第2話 スキル急成長

 馬の嘶きとともに馬車が止まった。

 時間は短いが慣れない者にはかなりつらい。

 だが、サナトの同乗者たちはそんなことをおくびにも出さずひらりと降り、すぐさま迷宮に入っていく。

 夜であることも躊躇する理由にはならないらしい。


 改めてぽっかりと空いた大きな入口と対面する。

 迷宮から流れ出てくる湿った空気と得体の知れない匂いを前にしてサナトは一つ大きく息を吐いた。

 

「やるぞ」


 手に持つのは買い替えた銅剣。戦う手段は剣術もどき。

 彼には剣術スキルは無い。

 アイテムボックスには水筒と干し肉とほんの少しの金。


「大丈夫だ。練習したとおりに斬ればいい。一階層なら敵も弱いはず」


 言い聞かせるように虚空につぶやき、世界でも最大級の規模の迷宮に足を踏み入れた。




 ***




 至るところに生息する緑色に光るコケが、夜の洞窟で敵の居場所を映し出す。


《鑑定眼》初級で見える情報はほとんどない。

 レベルが分かることと、仮に真っ暗でも頭上に映る情報バーで位置が分かることくらいだ。

 現在 《鑑定眼》 は常に有効にしている。

 普段は人が多い場所では視界を邪魔することがあるので使うことは少ない。


 サナトの視界に一匹のモンスターが現れた。



 ウォーキングウッド

 レベル9 植物



「くそっ、初っ端に植物か。《火魔法》があれば……」


 根っこを使って器用に歩く小さな木のモンスターを前に力不足を嘆いた。

 ここでもレベルの低さと金欠があだとなっている。

 この世界には初級なら金で買えるスキルが数多く存在する。メジャーな《火魔法》もその一つだ。

 購入したスキルを付与してもらうと、誰でも初級魔法を使いこなせるようになる。

 しかし、問題がある。

 購入にはレベル15以上であることが求められるのだ。

 加えて価格が清掃係の給料でほぼ一年分。

 逆立ちしても購入は不可能。

 もちろん、生まれつき《火魔法》のスキルを持っているわけでも、都合よく閃いてくれたりもしない。


「くらぇっっ!」


 銅剣を最上段に構えて振り下ろす。ウォーキングポッポ相手にひたすら磨いた技術だ。


 一度目は胴体に切りかかって弾かれた。

 ならばと、その腕っぽい枝を一本でも、と狙ったのだ。

 しかし、敵はそれを読んでいたのか流れるような動きでかわすと、くるりと半回転し、がら空きのサナトの脇腹に枝での打撃。

 くぐもった声と共に、数メートルほど後方に吹き飛ばされる。


「ぐっ――」


 初めての格上の敵の攻撃。

 サナトが自分の脇腹をさする。出血はないが、触ると痛む。

 接近戦なら普通は鎧を身に付けて戦いに挑む。レベルが上の敵なら当然のことだが、金欠の男には武器が精いっぱいだ。


 どこに目があるのか分からないウォーキングウッドはゆっくりと近付いていく。

 とどめを刺すつもりだろうか。


 すると、その間に見知らぬフルアーマーの男が立ちはだかった。

 間髪入れず、数歩ウォーキングウッドに近付いて水平斬り。あっけなく木が真っ二つになり、光の粉となって霧散し、後に木炭が残る。


「きみ、大丈夫?……脇腹見せて……聖なる光りよ。ヒーリング」


 サナトに駆け寄ってきた女性が、回復魔法を使用した。

 まばゆい光が洞窟内を照らす。


「坊主……って、お前もう結構いい年齢じゃねえのか? おいおい、ウォーキングウッドごときに手こずってやがるとは。助けて損したな」

「だから俺は言ったんだ。無駄な人助けなどする必要はないと。アズリーもその辺でいいだろ? 行くぞ」

「……うん。あの、あんまり無茶しないでね」


 見るからに熟練の四人組のパーティ。

 がっちりした体格のタンクと戦士の前衛が二名、気難しそうな魔法使いが一名、そしてサナトを助けた回復役が一名。

 いずれもレベルは30越えの遥か高み。

 サナトは羨望と妬みをない交ぜにした複雑な顔でぐっと歯をくいしばる。


「礼の一つも言えねえとは情けない野郎だ。ほら、行くぞ。今日こそ三十階層を突破する」


 戦士の男がそう言うと同時に四人が掻き消える。ワープのような魔法だ。


「くそっ……俺一人でも倒せたんだ。余計なことをしやがって」


 一人その場に残された男は、くやしげに拳を叩きつけた。




 ***




 サナトは何度も足を止めて地面や壁の隙間を覗き込む。

 魔石のかけらが無いか探しているのだ。

 だが、メイン通路には一つも無い。

 大きなため息を吐いてから脇道に入った。

 それが大失敗だった。


 入って大きな空間の中央まで進んだ時に、入り口が音を立てて閉まった。

 するとどこにいたのか分からないウォーキングウッドが細い横穴からうじゃうじゃ現れる。緑色の光ゴケに照らされるおぞましい光景。

 まるでモンスター部屋だ。

 《鑑定眼》に数えきれないほどの情報バーが現れる。見渡す限り、どれもがレベル9。


「なんてこった……」


 サナトは目の前の絶望的な状況を眺めながら、だらりと腕を下ろす。

 体の震えを無理矢理押さえつけ、ぐっと歯を食いしばって目を閉じた。


「んっ……?」


 だが、覚悟した瞬間は訪れなかった。

 薄目を開けた。


「――っ!?」


 ウォーキングウッドは煙のように消えていた。

 代わりに座すのは白いドラゴン。

 神々しく、神聖な後光を背負う竜だ。瞳は金色で額に大きな角が一本。

 《鑑定眼》が妨害された。

 頭上の情報バーには「鑑定不可」の文字。

 明らかに異質な存在にサナトは息を呑んだ。


(圧倒的な強者の前に立つとこんな気分になるのだろうか)


 言葉が出せない男を見つめるドラゴンが、低く威厳のある声で問う。


「まさか人間とは……なぜそんな状態に?」


 サナトは首を小さく捻る。


「分からないか……まあ仕方ない。どちらにしろ、私にとっては都合が良いことだ。もう務めは終えた。少しでも楽になるように、あとはお前に任せよう。このダンジョンは好きにすると良い」


 圧倒的な存在感を放つドラゴンがみるみる小さく縮み、形を変える。

 サッカーボールほどの卵形の物体になった。


「思えば私のダンジョンは強くなりすぎた。誰も攻略できなかった。早々に攻略されるのも困るが、ほどほどは大事だとよく分かった……さあ、壊せ」


 サナトは体を動かそうとしたがうまく動かせない。


『壊してあげて』


 あどけない少女を彷彿とさせる声が頭に響いた。

 サナトの体が突然軽くなり、狐につままれたような顔で握り拳を少し開閉させる。


 そして、言われるがままにゆっくりと銅剣を頭上に構え、躊躇なく光る卵に振り下ろした。

 途端に天の声が連続で鳴り響く。


 ――ダンジョンコアの破壊を確認しました。

《エッグ》が開放されます。新たなダンジョンコアが産まれました。

 ダンジョンコアの破壊ボーナスが与えられます。

《スキル最強化》を適用します。

《清掃》が《浄化》に昇華しました。

《鑑定眼》がユニークスキル《神格眼》へ昇華しました――


「ふふ……《神格眼》とは……よ……ほど、恵まれた……よ……う……だな」


 それが、塵と消えていく卵形の物体が残した一言だった。

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