第5話 目覚める力

『マスターすごーーい! ほんとに一瞬できれいになった! もうぴかぴか!』

「ぜぇっ……ぜぇっ……そ、そうだろ。俺も大魔法を使ったかいがあった」


 サナトが荒い息を吐く。

 異世界で初めて魔法を使ったのだ。MPを失う経験も当然初めてである。

 

(体の中からごっそり何かが無くなったような感覚だ。これが大魔法の反動というやつか)


 ゲームに似た世界でありながら、体への影響は甚大のようだ。

 使用したMPは18。残りMPは1。

 サナトは顔を歪めた。


『最初にやったのが範囲指定ってやつ?』

「そうだ。対象範囲は店を軽く覆うくらいにしておいた。《清浄の霧》の効果範囲は相当広いようだな。わざわざ範囲を縮めたくらいだからな」


 呪文は店内で唱えた。

 現れた白い霧は様々な汚れを消し去るように霧散し、店の壁を貫通して外壁まで届いただろうか。

 魔法の範囲指定は建物を無視するようだ。


 サナトがふらつく足に力を込めて外に出る。

 店内と同じくレンガ造りの外壁もぴかぴかだ。新築の建物同様だ。年月による風化など微塵も感じさせない。


「MPは一気に無くなったが、時間と労力は省けたな。四人分の仕事を一瞬で終わらせたと思えば十分な成果だ。MPはゆっくりだがそのうち回復するしな」

『さすがマスター。魔法の効果も予想通りだったね』

「今考えれば、使ったあとで失敗だと気付いた場合は悲惨なことになっていたな……」

『結果オーライでいいじゃん。魔法は計画的に、って教訓を得たってことで』

「……《解析》持ちのルーティアが言うとイマイチ納得いかないのだが」

『どうして?』


(結果オーライじゃなくて、お前の仕事はその結果を予測することじゃないのか――などとは言うまい。無視だな)


 魔法がうまく機能したことにサナトは満足そうな顔を見せる。


《清浄の霧》の効果範囲は広い。使い方次第では高さのある建物も広い屋敷も覆えるだろう。そうなればサナトの活躍範囲は広がる。

 最強になって無双することは望めないが、人の役に立ち、感謝されることは間違いない。

 元々ダンジョンコア破壊ボーナスである《スキル最強化》が無ければ、汚れは手で落とすしかなかったのだ。




 ***




「す、すげえじゃねえかっ!」

「きれー」「すげー」


 買い物から帰ってきた恰幅の良い男――ガンリット――と子どもが目を丸くした。

 横から見ると三人ともよく似ている。

 驚き方がそっくりだ。


「別の建物に入ったかと思ったぞ……」

「喜んでもらえて何よりです。だいぶ汚れていたので丁寧に仕上げました」

「うわっ、お皿まできれい!」「ほんとだ! お母さんの下手な絵もきれい!」


 サナトの顔が引きつった。

 口を開こうとして閉じる。母親の絵については何を言っても地雷を踏むことになると気付いた。

 それに、サナトの魔法で絵はきれいになってはいない。

 《清浄の霧》に絵を上手に見せる効果はない。せいぜい額縁の汚れが落ちたくらいだ。


「いや、ほんとにすごいな。見栄っ張りなぼっちゃんかと思ったが、いい仕事をするじゃないか」


 気にしている童顔のことに触れられて、気持ちがざわついたがぐっと飲み込む。

 この世界ではいわゆる彫りの深い顔が多く、サナトの顔つきは珍しい。

 初見ではかなり年下として認知される。ちょっと下手に出るだけで軽くみられてしまうのだ。

 そのため、サナトは人と話す時は堅苦しいしゃべり方を続けている。


「……まさか、半日で終わらせてくれるとは。開店まで時間ができて大助かりだ。……よしっ」


 ガンリットが背負っていた大きな袋から小さ目の革袋を取り出した。

 数枚の硬貨が硬質な音を立てる。報酬だろう。

 

「……少し多いのでは?」

「報酬は四人分出そう」

「……いいんですか?」

「ああ。その代わり、またどこかで仕事を頼みたい。それと、報酬とは別に開店したら食べにきてくれ。少し安くしよう」

「……なるほど。それはこちらとしても願ったりです」


 ガンリットはサナトの仕事ぶりを評価したのだろう。これからも付き合いを続けたいという大人の評価だ。

 《浄化》のスキルの恩恵は非常に大きいと言える。


『むぅ。何か嫌な感じ……』


(口に出していないのにルーティアはするどいな……役に立たないと思ったのは確かだが少しはその鋭敏さを《解析》に回してほしいものだ)


「店を始めたらお前さん……サナトだったな……また声をかけることがあると思う」

「承知しました。その時はあっせん所に伝えておいてください」

「ああ」


 仕事あっせん所では名指しの依頼という求人も出せる。

 いわゆるお得意様扱いだ。


(まさか自分が指名されるようになるとは。すべて《浄化》のおかげだ。まったく役に立たないスキルの――)


『むむむ……』


 ガンリットの太い腕が突き出された。

 顔には感謝がにじみ出ている。彼にとっては店の再開に向けてこれ以上ないスタートになったのかもしれない。


「その時はよろしくな」

「ええ。こちらこそ。いつでも呼んでください。清掃なら特急で仕事をこなしますよ」


 サナトは岩のようなごわごわの手を握り返す。

 顔の割には意外と良いお父さんなのだろう。



 ――《解析》が完了しました。《複写》を行いますか? YES or NO?



「……えっ?」

「どうした?」

「え……いや、なんでもないです。では……俺はこれで」


 サナトが握った手をぱっと放す。引きつった笑みがその場に不信感を与える。


 だがそれどころではない。

 天の声にサナトはまた選択を迫られているのだ。ダンジョンコアの登録の時と同じように。

 踵を返して、扉を勢いよく押し開けて逃げ出すように外に出る。

 そして物陰に滑り込んで素早く自分のスキルに問いかけた。


「ルーティア、説明しろ。どういうことだ?」

『分からない……でも私の中の《複写》が機能したことは間違いない』

「ん? 《解析》とは別にそんな能力があるのか? 《複写》とは何を複写するんだ? まさかステータスか? 複写して上書きされるのか? それとも俺に足されるのか?」


 ――残り十秒です。《複写》を行いますか? YES or NO?


「おいっ!」

『わからない……ほんとにわからないの』

「それで《解析》の能力が備わっていると言えるのか!?」

『そんなこと言われても、私って生まれたばっかりで……』


 ――残り六秒です。《複写》を行いますか? YES or NO?


「せめて何を複写するのか分からないのか?」

『うん……』

「年齢とか持病とか性格とか変なものを複写することは無いだろうな?」

『…………解析の結果……不明です』

「ほんとうに《解析》したんだろうな? 嘘だったらスキル無効にしてやるからな」

『ごめんなさい……』


 ――残り二秒です。《複写》を行いますか? YES or NO?


「YESだ」

『えぇっ!? いいの?』

「もしこれが当たりなら逃す訳にはいかない。二度あるチャンスか分からないんだ。それに……握手の時にたぶん条件が揃ったんだぞ。ならガンリットの何かを複写できるに違いない。年齢以外ならどれを複写してもおいしい」

『年齢だったら?』

「……二十年ほど歳をとる……ことになる」


 ――《複写》を行います。スキルを選択してください。


「やった! スキルの《複写》かっ! 最高だっ!」

『……ほんとだ。スキルの一覧が出てきた』


 自動的に表示された四角い半透明のウインドウにずらずらとスキルが表示される。


 剣術:初級

 盾術:初級

 斧術:初級

 火魔法:初級

 力+10

 物理攻撃ダメージ+1%


 間違いないようだ。

 上級から初級へ、ランクは最低に下がっているが、ガンリットのスキルすべてだ。

 サナトが《神格眼》で覗いた結果がそのまま映し出されている。


(ステータス補正は最低値が+10、ダメージ補正は+1%ということか)


『これ……複写しちゃえるんだ……』

「《解析》の中にこんなすごい力が隠れていたとは……本体よりよっぽど使えるな。さて、どれにするか……どうやら別ページの説明文も読めるみたいだな。じっくりと時間をかけて――」


 ――残り十秒です。


「また時間制限付きか……」

『ほんとひどいよね……知らないスキルばっかりだったらどうするのって感じ』

「だから……ルーティアが言うな」

『てへっ』


 ――残り五秒です。


「確かに酷な話だが、どうでもいい。《複写》があることに比べれば些細な問題だ」

『……何を選ぶの?』

「もちろん――」


 サナトは高鳴る鼓動を感じながら、一覧から《火魔法》を選択した。

 白く文字が反転し、ウインドウが溶けるように消えていく。

 

 即座にステータスを確認した。


 サナト 25歳

 レベル8 人間

 ジョブ:村人

 <ステータス>

 HP:57 MP:19

 力:26 防御:26 素早さ:33 魔攻:15 魔防15

 <スキル>

 浄化

 火魔法:初級

 <ユニークスキル>

 神格眼

 ダンジョンコア


(成功だ。これで憧れの魔法使いだ!)


 サナトは喜色満面の笑みを見せる。


「よしっ、ルーティア、迷宮に行くぞ」

『えぇっ!? 冒険者はあきらめてコツコツ働くんじゃなかったの?』

「……そんなこと言ったか?」

『記録に残ってるけど……』

「…………迷宮に行く」

『う、うん。がんばって、マスター』


 拳を強く握った男が迷宮の存在する方向を睨みつけた。

 瞳の輝きが子供のようだ。

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