第10話 悪党同士

『どれが本物のサナトなの?』

「意味がわからないな。ルーティアから見てさっきの俺はおかしかったか?」

『うん……迷宮で喜んでた時のサナトと全然違ったから。なんか別人みたいだった』

「大げさだな……」


 サナトは暗い通りをたんたんと進む。

 そして大きくため息をつく。


「……相手が悪党だとわかったからな。多少強い酒に酔ったのもあるかもしれないが……」

『そうなんだ……』

「そんなことよりどこかで飯を食っていこう。結局何も食べていないし、明日からの活動に支障が出てもまずい」


 食事場所を物色しながら歩くサナトに、ルーティアが今気付いたかのように声をあげた。


『そうだよ! 明日からどうするの!? 170万ナールなんて持ってないでしょ?』

「あるわけないだろ。魔石一つで100万と少しだぞ。無理に決まってる」

『9日は待ってくれるって言ってたけど……なんでもう少しくらい待ってくれなかったのかな……』


 ルーティアはリリスを買い取ることに何の抵抗も感じていない様子だ。

 サナトは少しだけほっとした。

 そして続ける。


「10日経つと、カモが金貸しから新しい金を手にいれてしまうから9日なんだ。知らないのか?」

『初めて聞いた。9日だったらいいの?』

「この国の法律では金を貸す前に審査期間が10日ある。その間に貸付金を回収できるか身の回りをきっちりと調べるんだ。まあ違法と分かっても無視する金貸しもいるがな。だが、10万ナール以上はどこの金貸しもすぐには出してくれないだろう」

『え? でもそれだとまるでリリスを売りたくないように聞こえるよ? お金を用意されたら困るってことでしょ?』

「……だから営業補償なんだ。金を用意できなかったとしても30万ナールは最低稼ぐつもりなんだろう。契約書を見たか? 契約は破棄されるが、指定期日までに金を用意できなくとも営業補償は払えと書いてあったぞ」

『それってだまし討ちみたいじゃん。でも、もしもお金を用意できたらどうなるの?』

「相場の3倍ぐらいで俺が買うことになる。どちらにしてもザイトランの懐には金が入る計算だな」

『うわぁ、すごい悪いこと考えるね。ん? 相場って言った? サナトって奴隷の売買初めてって言ってたよね?』

「売買は初めてだが、この世界で仕事を転々としていた時に横で見ていたことはある。俺の記憶では少女一人なら60万ナールほどだ。ザイトランは手続きが簡単だと言っていたが、奴隷の扱いには厳しい罰則もある」

『……サナトって結構苦労してきたんだね』

「俺の話はどうでもいいが、見た感じ、ザイトランはあの手で何度も金をせしめていそうだな。腹芸のできなさそうな後ろの護衛ですらなかなかの演技だった。餌役の奴隷も可哀想なものだ」

『そっか……だからサナトもすごく痛ましそうな顔をしてたんだね……』


 声のトーンを落としたルーティアをサナトが鼻で笑う。


「バカを言うな。俺も全部演技だ」

『へっ? 演技?』

「そうだ。最初から最後までな。あの程度のみえみえの挑発に釣られるわけがない」

『挑発って? って演技だったの!?』

「リリスを必要以上に前に出して服まで脱がせ、会話すら禁止だと言ってた割にはあっさりと媚を売るようなセリフをリリスに言わせる……俺の彼女への執着心を散々煽ろうとしてくれたからな。最初から決まったパターンがあるのだろ。それに乗ってやっただけだ」

『えぇーっ!? そこまで分かってて……こ、ここにも悪党がいる……』

「失礼だぞ。それにリリスが欲しいのは本当だ。高い買い物になるかもしれないが、うまく行けば大きな力になる」

『ど、どうしてそんな演技を?』

「ん? 相手の油断を誘うために決まっているだろ。リリスを死に物狂いで手に入れたい男のようだっただろ」


 サナトが人の悪い笑みを見せる。


『……でもほんとにお金はないんだよね? またワンダースケルトンを倒して魔石を手に入れにいくの?』

「迷宮には行くつもりだ。だがあいつはレアモンスターだった。金の算段には入れない方がいいだろう。一応聞くが、ルーティアの《解析》は使えないのか?」

『ん? 《水魔法》に?』


 サナトがやれやれと脱力した。


「違う。俺の所持金の桁を増やすとか、1000万ほど増やすとかだ」

『よくそんなこと思いつくね……』

「まあ改造と言えば金が定番だからな」

「うーん……………………無理』

「だろうな。今のところ《解析》はスキルの一部にしか効果がないしな……まあ、そんなに落ち込むな。ただ確認したかっただけだ。元々あてにはしていない」

『うぅ、見えないのに落ち込んだって分かるんだ』

「ルーティアは分かりやすすぎるからな」

『うぅぅー……《解析》スキルを持つダンジョンコア様なのにー。えらいのにー』

「ダンジョンコア様って……えらいかどうか知らないが、今日の仕事は終わりだ。腹も減ったし食事にするぞ。何を食べようか。金はうなるほどあるしな。まずい酒の口直しに異世界初の豪華料理といこうか」

『……異世界?』

「気にするな。独り言だ」

『……あんまり使っちゃだめだよ。9日でお金を集められるか分からないんだから。それに……リリスって子、すごく泣きそうな顔してた。できたら助けてあげてほしい』

「本当にお前はスキルか? 奴隷に肩入れとはよく分からないやつだな。だが、助けるさ…………俺のスキルのためにな」


 サナトは笑みを深めた。




 ***




 朝がやって来た。

 サナトは宿の外に出る。良い天気だ。


「狭い部屋の方が落ち着くが、肩は凝るな」


 二度、三度と凝りをほぐすように肩を回す。

 皮の胸当てと銅剣という出で立ちのサナトはレベル8には到底見えない冒険者である。

 手慣れた様子で通りの果物屋に金を投げ、リンゴに似た果物にかぶりつく。

 店主の女性も慣れたものだ。確認もせず後ろのかごに硬貨を放り込んでいる。


(手軽にこんな美味い果物を買えるのは魔石のおかげだな。もう一度あのスケルトンと出会いたいものだ)


『迷宮に行くの?』

「ああ。だが、先に寄るところがある。上等の酒も必要だ」

『……どこに行くの?』

「嫌でもすぐ分かるさ。黙って見ていろ。それよりルーティアに昨晩頼んでおいた件は?」

『《水魔法》のこと? 威力と消費MPは上書きできそうだよ。でも《浄化》の方はどの魔法もダメだった……』

「なるほど。いじれるのが《火魔法》だけじゃないと分かってよかった。まあそのうち《浄化》も何とかなるだろ。じゃあ行くぞ。用事が済み次第、どっぷり迷宮入りだ」


 サナトは最初の目的地に向けて進みだした。




 ***




 目の前に現れたウォーキングウッドの視野の外から《ファイヤーボール》を放つ。

 敵はあっさりと消滅し、木炭へと変わる。

 拍子抜けするほどの劇的な変化だ。威力25倍の効果は凄まじい。レベル差などもろともしない。


「やはり、何匹倒しても木炭以外は落とさないか。ワンダースケルトンとも出会わないしついてないな」

『木炭って安いんだよねー』

「今朝食べたリンゴすらこれでは買えないしな」


 サナトは木炭を拾ってアイテムボックスに乱暴に放り込む。

 のんびりと話す二人は現在、迷宮の一階層目。

 用事を済ませ、馬車に乗って到着した時には昼をだいぶ過ぎていた。

 しばらく淡い期待を持ってうろついていたが、目的のワンダースケルトンには一度も出会っていない。


「可能なら一気に金を用意したかったが、あまり期待しない方がいいか」

『でも、このペースだとお金が足りないよ。馬車にも使っちゃったし』

「その時はその時だ」

『30万ナールの営業補償を払って諦めるの?』

「まさか。リリスは手にいれる。必ずな。それより今日は二階層に行こう」


 一階層の奥深くに、二階層と繋がる大きく開いた穴がある。この辺りの敵をもろともしない強さを手に入れたサナトはあっさりとここにたどり着いた。

 上から下を覗き込む。どういう理屈か鉱物が階段状に降りている。

 サナトは一段一段歩を進める。


『骨さんいるかな?』

「さあどうだろう。それより敵が一気に強くなりすぎないことを祈るがな……警戒はしておこう」


 二階層をぐるりと眺める。雰囲気は変わらない。薄暗い世界で光ゴケが存在を主張している。湿度は増したようだ。

 そして最初に目についたのは、もう何匹倒したのか分からない敵だった。


 ウォーキングウッド

 レベル9 植物

 <ステータス>

 HP:73 MP:35

 力:36 防御:29 素早さ:37 魔攻:24 魔防19

 弱点:火

 <スキル>

 HP微回復

 土魔法:初級


「またあいつか。二階層では変わらなさそうだな」


 サナトが肩の力を少し抜いた。

 敵の視野は狭い。今ではわざわざ死角から先制攻撃をかけるほどの相手でもない。

 さっさと三階層に降りようと決めて背を向けた。

 だが――


『ねえ、サナト。思ったんだけど、モンスターのスキルって《複写》できないのかな?』

「…………確かに」


 ルーティアの思わぬ一言に歩みを止めて振り返る。

 視線の先には短い根を器用に使って歩くウォーキングウッド。

 その動きはあまりに無防備に見えた。


「人間に限定する理由はないな……やってみるか。だが《複写》の乱発は避けたい。枯れ木に使うのは――」


 そう言ったサナトはにやりと口端を上げた。


(待てよ。《解析》があることを思えば役に立つスキルじゃないか)


 サナトは銀剣を鞘から抜いた。迷宮に来る前に買った中古品だが銅剣よりは遥かに攻撃力がある。


「よし。ルーティア、あの枯れ木のスキルを貰うぞ」

『了解であります!』

「…………誰だお前」


 サナトは足元の石にけつまずいた。

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