第13話 準備は整った

 サナトは12階層まで来ていた。

 目の前に群れていた牛ほどの大きさのカニが3匹、一度に燃え上がる。レベルは12だが、泡を吐く間もなく光の粒になって霧散した。

 ここでも魔法の威力は桁違いだ。

 どの敵も一発でしとめられている。


「ここまで攻略してくれた冒険者に感謝しなければ」


 真新しい紙を広げて自分の位置を確認する。右目に映る現在位置とぴたりと一致した。


「すごいな。ギルドも捨てたものじゃない。いい地図を作っている」

『ほんとだねー。小さな魔石も手に入れたしいいことづくめ』


 手前の11階層で脇道を探索していたところ、ビー玉程度の魔石を拾えたのだ。普通の人間はまったく魔石だと気付けない茶色の石。

 《神格眼》の恩恵は大きい。

 ダンジョンコアが消失してもまだ迷宮が死んでいない証拠でもある。


「多少の金の足しにはなるな。それと、この迷宮は三階層ごとに敵が変わるようだな」

『そうみたいだね。10階層からカニばっかりだもん。もうアイテムボックスにはいらないよね』

「ああ……もう十分だ。カニみそもいらない」


 サナトは静かにアイテムボックスを開けた。

 そこには巨大なカニの爪が何本も入っている。ついでにその隣にはカニみそが控えている。

 このカニ――ダンジョンシザー――が落とすアイテムはカニの爪なのだ。一応装備も可能のようだがサナトはさすがに身に付けたいとは思わない。

 カニは弱点の《ファイヤーボール》ですぐに丸焼きになる上に、ドロップ率は100%と思えるほどのアイテム出現率。

 当初は装備品アイテムなのに食べられると気付き、嬉々とし大きな爪を割って肉にかぶりついたサナトだが、さすがに食べ続けて飽きていた。


(色々と大丈夫か? カニみそもボックスに直乗せなのだが……匂いとか心配になるぞ)


 何度か試したのだが、カニみそはビニールに包まれたように、掴めばどろっと全部が持ち上がる。さらになぜか手にもまとわりつかない仕様。


(これも売れるといいが……《神格眼》では薬・食用となっているが、さすがにこれを生で食べるには勇気がいる。アイテム扱いだろうから問題ないとは思うが)


 静かにみそを戻してアイテムボックスをしまう。腐らないところを見るとボックス内では時間経過も無いらしい。


『マスターも範囲指定にだいぶ慣れたね』

「ああ。ルーティアのおかげだ」


 こんな便利ボックスが現実世界にもあればいいのに、とぼんやり意識を遠のかせていると、ルーティアの弾んだ声に引き戻された。


 7階層から9階層まで、気持ち悪いワーム――茶色く細長い巨大な虫――をあきれるくらい倒し終えて、胃がMP回復薬で水っ腹になった頃のことだ。

 10階層に到達すると同時にルーティアが再びサナトに成長の報告をしたのだ。

 それも二つ。


 一つ目は魔法の《範囲》を変更できるようになったことだ。

 《範囲》は単体、複数、全体、フリーの4種類を選択できた。

 サナトは何度か試したものの、フリーだけは自分の思い描いた線で囲んだ範囲を攻撃するという仕様であり、相当に指定に手こずったのだ。


 戦闘中にそんな複雑な線を頭で思い描くのは難度が高い。線を結びきれなければ魔法が放てないという事情もあって、結局は複数指定か全体指定を頻繁に使っている。

 しかし、複数指定も一つ一つ敵を順番に選択する必要があり、全体指定にいたっては敵ではない岩やドロップアイテムまで対象に入れてしまう不親切さが障害だった。

 そして、ほとほと困り果てていたところにルーティアが助け船を出したのだ。


「ルーティアが一瞬で複数指定をしてくれるおかげで格段に《ファイヤーボール》が使いやすくなった。本当にすごい」

『いやー、そんなー、照れるよー』

「照れる必要はない。お前は優秀だ」

『……へへっ』


 突然現れた3匹のカニも、複数指定で一瞬のうちに捕捉して火魔法で即死だったのだ。


「何より驚いたのは複数指定でも全体指定でも消費MPが1ということだ。正直なところ3匹狙えばその分MPを消費すると思っていた」

『私も。でも《ファイヤーボール》が元は単体しか狙わない魔法だからかな……複数指定にしても変わらなかったみたい』

「………………ほぼバグだな」

『バグ?』

「システム側の想定外のエラー……いや、気にしなくていい。忘れてくれ」


 サナトは昔遊んだゲームをいくつも思い出す。

 初期魔法のファイヤーボールが複数指定可能であったり全体攻撃魔法であったことは一度もない。

 チュートリアルで出会うスライムに全体攻撃を放たせるゲームはないはずだ。

 間違いなく物語の後半にしか使えない。


(MP1の全体攻撃魔法。おそらく威力も凄まじ……ん? 《火魔法》スキルは初級のままだがこの《ファイヤーボール》を使って大丈夫か? 複数指定の魔法など使うとまずいのでは?)


 サナトははっと我に返る。

 背中にじわりと冷や汗が浮き出た。


「……ルーティア、あまり複数指定の魔法は使わない方がいいかもな」

『どうして?』

「どう考えても初級のファイヤーボールだと目立つだろ」


 呆れるように低い声で告げる。


『目立てばいいじゃん。どかーんとか、ぼかーんって《ファイヤーボール》で全部吹き飛ばせば気持ちいいと思うよ』


 サナトは片手で顔を覆い天を仰ぐ。


「それはもう初級魔法ではない。俺を破壊者にしたいのか? と、とにかく単体だ。複数指定も全体も迷宮の外ではやめておこう。変に疑われると良くない」

『でも、単体だとMPは使った数だけ1ずつ減っちゃうよ? 複数指定なら1回で済むのに』

「まあ、それはその通りだが……普通の《ファイヤーボール》でも十分に強いのだ…………つまり、なんというか……必殺技だ」

『必殺技……おぉーーっ』

「ここぞという場面でのみ使う全体攻撃魔法を、気軽に放つのはダメだろ」

『おぉーっ、なんかかっこいいね』

「だろ? だから普段は単体にしておこうな」

『うん、うん。そうする!』


 サナトは危ない事態をうまく着地させたことに、ほっと胸を撫で下ろす。


(よしよし。MP消費の話はうやむやにできたようだな。ルーティアは「必殺技」に弱いのか……これから使えるな)


『ねえ、マスター、ところで呪文はどうするの? 短いの考えてくれた?』


 ルーティアの成長の二つ目。

 呪文が変更できるようになったのだ。

 元々魔法名を《ウォーターボール》から《ウォーターランス》に変更できた後にサナトが気付いたのだが、どうやら文字列も一部変えられるようになっていたらしい。

 サナトとルーティアは互いに頭を捻って新しい呪文をずっと考えていた。

 戦闘中に使うことを考えて語呂が良く、短い呪文を。


『マスターが思いつかないなら私が決めるけど、いい?』

「……参考までに聞かせてもらおうか……」

『あ』

「……ん?」

『だから、「あ」って呪文』

「…………んん? 本気で言ってるのか?」

『うん。だって早いじゃん。言いやすいし』

「魔法を使うたびに「あ、ファイヤーボール」って言うのか?」

『ちゃんと繋げないと』

「…………繋げる?」

『あファイヤーボール、あファイヤボール、あファイヤーボ――』

「もういい……」

『「お」の方が良かった? おファイヤー――』

「黙れ…………優秀だと思った俺がバカだった。呪文はもう決めた」

『えぇー……せっかく一晩考えたのにー』

「一晩考えてそれなのか……」


 サナトはため息をつきながら上の階層に繋がる階段に向かって歩き出す。

 そろそろ約束の日時が来るのだ。

 この数日の迷宮での泊りがけ特訓はサナトにとって色々と勉強になった。


「さあ、ルーティア、バカ話は終わりだ。街に戻るぞ」

『私は真剣なのにー』

「とりあえず魔法の呪文は俺の言うものに変えてくれ」

『……はーい。でも絶対に「あ」を越える呪文は無いって』

「…………」



 サナト 25歳

 レベル8 人間

 ジョブ:村人

 <ステータス>

 HP:57 MP:19

 力:26 防御:26 素早さ:33 魔攻:15 魔防15

 <スキル>

 浄化

 火魔法:初級(改)

 水魔法:初級(改)

 HP微回復(改)

 <ユニークスキル>

 神格眼

 ダンジョンコア

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