スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと

第1話 最強を夢見る清掃係

「えぇい!」


 月明かりが照らす闇夜。

 森の中で一人の黒髪の男がやや短い銅剣を振り下ろした。


 彼の名は柊佐奈人(ひいらぎさなと)。異世界転移者だ。

 仕事帰りにコンビニから出た瞬間に、サナトとしてこの世界に飛ばされた。

 色々あったが現在はレベルアップを目的に経験値稼ぎ中だ。


「ちっ、かわされた」


 サナトは舌打ちをして己の剣をかわした敵を高い位置から睨みつける。

 それもそのはず。敵は小さく、さらに遥か格下だ。

 こんな雑魚に、と冒険者の真似事をしている彼はプライドを傷つけられる。


 軽いステップで横に飛んだ敵の大きさは膝下程度。

 見かけは……鳩。

 馬鹿にするようにクゥゥルゥゥと一声鳴いた。



 ウォーキングポッポ

 レベル3 鳥獣



 《鑑定眼》というスキルを持つサナトには敵の情報が見えている。

 格下だと判断する理由がこれだ。

 ぎりっと歯を食いしばる。


「手こずってたまるか」


 大きく息を吐いたサナトは気持ちを切り替えて一気に踏み込む。

 今度は命中した。

 まさに、一閃という言葉の通りに真っ二つとなった。

 銅剣を真上からではなく真横に薙いだのが良かったか。

 光の粒となってウォーキングポッポが溶けて消える。

 あとには茶色い羽が一本残された。ドロップアイテムだ。とても安いがギルドで買い取ってもらえる。


「まあ、三回に一回くらいは運が悪いときもある」


 狙いを外した負け惜しみをつぶやいたが、誰も聞いている者はいない。


 ――レベルが上がりました。


「よしっ」


 頭に直接響く天の声にサナトは拳をぐっと握る。この瞬間はもっとも嬉しい。

 努力が世界に認められたとはっきり分かるからだ。


「ようやくレベル8か」


 サナトは早速ステータスウインドウを開いて自分の情報を確認する。


 サナト 25歳

 レベル8 人間

 ジョブ:村人

 <スキル>

 清掃:初級

 鑑定眼:初級

 エッグ


「ちゃんとレベルは上がっているな。だが、スキルは変わらず……熟練度が関係しているのか……《エッグ》はまったく意味不明だし。たまご爆弾でも投げられるようになるのか……」


 ぶつぶつと疑問を口にして、サナトは大きくため息をつく。

 異世界転移に大いに喜んだ彼だが、神様は決して恵まれたレベルもジョブも与えてはくれなかった。

 それどころか攻撃に使えそうなスキルすらなかった。

 

 てっとり早く高レベルのパーティに紛れ込んでレベルアップをたくらんだサナトだが、こんな低レベルの冒険者もどきと組んでくれる者は一人もいない。

 軽くあしらわれ、時に蔑まれた。

 ゆえに仕方なく彼は夜な夜な街の近くで今日も鳩を狩っている。地道に一匹ずつ。

 レベル一桁のサナトにとって森の奥は魔境なのだ。

 入るには勇気が必要だ。

 


 これが、彼の毎晩の日課である。




 ***




「ふあぁっ」


 従業員にあてがわれた休憩室には、十数人の同僚がくつろいでいる。

 サナトは大きなあくびをした。

 午前中の仕事を必死に終わらせ、昼のまかないを食べた直後。

 誰もが眠気に襲われる時間帯だ。


 彼の現在の職業は城の清掃係。転移直後から仕事を転々としたが、今は待遇が比較的恵まれたこの仕事に落ち着いた。

《清掃》スキル持ちのサナトは、人より掃除のスピードが速いのも理由の一つだ。

 窓を軽く拭くだけでも人より綺麗に仕上がる。

 とても重宝されていると、内心得意げである。


「サナトさんが来てからもう一年ですね」

「あっ、ミティアさん、覚えてくれてたんですか」

「もちろん。だってサナトさん、すごくがんばってますから」



 ミティア 20歳 人間

 レベル14

 ジョブ:村人



 おっとりとした雰囲気の若い女性がサナトに優しく微笑む。

 ブラウンの髪を後頭部でまとめただけの飾り気の無い髪形だが、笑顔がすばらしい。

 サナトは厳しい仕事の合間にいつも癒されている。

 早々に彼女に《鑑定眼》を使用してしまったことは内緒である。


「一年前はあんなに痩せていましたものね」

「ろくな仕事が無かったので……」


 転移先が街の中だったことは運が良かったと言える。

 サナトには戦うスキルが一つもなかったからだ。

 だからまずは仕事を探した。

 生き延びるためにはファンタジーでもゲームの世界でも金が必要だ。冒険者の真似事をするにも最低限の武器はいる。


「珍しいですね……清掃長がいらっしゃるなんて」


 ぼんやりと転移直後の苦労話を思い出していると、男が一人休憩室にずかずかと入室してきた。

 ミティアが訝しげに首を傾げる。

 やってきたのは清掃係のトップだ。

 四十歳は越えているであろう気難しそうな顔をした男。滅多に見かけない。

 サナトも何事かと眼を細める。

 誰かを探している様子だ。


「サナトはいるか?」

「あっ、はい。ここにいますが……」


 自分を探しているとは考えていなかったサナトは一瞬体を硬直させたのちに、おずおずと片手を挙げた。


「お前、明日から来なくていいから」

「えっ……」


 彼の時間が一瞬止まる。

 みるみる顔から血の気が引き、土気色に変化する。そして視線がうな垂れるように床に向く。


「全員聞け。明日からサナトの代わりに一人入ってくる。詳しく話せないが、とにかく大事に扱ってくれ。あと……簡単な仕事だけ任せる形にしてくれ」

「それって戦力にならない人を守れって聞こえるのですが。どこかの貴族の隠し子とかですか?」


 サナトの落ち込む様子を尻目に、最も職歴の長い女性が当然の疑問をぶつける。

 だが、清掃長の返事はにべもない。


「余計なことを詮索する権利は無い。お前たちは言われたとおりの人事を受け入れるだけで良い。とにかくサナトの勤務は今日で終わりだ。もし荷物があるなら至急まとめろ。明日の朝までは待ってやる。それと、これは今月の労働分の給金だ。では、伝えたからな」


 男が小さな布袋を中央のテーブルに乱暴に放り投げ、踵を返して出ていく。

 数枚の硬貨が物悲しく小さな音を立てた。


 扉が閉まると、あちこちで「なによそれ」「また仕事がしんどくなるじゃない」などと苛立ちを吐きだす声が聞こえ始める。

 同情する声もあったが、当の本人には誰も声をかけようとはしない。

 ミティアですら周囲にまぎれるように距離を取った。

 サナトはそんな彼女にすがる思いで視線を送ったが、あっさりと目をそらされてしまう。

 クビになった同僚に手のひらを返すことを決めたのだろう。


(事前の通知も退職金も無い。何もミスはしていないのに……甘かった。この世界はどこもブラックだな)


 サナトは天上のレンガ壁を呆然と見上げた。



 <ステータス>

 サナト 25歳 人間

 レベル8

 ジョブ:村人

 <スキル>

 清掃:中級

 鑑定眼:初級

 エッグ




 ***




 日は傾き、気温も落ちてきている。

 ほんの少しの荷物をまとめたサナトは逃げるように城を出てきた。

 彼の居場所はもはや残っていない。


 新しい仕事を探してみたものの、低レベルでせいぜい《清掃》しか役立ちそうにない彼を雇ってくれそうな場所は見つからなかった。


(一か八かだな……)

 

 にぎやかな街並みを冷めた目で眺め、肩を落として歩いていたサナトの瞳に危険な輝きが灯る。

 追いつめられすぎると誰でも良からぬことを考える。


 サナトは営業時間を終える間際の冒険者ギルドに滑り込む。

 そして迷うことなくここからそう遠くない迷宮――バルベリト迷宮――へ送ってくれる相乗り用の馬車の申込をした。

 この馬車には護衛が二人付く。

 少々値は張るが、道中の危険が少なく、初心者にはうってつけなのだ。

 ついでに有り金をはたいて、安い銅の剣を新調し、アイテムボックス――誰でも買える空間に消える謎の箱――の最少サイズを購入する。


 サナトは一人で迷宮に乗り込むことを決めたのだ。


 ほどなくして、本日の最終便に乗り込む。人は極端に少ない。

 今から行けば完全に夜中だ。

 わざわざこんな時間に行くのは、余程の迷宮好きか、やけっぱちか、確固たる目的があるかのどれかだろう。

 

(魔石の塊さえ見つかれば金の心配はいらない……俺だって冒険者生活で強くなれるはずだ……)


 揺れる馬車の中でレベル8の男は呪詛のような言葉を何度も吐きだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます