Bloody Caesar
服は俺が(正確には姉だが)ある程度は揃えたものの、俺が思い付きもしなかったもの……遠赤外線の靴下や何かを買い足し、その他に食材も買ったので荷物が少々嵩張っていた。
歩き疲れて足が痛くなってしまったから帰る前に休憩したいと言った圭に、コーヒーショップの前にある席に座らせたあとで席取りと荷物の監視を頼み、圭の母親と二人で目の前のコーヒーショップに買いに出かける。
頬杖を付いてこっちを見ている圭を横目で見ながら、コーヒーを注文している時だった。圭に近づいて行く男が視界をよぎる。
「圭……? お前、圭だろ?」
その言葉が聞こえた途端、圭に顔を向けて鋭い視線を投げると、圭は名前を呼ばれた男のほうへ顔を向けてしまった。
会話が良く聞き取れないが、戸惑っていた圭の声がだんだん嬉しさを帯びて行く。良いタイミングでコーヒーを出されたのでそれを持って圭に近付く。「ううん。お母さんと……」と言いかけた言葉を遮り、「はい、お待たせ」とコーヒーの紙コップをトンと目の前に置いた。
言葉を遮ったものの、俺のことを何と言って紹介するつもりだったのか聞きそびれたことをちょっと後悔した。
「圭、この人は誰だい? 僕に紹介してくれないか?」
相手を牽制しつつ仕事モードの低い声で圭に問いかけるが、返事がない。訝しげに「圭?」と言うが、何に驚いたのか頬を少し赤らめ、オロオロしている。
それを見かねたのか、相手が自己紹介を始めた。
「俺、佐藤と言います。圭の幼なじみ兼同級生、ってとこですかね。そう言う貴方は?」
「穂積と言います。圭の恋人です」
「えっ?! マジ?! 運命の再会! とか思ってたら、彼氏付きかー! まだ恋人いなかったら、傷のあるモン同士、口説こうと思ってたのに」
そう話してくれた。佐藤と名乗った男はどこまで本気なのか、明るくアハハと笑う。たが、気になる言葉があったので誰にともなく呟くと、「事故の被害者の一人、なの」と圭が教えてくれた。
圭が自分に事故の話をしたのが意外だったのか、佐藤はおや、と言う顔をした。
「へえ……穂積さん、圭から聞いたんだ?」
「まあ。同棲しているし、『恋人』なんだから、当然だろう?」
牽制の意味で、本気でそう言うと、佐藤は驚いた顔になりながらも
「おおっ?! 同棲?! マジですか! ……俺もその胸触り」
と不埒なことを言い出したので、思いっきり睨み付けると焦りながらも「すみません」と素直に謝った。
近況報告を始めた二人に嫉妬しつつも黙って会話を聞いていると、気になる話が俺の耳に入って来た。「邪魔してすみませんでした」と言う佐藤に「いや」と返し、帰りかけた佐藤に「ちょっと待って」と言って立ち上がり、「その学って子の話を聞かせて」と頼み、話ながら一緒に途中まで歩いて話し込む。
「詳しくは省くけど……そいつ、俺や圭が……特に、圭が大怪我をした原因そのものでさ」
そう言って話してくれたのは、報告書に合点がいった内容だった。
図書館の帰り。圭や佐藤を含めて四~五人いた中に、その子――学も混じっていた。学の靴紐が外れてしまい、靴紐を直すのにとある店舗の前で直し始めた。
別の誰かが「フラフラ走ってる車があって危ないから店舗の前ではなくこっちに来い」と言ったにも拘わらず学は聞き耳を持たず、学のほうにその車が突っ込んで来たので「危ない!」と言っても「冗談ばっかり」と言って信用せず……。
結局圭が学を突飛ばして事なきを得た。だが、学は膝に擦り傷を負っただけで済んだが突き飛ばされたことにキレた学はどんな惨状かを見もしないでその場を走ってあとにした。
そして学は、自分の両親や兄には圭に突き飛ばされたせいで怪我を負い、歩けなくなったと嘘をついたのだと言う。
それを嘘だと知っていた――事故を見ていた大人や怪我を負った子供たちやその親は、膝を擦りむいただけで済んだにも拘わらず、死にかけた圭の見舞いにも行かずに口汚く罵る学とその親の姿を見て眉を潜めた。
中には学以上に酷い怪我を何人も負った事故だったことをその親子に進言した者もいたが、その親子は結局聞く耳を持たなかった。
それを責めはしなかったものの、聞く耳を持たない親子に結局は呆れ果て、一人、また一人と親子の近くから去って行った。なぜ去って行ったのか原因がわからず困惑した親子は居たたまれなくなり、引っ越したのだと言う。
「圭の親はもっと酷かったけどな」、と佐藤は最後に吐き捨てるように呟いた。
「その人の兄貴の名前を聞いてもいいか?」
そう聞いた俺に、佐藤はなぜ兄貴? と訝しげな顔をするが、俺はかなり真剣な顔だったのだろう。その顔を見た佐藤は、「うん、あんたなら圭を大事にしてくれそうだ」と意味不明なことを呟いたあとで名前を教えてくれた。
「充。……高林 充、だよ」
その名前を聞いてガッツポーズをしたいのを我慢し、ポケットから財布を取り出して「もし何かあったら裏のプライベートのナンバーにかけて」と名刺を渡すと佐藤はそれを受け取り、慌てた声を出した。
「穂積エンタープライズ専務って……ええっ?! マジで?! 髪下ろしてるし、眼鏡してないからわかんなかった……」
そんな佐藤も慌ててポケットから名刺を取り出して、「俺も裏にプライベートのナンバー書いてあるから」と渡された。そこには「穂積エンタープライズ第二営業部課長」の文字。
「へえ……ウチの社員だったんだ」
「あ! 言葉遣い! 申し訳……」
「いいよ、そのままで。圭の幼なじみなんだろう? ってことは私とも同じ年だし」
そう言うとホッとした顔になったが、すぐにあれっ? という顔になって首を傾げる。
「そう言えば眼鏡は……」
「実は伊達」
「……先日辞令が出てた、小田桐から来る専務専属の秘書って……」
「圭のこと」
「マジで?! っと……いろいろ聞きたいけど、そろそろ行かないと」
「ああ、引き留めて申し訳ない」
「いえ。それじゃ」
お互いにっこり笑って手を上げて別れ、俺は圭とその母の元へ戻って行く。
「さ、帰りましょ?」
上機嫌で荷物を持ち、在沢家へ戻ると圭の母親に食材を少し持たされた。自宅に着いてからも圭が料理している後ろ姿を見ても妄想することなく、今後の計画のことをいろいろ考えると、楽しくて仕方がなかった。
自宅での夕食後。「何かカクテルを作って」と圭に言うが、言ったあとで材料あるのかなと思ってしまった。だが圭は冷蔵庫を開けるとビールとジンジャーエールを取り出し、さっとそれでドリンクを作る。
その後ろ姿を見て、圭にいろいろなカクテルを作ってもらうために材料を揃えようと改めて思った。
余った材料とドリンク、摘まみにクラッカーとチーズを持って俺のところに戻って来た圭は、「どうぞ」とドリンクを俺の前に置く。差し出されたドリンクは黄金色だった。隣をポンポンと叩いてそこに座らせると、俺の膝と一緒に圭の膝にもブランケットをかけてやる。
「あら、これもカクテル?」
単なるビールのジンジャーエール割りじゃないのか? というつもりでそう聞くと『Shandy Gaff』だと教えてくれた。
これなら店でも作れると思い、グラスを持って一口飲むと、ビールとジンジャーエールの香りが広がる。「うん、美味しい」と言ってまた口に含み、圭にも味わわせてあげようと顎を掴み、キスをしながら舌と共に口腔内に液体を流すと圭はそれを飲み、可愛く自分を睨む。……その顔に反応してしまった。
「泪さ……」
臆病で、鈍感で、でも優しくて……。唯一と言えるほど、俺が心から惚れ込んだ愛しい女が目に映る。
「圭……」
「あ……」
掴んでいた顎から手を離し、頬をスッと撫でる。目を覗き込むと、揺れる
それを何度も何度も繰り返し、官能を引き出すように段々長くゆっくりとしたものに変え……。最後は俺が我慢できなくなってしまい、深く口付けるように完全に塞いだ。
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