家康 前編
結婚式があった翌日の朝。ご飯を食べている時のことだった。
『昨日、葎がいない間に息子たちに連絡して、圭が結婚したことを言っといたから。写真もある、と言ったら今夜写真を見に来る、と言ってたぞ』
と曾祖母に言われて慌てた。大伯父さんたちが来るなんて聞いてない!
『ええっ?! 写真、まだ全部現像してないよ?!』
『帰って来てからで構わんよ。現像とやらはすぐにできるんだろう? 息子たちの側で現像すればいいじゃないか』
簡単に言わないでよ! と思いつつも、慌ててプリンターの中身やら何やらの確認をする。足りなくなりそうなものは会社の帰りに買って帰ればいいかと溜息を付き、プリンターの側にあったアルバムを鞄に入れる。
危うく会社に持っていく写真を忘れて会社に行くところだった。
その写真ですらまだ半分も現像してないのになあ、とブツブツ言いながらも家を出た。まあ、大伯父さんたちは圭のことを心配したり可愛がっていたと聞いていたから、その行動の早さにも納得だ。
結局会社に持って行く全ての写真を現像したのは二日後で、アルバムには全て番号をふってある。
最初は番号をふってなかったんだけど、美作先輩が『この写真がほしい』と言ったのを皮切りに他の人もほしい、と言い出した。その写真が他の人と被っていたり、一人当たりの枚数が嵩んだりしたので結局全てに番号をふって、どの番号の写真がほしいのか名前と一緒に書き出してもらった。
当然、室長には全部の写真と一緒に、念のためSDカードのコピーも渡した。
頼まれた全ての写真を渡せたのはさらに二日後で、『現像代ね』と美作先輩はお金をくれたけど、それを断った。
『羽多野くん、こういうのはちゃんともらわなきゃダメ。それに、無理に頼んだぶんこっちが申し訳ないよ。だからもらって?』
そう言ってくれた美作先輩に、額が多すぎることを告げる。
『だったら、一枚百円プラス、飲み物かお菓子一種類でどう? それならもらってくれる?』
『それでも百円は多すぎます。せめて十円にしてください』
『そんなんでいいの?!』
『僕は構いませんが』
そう言った僕の言葉に、美作先輩はちょっと考えたあとで
『じゃあ、一律五十円。それにプラス、飲み物かお菓子に決定よ。皆にそう伝えるから、その額で受け取りなさい。いい?』
『でも……』
『でももストライキもなし! コレ、インク代なんかを入れると、それなりの値段だってあたしは知ってるんだからね?』
そう言って写真の入った封筒を振る。
『手間賃や電気代を考えると五十円だって少ないくらいだとあたしは思うけどね。手間賃を上乗せした程度で申し訳ないけど、受け取って?』
美作先輩は皆に伝達しに行ったあとで写真の枚数ぶんのお金と缶コーヒー、『おまけよ』と和菓子をくれた。他の人たちも同じように、お金とお茶や紅茶や炭酸飲料などの飲み物とお菓子を置いて行った。
室長も同じようにお金をくれようとしたけど、断固拒否をして室長からは一円ももらわなかった。
翌日『じゃあ、お金の代わりにこれをやる。お前、実はコーヒー好きだろ?』と挽いてあるコーヒー豆をくれた。
――くれたのはいいんだけど、この大量のお菓子と飲み物をどう処理しようとしばらく頭を悩ませた。
結局、飲み物は会社で飲むことにして、お菓子とコーヒー豆は自宅に持ち帰り、お菓子は祖母に渡して三人のお茶菓子の代わりにしてもらったり、親戚たちに配ってもらった。
***
『SDカード、コピーしたよ。時間のある時に会えない?』
結婚式から一週間がたったある日の夕方。
やっとSDカードのコピーをし終えたので圭にそうメールを送ると『来週の土曜日でいい?』と返信が来たので、『いいよ』と返すとすぐに電話がかかって来た。
『結婚式の二次会の会場近くの最寄り駅まで来てくれる?』
「車で行ってもいい?」
『うーん……ちょっと待って、聞いてみる。泪さん、葎が車で行ってもいいか、って……』
何で聞いてみるなの、と思っていると。
『待ち合わせ場所、こないだの二次会の場所にしようと思ってたの。あそこ、美味しいんだよ。それに、人気のお店みたいで、駐車場はいつもいっぱいなんだよ』
「そうなの? でも、僕はコインパーキングに停めてもいいよ?」
『でもあそこ、コインパーキングも近くにないんだよね』
「そうなの?!」
車で行けないのはちょっと困る。何しろ、曾祖母や祖父母、親戚たちに『圭に会うなら、大量のお土産を持っていけ』と言われていたから。何を持たされるかわからないから、車で行こうと思ってたんだけど……。
『うん。だから、車で来るなら駅で待ち合わせして、家に車を停めてから一緒に行かない?』
「え?」
『家はあのレストランの近くなの。泪さんが、そのほうが安心できるから、って』
そう言って交わした、約束の日の土曜日。
三人や親戚たちに、曾祖母が作っている野菜や親戚が作っている野菜、乳製品、お肉類、結婚祝いを大量に持たされて最寄り駅に向かった。
駅に着くと圭は既に待っていて、圭の隣には旦那さんではなく、ガタイのいい長身の男が立っていた。
「ここまで来てもらってごめんね。葎、彼は泪さんのお姉さんの婚約者で、前嶋 圭輔さん。元警察官で、あの事故の担当者だった人だよ。で、圭輔さん、彼が」
「同僚で双子の弟、か?」
「うん」
お互いに自己紹介をし、初対面の挨拶を交わして元警察官だからガタイがいいんだと納得したところで、彼は「じゃあな」と別の方向へ歩いて行ったので、圭を車に乗せて走り出した。
「彼はどうして圭と一緒にいたの?」
そう聞いた僕に、圭は「駅に用事があったから、ここまで一緒に来ただけだよ」と言っただけでそれ以上は何も言わなかった。圭はそう思っているだけかも知れないけど、多分、専務やあの人は政行のこともあったから、圭を心配してボディーガードをしているんだと思った。
室長が言ってたボディーガードは多分彼だ。彼がボディーガードをしていることを、圭は恐らく知らない。知ってたらそう紹介すると思うし。……僕は敢えて何も言わなかったけど。
そんな話をしていると、「そこを左ね」と言われ、その通りに曲がると、曲がった先にはビルがあった。
(……何でビルが家なの?)
頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながらも、圭に言われた通りに地下の駐車場に車を滑り込ませると、専務が待っていた。
「泪さん、ただいま」
「はい、おかえりなさい。葎くんもいらっしゃい」
葎くんと言われたことに驚き、「え?」と声をあげてしまった。
「専務?」
「やあねぇ。何でそんな顔してんの? お圭ちゃんの弟なら、アタシの弟でもあるでしょ?」
「は? 『アタシ』??」
「泪さん……あれほど『隠すんだから!』と言ってた割りに、地が出まくりだよ……」
「…………あら?」
弟と言われたことにもびっくりしたけど、専務の……泪義兄さんのオネエ言葉にもびっくりして、しばらく固まっていると。
「あとで説明してあげる」
と圭に言われて我に返る。移動しようとした二人に慌てて声をかけ、車のハッチバックを開けると曾祖母たちや親戚たちからもらった、大量の食材や結婚祝いを見せる。
「すご……」
「あ、これ、懐かしい! 大伯父さんたちのとこのやつ?」
「そうだよ」
「泪さん、大伯父さんとこの牛乳とチーズ、すごく美味しいんだよ! うわぁ、楽しみ! 他にもお肉や野菜がいっぱい! あ! これ、ひいおばあちゃんのタクアン? やった! これなら買い物に行かなくても平気だね!」
嬉しそうに笑う圭はとても幸せそうで、僕も嬉しい反面、少し寂しい。
「そんな顔してんじゃないわよ。圭が勘違いして哀しむわよ?」
圭が離れた隙にそう言われて頭を少し小突かれた。何でわかったんだろうと思っていると
「アンタ、顔に出過ぎ。まるわかりよ? 秘書なんだから、少しはポーカーフェイスを覚えなさいな」
そう言った泪義兄さんは器用にウインクをした。
家だと案内されたのはビルの最上階で所謂ペントハウスになっており、フロアの隣は穂積エンタープライズの事務所があると言われ、なんで家なのか納得した。
「お圭ちゃん、アタシはまだ仕事があるし、直哉んとこに行かないでここで話したら?」
「でも、葎は二次会の時ずっと写真撮ってたし、葎は直哉さんの料理をちゃんと食べてないんだよ。そうでしょ?」
「うん……」
圭が見てたなんて驚いた。
「本当に美味しいから、葎にも食べてほしかったんだけど……」
「じゃあ、直哉に連絡入れておくから、三人で夕飯にでも行きましょう。そのほうがアタシも安心だし、ここなら他人に聞かれたくない話もできるでしょ? 葎くんもゆっくりしてってね」
と事務所のほうに行ってしまった。そんな二人の言葉がすごく嬉しい。
「葎、コーヒーでいい?」
「うん」
圭が淹れてくれるコーヒーは美味しいから楽しみだと思っていると、圭がコーヒーを用意し始めたのはサイフォンだった。
「圭、サイフォン扱えるの?」
「うん。サイフォンで入れたほうが好きなんだ」
「僕も! 僕もコーヒー好きでさ。サイフォンで入れてくれる喫茶店とかあまりないし、自分では扱えないし……」
「教えてあげるよ。やってみる?」
「いいの?」
「うん」
『もう一度はじめから、圭と君の二人の絆を造り上げなさい』
そう言ってくれた穂積社長。
もう一度はじめから、ゆっくりと絆を造りたい……今みたいに。
サイフォンの扱い方を教えてもらいながら、コーヒープランナーという資格があることと、圭がそれを持っていること、このビルの持ち主が泪義兄さんだということを教えてくれて驚いた。その後も一緒にご飯を作ったり(僕は野菜を洗ったり食器を用意しただけ)、泪義兄さんを交えてなぜオネエ言葉なのかも、普段からオネエ言葉だということも教えてくれた。他の人には内緒、と少し脅されたけど。
夕飯は約束通り、三人であのレストランへ行った。本当に圭の家から近いのには驚いたけど、圭の言った通り料理は本当に美味しかった。
圭たちに『言えば何でも出てくるよ』と言われ、圭は和食、泪義兄さんはパエリア、僕はパスタを頼んだんだけど、本当にその通りに出て来たから驚いた。
圭の家からも近いし、和食を出してもらえるなら、今度は曾祖母や祖父母を連れてこようと思った。
――いろんな話をした最後の最後での帰り際。圭に「九月には叔父さんになるよ」と言われ、そこで初めて圭の妊娠を知った。
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