Blue Blazer

「はあ……」

「オーナー、溜息をつくと幸せが逃げるわよ?」

「アキちゃんにだけは言われたくないわ!」


 開店前の準備中。店長ママであるにも拘わらず、なぜか人気No.1のアキが俺をからかって来たので、軽くあしらう。

 本業とは別に、道楽で他県に出したオカマバーはどうしてか連日盛況だった。まあ、確かに従業員は見目麗しい男ばかりだから、女装してもとてもよく似合っている。


「アキちゃん、事務所で在庫チェックしたりしてるから、何かあったら呼んでちょうだい」

「はぁい」


 アキに声をかけ、バックヤードに籠る。



 ――彼女に会ってからかれこれ二ヶ月近くたっていた。また会える予感がしたから連日あの公園に行っているのだが、残念なことにあれから一度も会えずじまいだ。


(直哉の言う通り、もう諦めたほうがいいのかしらね……)


 知れず溜息をつき、在庫をチェックしているところで、アキが慌てた様子で事務所に飛び込んで来た。その様子に首を捻る。


「アキちゃんが慌てるなんて、珍しいわね。どうしたの?」

「それが……今日がお誕生日のお客様がいらしてるんだけどね」


 アキ曰く、以前火を使ったカクテルをテレビで見たから、プレゼントとしてそのカクテルを作ってほしい、とお願いされたと言う。

 だが、ここはオカマバーであって火を使ったレシピがあるとは思えないし、そもそも火を使ったカクテルなんて見たこともないし、知らない。


「でね、その子、一緒にいた人たちにそう言われてむきになっちゃったのよ」

「あちゃー。うちにはバーテンはいないしねぇ。火を使ったカクテルレシピ……アキちゃん知ってる?」

「全然」

「アタシも知らないのよね」


 二人でどうしようと首を捻るが、何も思い浮かばない。


「仕方ない。知り合いのバーテンに電話して、来てもらえるか聞いてみる」

「じゃあ、アタシはお客様の気を逸らせてくるわ」

「お願いね、アキちゃん」


 役割を決めると携帯を掴む。電話をかけまくるが、週末のせいか誰からもこっちに来れないと言われてしまった。


(どうしよう……あと誰かいたっけ?)


 ポケットに携帯をしまい、店先に座り込んで頭を抱えて悩んでいると「大丈夫ですか?」と言われた。


(この声……)


 忘れもしない、あの柔らかな声。幻聴かと思って顔を上げると、眼鏡をかけてはいるものの、確かに記憶にあるあの丸顔だった。


「嘘っ!」


 何で彼女がここにいるの? そう考えることに夢中で、彼女はもう一度声をかけてくれたようなのだが「マジ? 夢じゃないわよね? 夢なら覚めないで!」とブツブツと呟いている声とかぶった。思考がタダ漏れなことに気付かずにいた俺は「あの……?」という遠慮がちな声に我に返ってすぐに謝る。


「あ……ごめんなさい! 大丈夫だから」

「どうかしたんですか?」


 心配そうな顔と声に絆され、思わず愚痴めいた口調になっていろいろと喋ってしまった。


「……どのようなカクテルを頼まれたのですか?」


 そう聞かれて、ん? と思うと同時に、一緒に来た男が彼女を呼びに来てしまった。


(もしや……名前を聞くチャンス……?)


 店に入れてしまえば、あれこれ聞き出せる。そう計算して店に入れ、自分から名乗ると彼女も教えてくれた。


「圭、です」


 それは記憶にある名前だった。勘違いではなかったと安堵し、ふと


「そう! ……圭に『お』と『ちゃん』をつけて、お圭ちゃんと呼ぶわ!」

「……そんな歳ではないのでやめてください」

「イ・ヤ・よ・♪ お圭ちゃん」


 とからかい気味に呼んでみたら、しかめっ面の珍しい反応が返って来た。


 からかいがいがありそうで、それにもっと話をしたい……そう思っていたのに口から出た言葉は、卓につく俺のことではなく、「彼女をお借りしますね」という言葉だった。

 側にいたアキが一瞬驚いた顔をしたものの、「一番卓ね」とこっそり言ってくれたので一番卓に連れて行くと、いいタイミングでおしぼりを運んで来た。お礼を言った彼女に、アキはニコリと返し、その場に留まる。


「それで、そのお客様は、どのようななカクテルが飲みたいと仰っているんですか?」


 まさかあの話に興味を持ってくれていたとは思わなかったのだが、事情を説明したらちょっと考えた彼女から思わぬ言葉が帰って来た。


「うーん……ないわけではないのですが……」

「ホント?!」

「はい。ただ、一つはフレアバーテンダーじゃないと無理ですし、場所も適切ではありません。もう一つは材料やグラスがこのお店にあるかどうか……」


 彼女の言ったことがわからなかった。アキに目配せをするとアキも首を横にふったので、知らない言葉だったのだろう。

 首を傾げると彼女が必要な物を言ってくれたので全部あると言うと、作り方を説明してくれたのだが……。


「えっ?! 無理! 誰もできないわよ!」


 そう叫ぶ。カクテルが作れない理由。それは、情けないことに、店員全員がマッチをすれないのだ。


 「では、諦めてください」とすげなく言って席を立つ彼女を逃すまいと、ガシッと肩を捕む。


「ふ……ふふ……アンタが作ればいいじゃないの! アキちゃん、このコに合いそうなバーテン服あったかしら?」


 いろんな意味で、絶対に逃がさないんだから! という思いでアキに話をふると、彼女をまじまじと見て「もちろんあるわよん、泪ちゃん」と言い、隙を見て逃げようとした彼女を二人がかりでガシッと捕まえ、お互いに顔を見合わせ「「逃がさないわよ~」」とジタバタする彼女を事務所に連れて行く。

 服を押し付けると諦めたのか、更衣室で服を着替え始めたところであの公園でのことを聞いてみようとして話しかけると、彼女からその話をふって来た。


 覚えててくれたことが嬉しかった。だから、ずっとしまっていたお礼を口にする。

 横から口を出したアキと二人でなぜかその時の話で盛り上がっていると、着替え終わったのか更衣室から出て来たのだが。


「イマイチパッとしないのよねぇ」


 なぜか違和感を感じた。なんだろうと考える。


(そう言えば……今日は眼鏡をしてるわね。その奥は……オッドアイじゃ、ない?)


 そのことに驚く。アキのぼやきを聞き流しながら、彼女はオッドアイだったはずだと考えたところで「ほっといてください!」との彼女の言葉にハッとしてクスクス笑うふりをする。グラスと材料を用意し、アキと三人でそのお客様のところへ連れて行った。


「いらっしゃいませ、お客様。本日はおめでとうございます」


 彼女が準備を始めたので、アキと一緒に卓に着く。


「大変お待たせしてしまい、申し訳ございません。それでは、今からお作りいたします」


 一旦お辞儀をしてから顔を上げた彼女は――まさに、バーテンそのものだった。

 鮮やかな手つき、流れるような仕草に仕事を忘れ、見惚れる。


「どういたしまして。それでは失礼致します」


 その言葉にハッとしたものの、いきなり席を立つわけにはいかない。やきもきした気持ちを抱えつつ時間を過ごした。


 そして時間だけが過ぎ、ちょうどその卓の客が帰るのを見送っていると彼女たちも一緒に来た常連客を見送ったあとだった。


(つーか、あのオヤジ、地元のくせに見送られてどうすんの……逆でしょ?! 取引を切っちゃおうかしら)


 アキも同じことを考えているのか、厳しい顔つきだった。

 そんな内面はおくびも出さず、コートを着こんで帰ろうとする彼女の手を掴まえ、彼女の名刺をもらうことに成功する。手を離したくはないが、俺にはまだやることがある。彼女の手を引き寄せ「今日はオッドアイじゃないのね」と言葉をかけ、驚く彼女に手をふって見送った。

 事務所に戻り、名刺をみて驚く。小田桐商事は自身が勤めている会社の子会社だったからだ。


「ふうん……ちょっと調べてみようかしら」


 世間て狭いわね~と呟く俺を、アキはこわごわと見つめていた。

 翌日、とんぼ返りで戻り、自分の役職権限を使ってこっそりと彼女の履歴書を見て驚いた。

 俺たちが求めている資格を、彼女一人で全て持っていたからだ。


(ちょっと上司にも話を聞いてみようかしら)


 そう思って電話をかけると、他にもたくさん資格を持っているという。そんなことを聞いてしまったら、ますますほしくなる。


(こんなやり方、あまり好きじゃないんだけど……)


 社長であり父に打診するべく、空き時間を狙って声をかける。


「社長、折り入ってご相談があるのですが」

「泪が相談なんて珍しいな。どうした?」

「実は――」


 ――そして、その相談事は承認された。もうじき彼女が来る……今度は逃がさない。


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