ある日の泪事務所 2
1に引き続き、飯田の視点です。
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小春日和の麗らかな日。今や、通称「泪事務所」の小さなアイドル、
本当なら外に出したいところだが、今日は風が強く、とてもじゃないが外には出せない。隣にいる岡崎は、事務所に来る前に子猫を拾ったらしく、ボスには許可をもらって哺乳瓶と猫用のミルクを買って来てそれを与えている。
岡崎夫婦は大の猫好きで、二人の子供の他にも猫が三匹いるそうだが、それでも猫を連れて帰るらしい。
日差しの暖かさに全員が微睡んでいる時だった。打ち合わせをしているはずの奥の部屋から、「ん……っ、お圭ちゃん、気持ちいいわ……」という声が聞こえたのだ。途端に目の色が変わったのは、太田だった。
「ん……そこじゃないわ、もうちょっと下」
「ここですか?」
「あん……っ! そこも気持ちいいけど、もうちょっと上かしら」
(おいおい……)
事務所で何て声を出しているんだ、と内心苦笑しつつも岡崎をちらりと見ると、岡崎も苦笑している。目が合ったため、声を出さずに口パクだけで
『また太田に対する悪戯かな?』
と聞くと、岡崎は同じように口パクだけで多分、と答えた。ボスは意外と悪戯っ子だ。それを知ってるのは、この事務所では俺と岡崎のみだ。
なおも会話は続く。
「ここですか?」
「あんっ! そこ、そこよ!」
「泪さん、気持ちいいですか?」
「気持ちいい……! お圭ちゃんの指使いも、力加減も気持ち良すぎよ……! ああ……」
「そうですか? なら嬉しいですね」
圭の笑いを含んだ柔らかい声がする。ボスの「そこよ、もっと!」という声を聞きながら太田を見ると、なぜか興奮している。
「お圭ちゃん、できれば擦ってちょうだい」
「こうですか?」
「はうっ! 痛い! そんなに強くしちゃだめ! もっと優しく擦って……」
堪えきれなかったのか、耳を真っ赤にした太田がいきなり席を立って打ち合わせ場所を覗きに行くと、突然入り口で立ち尽くした。
「あら、太田。何? どうしたの?」
「……な、な、な、」
そう太田に声をかけたボス。表情はわからないが、太田の背中や肩は微かに震えている。
「何をしている、ってことかしら。もちろん、お圭ちゃんにマッサージをしてもらっているの。午前中、麗を抱っこしてたら、急に背中とか肩とか腰が痛くなっちゃって……って、太田?」
「……俺の妄想を返せえぇぇぇ!」
「……は?」
プルプル震えてそう叫ぶなり、太田は事務所のドアをバターンっ! と開け、泣きながら事務所から出て行った。
「もう、何なのよ……」
肩をグリグリと回しながら、ボスは太田が出て行った事務所のドアを呆気にとられた顔で見ている。
「ボスの言葉に刺激されたんじゃないんですか?」
「刺激? 何で? そんな、刺激される要素なんて、これっぽっちもないじゃない! 全く……太田は何を考えてんのかしら。それで、次は? 飯田さん? 岡崎さん?」
「じゃあ、俺が」
席を立ってボスに譲ると、ボスが普段使っている部屋に行ってソファーに寝転がる。
朝。圭が「普段から麗の面倒を見てくれているから、たまにはお礼がしたい」と、その時事務所にいた俺と岡崎に言ってくれたのだ。その時、ちょうど肩が辛くて「肩を揉んでくれ」と言ったら、ボスが「だったら、マッサージにしましょう」、と言ったのでこうなったわけだが。
「痛いところとかあったら言ってくださいね」
圭はそう言うと、背中や肩をマッサージし始める。確かに、絶妙な力加減で気持ちがいい。
(そう言えば、太田にも伝えてくれ、と言われていたな……)
すっかり忘れていたが。
俺と岡崎はマッサージをすることを知っていたため、多分マッサージが気持ちよくてあんな言葉を吐いたのだというのはわかったが、知らされていなかった太田には、勘違いするほど、さぞや刺激的な言葉だっただろう。
……どんな妄想をしたのかは、わかりたくもないが。
太田に悪いことをしたと思いつつ、圭のマッサージを堪能した。
――後日。マッサージのことを言い忘れたから、と詫びたボスに、大胆にも「どうせなら、お圭ちゃんの胸をマッサージしたい」と言った太田はボスの逆鱗に触れ、冷徹な目をしたボスに全身をくまなく、しかも力いっぱいマッサージされ、「ぎゃー! ごめんなさい! 二度と言いません!!」と泣き叫び、挙げ句に説教されていた。その翌日、揉み返しで全身動けなくなり、仕事を休んだのは言うまでもない。
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短い話が続くので、三話同時更新です。
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