泪視点

Cinderella

(しまった……迷った! 素直に迎えに来てもらえばよかったわ……)


 とても入り組んだ住宅街。「うろ覚えなら駅で待ってろ!」と友人の直哉に言われたにも拘わらず、うろうろしても結局わからず……。連絡しようした矢先、偶然にもこの公園を見つけたのだ。

 暑さにやられてしまったらしく、怠くて仕方がない。一休みしたら連絡しようと思いベンチに座って気を抜いた途端、目の前が真っ暗になった。


 やばい、死んだかもと思った瞬間、額に冷たい物が押し当てられてびくりと身体を揺らすと「大丈夫ですか?」という、柔らかな声が聞こえた。ゆっくりと目を開けると、少しだけ丸顔の心配そうな顔をした女性が覗き込んでいた。

 そして、その目を見て、見開く。


 ――彼女の目はとても珍しくて、とても綺麗なブルー淡褐色ヘーゼルのオッドアイだった。


 手が伸びて来て額にあった物がひっくり返され、その途端若い男の「圭姉、持って来た!」という声に、俺が彼女の目に見とれていたと気付き「あ……」と声を上げてしまった。

 そうこうするうちにいきなり高校生くらいの男の子に抱き起こされて首の後ろに冷たいものが貼られた。暑くなっていた身体には気持ちがよく、つい「気持ちいい……」とそう言ってしまった。

 ホッとした彼女の顔が目に入る。


「手を動かせますか? できればご自分で脇の下にこれを貼ってほしいんです」


 服を捲るわけにはいきませんからと言われたので頷き、親切にも封のしてある冷えピタの袋の入口を切って渡してくれた。


「中に二枚入っていますから、両脇に貼ってください。私はタオルを濡らして来ますから」


 水道のほうに歩いて行ってしまったので、その間に渡されたものを両脇に貼る。冷たくて気持ちよかった。

 ゴミを自分のポケットに入れ、彼女が戻って来ると同時にどこかに行っていた男の子も帰って来た。


「あの、一口で構わないので、先にこれを飲んでください。生理食塩水です」


 生理……なに? と言われたことがわからなくて、顔をしかめたら「人間の体液と同じ濃度の食塩水のことだから、大丈夫です」と男の子に説明された。何で食塩水? と思いつつ口に含むとやっぱり味は食塩水で、思わず「しょっぱい」と言ってしまった。

 結局三口飲むとペットボトルを水と交換させられ、濡れたタオルを頭に乗せられた。


「大丈夫ですか? 熱中症だと困るので、生理食塩水を飲んでもらったのですが」


 なるほど、それでかと思ったところで、確かに体が少し楽になった気がしたので「だいぶ楽になった。ありがとう」とお礼を言い、彼女が何かを言いかけて口を開けた途端。


「こんなところにいたのか! だから迎えに行くって言っただろうが!」


 と声が横のほうから聞こえて来た。それは、これから行くはずの直哉の声だった。


(ああ、怒られる……確実に怒られる……!)


 内心ビクビクしていると「よかったですね」と彼女は踵を返し、歩き出そうとしていた。


「あ、タオル……洗って返すから、住んでる場所を……」


 あの目がもう一度見たくて……なぜか彼女との繋がりがほしくて、そう声をかけたのに……。


「タオルは差し上げますから、そのまま使ってください。安物で申し訳ないんですけど。念のため、病院に行ったほうがいいですよ」


 彼女はもう一度振り向いてそう言った。「お大事に」という言葉と共にもう一度踵を返し、一緒にいた男の子と歩いて行ってしまった。それを呆然と見送っていると足音が聞こえ、目の前に直哉が立った。


「探しただろが、このボケっ!」


 待ち合わせていた直哉に怒鳴られたが、頭に乗っている濡れタオル、手に持っている水のペットボトルから何かあったと思ったらしく、「どうした?」と聞いて来た。今まであったことを話すとまた怒鳴られた。


「それを先に言え! おい、そこの人! ちょっと待てっ!」


 彼女を引き留めるべく走って行った友人は公園の入口まで行き、すぐに戻って来て開口一番。


「道を見たがもういなかった」

「はい?」


 いないとはどういうこと?


「一本道だったはずなんだが……」

「脇道があるとか、この辺に住んでるとか……」

「どっちにしても、俺んちとは反対側だからな……わからん」


 直哉もこのあたりには疎いらしく、顔を顰めていた。


「もう……! お礼もまだなのに……。オッドアイ、もう一度みたかったわ」

「お礼くらい言えよ、馬鹿泪」

「馬鹿馬鹿言わないでよ、直哉! 朦朧としてたんだから仕方ないでしょ?」

「ったく……。わかってんのは目だけか?」


 ちょっと考える。そう言えば『圭姉』と呼ばれていたっけ。


「あとは……多分だけど名前?」

「それは苗字か?」

「わからないわ」


 素直にそう言うと、直哉に盛大に溜息をつかれた。俺だって溜息をつきたいっての!


「……探しようがねぇな。とりあえず俺んち行こう。歩けるか?」


 大丈夫と答え、直哉と歩き出す。彼女が出て行った入口とは反対の出入口で一旦振り返る。


 彼女とはまた会える。


 ――なぜか、そんな予感がしていた。


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