Phoenix

「羽多野、披露宴に来るだろ?」

「はい、もちろん」

「一時間早めに来れるか?」


 帰り際に室長にそう言われて、何かあるのかなと首を傾げる。

 何度か室長に僕と圭のことを話そうとしたけど、僕も室長も忙しく、結局話せないままでいた。


「俺は構いませんが……」

「じゃあ、早めに来てくれ」


 そう言われて室長に呼び出された先には、室長と先日見かけた男性――穂積社長がいた。


「穂積社長、彼が先ほど話した、圭の双子の弟の羽多野 葎くんです」

「なるほど……確かに圭に似ているが、何も知らずに会えば、多少似ている、という程度だな」

「あの……?」


 わけがわからず、戸惑う。


「羽多野、俺に話があるんだろう?」

「あ……」

「お互い忙しかったからな。避けてたわけじゃないということはわかってくれ」

「はい」

「それで話ってなんだ?」

「あの……」


 僕の視線の先には、穂積社長。確かに圭の旦那さんのお父さんだから、いて当たり前なんだけど……。

 室長がそれに気付いたのか


「ああ、穂積社長にも聞いてもらおうと思って。何せ七人の子持ちだし、俺より経験豊富だ。どうせ圭のことだろう? だったら一緒に聞いてもらったほうがいい」


 と、そう言った。

 だから僕は覚悟を決めて、何もかも話した。僕が圭に言った言葉も、両親が圭にしていたことも、祖父に怒られたことも、曾祖母の話も。そして曾祖母たちに言った母の言葉も、圭にもらったUSBで僕が言った言葉を聞かれていたことを知ったことも、その時初めて事故のことを知ったことも、何もかも全部、洗いざらい話した。

 室長たちは僕が話終わるまでそれを黙って聞いてくれたあとで、やっぱり二人にも「馬鹿か、お前は」と怒られた。


「尤も、小学生にできることなんて、そんなもんさ。というか、それくらいしか思い浮かばないと思うがね」

「え……?」

「だよな。その曾祖母の家が隣近所とかならまだしも、離れてんじゃなあ……」

「君も、辛かっただろう?」


 穂積社長の言葉に、思わず涙が滲む。


「俺……僕……っ」

「圭を守りたかったんだろ? あの胸糞悪い両親あいつらから」

「……っ」


 室長の言葉に、僕の気持ちをわかってくれたことに、言葉に詰まる。


「それは間違いじゃないよ。ただ、やり方を間違えただけだ。かけ違えたボタンは直せばいい。そうだろう?」

「ああ。それに、多分、圭もそう思ってる。本当は圭もわかってるんだよ……お前を許したいと思ってるさ。でも、圭のほうはそのきっかけがない。で、だ」

「わかってるさ。私はいいと思うよ?」

「さすが社長、よくわかっていらっしゃる」

「あ、あの……?」


 二人の会話が飲み込めなくて、二人の顔を交互に見る。


「私たちがまず君を許す。そして、双子だと認める。そして、もう一度はじめから、圭と君の二人の絆を造り上げなさい」

「え……」


 許してくれるの? 僕のしたことを。それに、もう一度、圭との絆を作ってもいいの?


 そんな言葉が、頭を駆け巡る。


「ただ、両親あいつらの……特に、母親の言動には気をつけろ」

「え?」

「俺は両親あいつらの本性を知ってる。お前の話を聞く限り、圭に会いたいと思ってるのは本当だろう。ただ、別れようかなと言ってる割には、全然行動を起こしてないだろう?」


 室長の言葉に、そう言えばと思う。『別れようかな』と言ったのに、愚痴を溢しに来ることはあっても、それ以上の話を聞いたことがない。

 母を信じたい。でも、信じられない部分もある。


「まあ、俺の杞憂ならそれでいいさ。ただ、そういう部分もあるってことを忘れんなよ?」

「……はい」

「それでは、行きますか」


 そう言って二人に連れてこられたのは、圭たちがいる控え室だった。二人がドアを開けると穂積専務の驚いた顔と、圭の戸惑った顔が目に入る。 

 でも、それ以上に、圭は本当に綺麗で、ウェディングドレスも可愛くて。曾祖母や祖父母に見せられないのが残念で。


「け……在沢さん、結婚おめでとう」

「羽多野、君……?」


 圭と言いそうになって、慌てて在沢さんと言い直す。戸惑った圭の声。そりゃあ、そうだよね……今はもう家族じゃないし。


「圭、穂積さんと話して決めたことがある」


 室長がそう言うと、専務と穂積社長、室長とどちらかの奥さんと思われる女性が残り、あとは退室して行った。


羽多野の両親あいつらはともかく、羽多野コイツとは連絡を取り合ったらどうだ?」


 そう言った室長に、驚いた。そんなことを言われるとは思ってもみなかった。室長や穂積社長、圭のやり取りを黙って聞きながら、圭の顔をじっと見つめる。

 圭の戸惑いを読み取ったのか、専務が圭の側に寄って、その肩をギュッと抱いた。


「本当は許したいんだろう? 圭。でなけりゃ、いくら同僚とは言え許せない相手に招待状なんて渡さないと思うぞ? 周りがなんと言おうと、俺なら絶対に渡さない」

「あ……」

「アイツらは許す必要はない。親として最低だからな」

「私たちが許す。だからもういいんだよ、許してあげなさい」


 室長と穂積社長にそう言われた圭は、ふいに涙を溢した。室長が言ってたきっかけって、そういうことなんだと思う。二人の父は、圭の背中を押すためにそう言ったんだと何となく思った。

 許すか許さないかは、圭次第。許されなくても、これだけは……僕が今どこに住んでるのか、祖父母や曾祖母が会いたがってることだけでも伝えたい。


「……今ね、じいちゃんやばあちゃん、ひいばあちゃんと住んでるんだ」


 そう言うと、圭の顔が驚き、目を見開いた。


「じいちゃんたち、圭に会いたがってた。在沢室長や穂積社長にも怒られたけど、じいちゃんたちにはもっと怒られて……『お前は馬鹿か!』って殴られた」

「……」

「圭からあのUSBをもらうまで、あれが最善だって信じてた……でも、違った」


 目線を圭の顔から外して、少し俯く。そう、違ってた。僕の独り善がりだと、今ならわかる。


「今すぐ許してなんて言わない。でも、じいちゃんたちには、会ってあげて?」


 足音が近付いて来たと思うと圭が僕の側に寄って来て、給湯室でやってくれた仕草をしてくれた。それが嬉しくて、ホッと気を抜いた瞬間、圭の平手打ちが飛んできた。油断していた僕は、それをもろにくらってしまった。


「……ってぇ」

「「「「圭?!」」」」

「あのころの腕力じゃなくてよかったね」


 そう言って、もう一発。

 そう。圭の腕力は、あのころの腕力じゃない。あのUSBでそれを知った。

 どうしてゆっくり歩くのかも。

 祖父に空手を習っていたころの、黒帯だったころの腕力じゃない。あのころの腕力だったらもっと痛かった。

 これは、この平手打ちは、圭の痛みと怒り。僕はそれを甘んじて受けなければならない。


「つぅ……っ」

「本当なら拳で殴りたかったけど、ね……もう、強く握れないんだ」

「け、い……っ」


 事故に遭ったから。本当に強かった圭。大の男を一発で伸すほどだったのに。


「今度、泪さんと……旦那様を連れて行くからっておじいちゃんたちに言ってね」

「うん……うん……っ」


 この場でそんなことを言われるとは思ってなかった。僕はそれが嬉しくて、お互いにギュッと抱き締め会うと、どちらからともなく手を離す。離れたあとで圭はいきなり僕の手を取り、四人に二卵性の双子の弟ですと紹介してくれた。

 それだけで充分だった。全員じゃなくてもいい。この場にいる人だけでも。


 それが嬉しくて、圭に許された気がして、僕は知らずうちに涙をこぼした。

 泣きながら圭一人と、圭と穂積専務が並んだ写真をデジカメに収めたそのあとで、圭とプライベートのアドレスを交換した。


 そのあとで室長は


「何かあったら俺に相談しろ。圭の弟なら、俺の息子も同然だ」


 と、周りに聞こえないよう、僕にそっと告げた。

 そんなことをさらっと言える室長は本当に格好よくて、圭が慕うのも、秘書課の先輩たちが慕うのも、本当の意味でわかった瞬間だった。


 僕はそれだけで……その言葉だけで嬉しかった。



 ――披露宴会場で、秘書課の先輩たちに僕の頬が赤くなっていると言われたけど、僕は「仲直りの痴話喧嘩?」ととぼけると、呆れた顔をされた。


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