葎視点

夜間飛行

 ――彼女を守る。


 小さい頃からの、漠然とした思い。何となく覚えている。

 母さんのお腹に彼女と一緒にいる時から、そう思っていた。

 僕が先に産まれ、あとから産まれた彼女を守るつもりでいたのに、自分がもたもたしている間に彼女は先に産まれてしまい……。


 ――そして彼女は『妹』ではなく、『姉』になった。それからなんだかんだあって、久しぶりに会った彼女は、もう『姉』ではなく『赤の他人』になっていた。


『何でそんな他人行儀なんだよっ!』

『他人ですから。それに、ここは会社です。当然だと思いますが?』

『どういう意味だよ?!』

『そのままの意味ですが、何か?』


 そう言われて、心臓が鷲掴みされた気分になった。あの頃と同じ感情が読めない眼差しと、あの頃以上に無表情になった顔。


 いつから?

 いつから彼女は僕の前で笑わなくなった?

 いつから幼なじみの前でも笑わなくなった?

 いつから彼女の感情が読めなくなった?


 ……わからない。僕にはそれがわからなかった。



 ――僕が守るんだ。そう決めた。そう決めたはずだったのに、僕は……彼女を守っていたはずの僕は、彼女を守るどころか、彼女を傷つけていただけだった。



 ***



『お前が浮気したんだろう!』

『違うって言ってるじゃない!』

『じゃあ、何で血液型も違う?! 顔も違う?! 葎は俺たちに似てるのに、あの子は俺たちの誰にも似てないんだ! 多少葎と似てる、ってだけじゃないか!』

『そんなの、あたしがわかるわけないでしょう?!』


 ――物心ついた時から繰り返される、いつもの両親の喧嘩。そしてそのあとは、姉となった圭がいつも母になじられる。しかも、僕が見ていないところで。


『どこか一つでも似てればよかったのに!』


 見えいてないだけで、張り上げられた声はしっかり聞こえていた。そして父は、母にやり込められると必ず圭にあたる。

 それが嫌だった。圭がいじめられるのが嫌だったから、圭に意地悪しないように、遠ざけた。


『僕、圭が嫌い。お母さんたちを独り占めするから。……だから、お母さん、お父さん、僕だけを見て?』


 小さな頃の……小学生の頃の、僕にとっては小さな嘘。本当は圭が大好きだった。皆から好かれる圭が自慢だった。

 だから、圭をなじる母が、圭にあたる父が大嫌いだった。確かにそれ以降は母がなじることも、父が殴ることもなくなった。当時はそれだけで嬉しかった。


 小さな頃の僕は、なんて短絡的で、浅はかだったのだろうと今ならわかる。


 

 ――それでも僕は、親の暴力から、彼女を……圭を守りたかったんだ……。


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