉を、サナトは片手を持ち上げて制する。

 あまり人通りの多い場所で叫ばれるのは良いことではない。それでなくとも注目を集めているのだ。


「言いたいことは分かった。だが、俺はリリスが欲しいから色々と策を使ってあの店から買い取ったのだ」

「……そのことには本当に感謝しています」

「しかし、俺に買い取られたはずなのに、リリスは未だに店の呪縛に捕らわれたままだ。まずはこれを取り除かないとならない。そうしなければ安心してすべてを委ねてくれないだろ?」

「でも……」


 サナトは不安を隠せないリリスに自信に満ちた顔を向ける。


「心配はいらない。新たな力も手に入れたところだ」


 虚空を見つめるサナトを、リリスが下から見上げる。

 果たしてその言葉を信じて良いのか、それとも単なる見栄なのか。少女の瞳はどちらとも言えない感情を湛えている。

 少しの間迷う素振りを見せ、サナトに問いかける。

 それは少しだけ少女が前に進もうとした証拠。いくらかの期待感が芽生えたのかもしれない。


「何か作戦があるのでしょうか?」

「作戦というよりは…………力技と言った方が近いだろうな」


 少女の問いに男ははっきりと答えなかった。

 代わりに、静かに苦笑した。

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