Seventh Heaven

 泪に抱き抱えられ、エレベーターの中でジャケットに隠れて服や下着を直す。けれど小田桐に舐められたところがベタベタして気持ち悪く、「ベタベタして気持ち悪い……」と呟くと、「あとできっちりみっちり消毒してやるから」と、いつになく怒りに満ちた、それでいて男らしい言葉を吐いた泪に思わずきゅんとする。

 ……今ここでそんなことを言おうものなら何をされるかわからないので、とりあえず黙っておく。


 マンションを出ると、柔和な顔をした女性(婦人警官だった)が近づいて来た。その婦人警官は瑠香くらいの年の女性で、彼女に「何をされたのか話してください」と言われ、クライアントの会社を出てから泪に助け出されるまでの事を洗いざらい話す羽目になった。優しくて聞き方がとても上手な女性だった。


「大丈夫ですよ。もう心配はありません。もし必要であれば、心療内科カウンセラーもお教えしますから」


 そう言われたけれど泪がきっぱりと断り、私も大丈夫だからと断った。


「もしまた何かあったら力になりますから」


 と、連絡先が書かれた名刺をもらった。個人で作ったものだと彼女は笑っていた。

 私の連絡先もと思い、泪に名刺を出してもらおうとしたら、前嶋に言えばいいからと断られた。


 会食会場であるホテルに着くと、泪は部屋を取ってくれた。そのまま部屋に連れて行かれてしまう。


「気持ち悪いんでしょう? シャワーを浴びて来なさい。父さんたちに先に始めるよう言って来るから」


 そう言って部屋を出て行ったので、バスルームに行き、服を脱ぐ。


(瑠香さんには悪いけれど、もうこの服も下着も着たくないな……。でも、これしかないし……)


 溜息をついて服と下着を一纏めにすると中へと入る。シャワーの栓を捻ってお湯を出す。触られた場所を念入りに擦ると、いくらかホッとする。

 バスルームから出て水滴を拭いたあとで、バスローブを羽織る。纏めておいた服を持って行こうとして服をおいた場所を見たのだけれど全て無くなっていて、その場所には紙袋とメモが置いてあった。



『姉さんからの誕生日プレゼントよ。

 あの服などは全部処分するから

 それを着てちょうだい、ですって



 泪、瑠香』



 メモにはそう書かれていた。


「あ……」


 二人の心使いが嬉しくて、少しだけ涙が滲む。ギュッと紙袋を抱きしめてから袋から出すと、下着のセット、膝丈より少しだけ長いダークブラウンのツイードのスカートの裾はフリンジ、それと同色のジャケット、ライトブラウンのスクエアカットのチュニックブラウスが入っていた。

 他にも傷が見えないようになのか、ブラックのヒートテック素材のロングスパッツとよくわからない素材の靴下、ベージュのストールに大判のフリース素材の膝掛け、ブラウンのフリンジのついたショートブーツまで入っていた。


「瑠香さんたら……」


 苦笑しつつもストールと膝掛け以外は全て身に付け、靴を持ってバスルームを出ると泪がいた。目を見開いたまま、まじまじと私を見たあとで、目をキラキラと輝かせて嬉しそうな顔をした。


「あら、さすが姉さん。良く似合ってるわ……」

「泪さん……ありがとう」


 私の側まで寄り、ギュッと抱きしめられたので、私も泪の背中に手を回してギュッと抱き付く。


(戻ってこれた……っ)


 今更ながら震えが来る。あの時はもう戻れないと思った。でも、戻ってこれた……安心出来る、この場所泪の腕の中に。


「本当に無事で……間に合って良かった……っ」


 私の気持ちが伝わったかのようにポツリと呟いた泪の身体は、微かに震えているような気がした。



 ***



 泪と手を繋ぎながら両家が集まっているラウンジへ行くと、時間が時間なのか奥に陣取っている両家以外は人が疎らだったので、少しだけ肩の力を抜く。テーブルには料理が並べられていたけれど出されたばかりなのか、湯気がたっていた。


「始めててよかったのに」


 泪がそう言うと、全員こちらを向いた。


「あら! 素敵ね!」

「本当に。私もほしいくらいだわ!」

「いいわよ。採寸に来てくれるなら作るわよ?」


 母、義母、瑠香が楽しそうにそう話す。


「元々これくらいに料理を出してもらうよう指定していたんだ。とにかく座ってくれ。……では、始めよう」


 義父の合図で両家の会食が始まった。

 改めてお互いに挨拶を交わし、料理を堪能しつつもいろいろな話を交わす。父親同士はお互い知っているためかどうしてか半分喧嘩状態で、母親同士も馬があうのか私の服装のことなどいろいろな話をしていた。

 それを聞きながらニコニコしていると、「無事でよかった」と瑠香に小さな声で言われた。


「ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「やぁだ、お圭ちゃんたら! もう家族なんだから、いい加減その口調止めてほしいわ。ね? 泪」

「そうね」

「あ、はい……じゃなくて、うん」


 そう言うと「いやーん、可愛い!」と言われ抱き付かれた。


(今までいろんな人が『可愛い』って言ってたのって……)


 今までずっと、その辺にある小物だと思っていたのに私のことだったのか……と初めて気づかされ、泪や両親に『鈍すぎる』と言われたのが何となくわかった瞬間だった。


 自分では可愛いとは思わないし、昔よりは笑えるようになったとは言え、やはり無表情なのは変わらないと思う。


「姉さん、いい加減離してくれない?」

「イ・ヤ・よ・♪」

「……」


 考えに没頭しているうちに、いつの間にか姉弟喧嘩を始めた二人だったけれど、父親に煩いと言われて黙りこんだ。


「で、そろそろ本題に入りたいんだが」

「なあに?」

「結婚式を挙げろ」

「いきなりねぇ。全然考えてないし、なんでそんな話になったのかわかんないんだけど?」


 義父の言葉に、泪と顔を見合わせて首を捻る。


「二人がいない間に、どちらからともなく出た話なんだが……」


 義父はそう前置きをして話し出す。

 曰く、籍を入れたとは言え、それを知っているのは小田桐の社員と泪の事務所の人間だけであること。

 特に泪は穂積本社では何も言ってはおらず、指輪をしてはいても泪を狙っている女性からは単なる虫除けとしか思われていないこと。

 今回はことなきを得たけれどまた何かあったらと思うと不安であるし、今度は泪かも知れないこと。


「でも…」

「泪、御披露目の意味もあるが、んだよ」

「……」


 義父の言葉に、泪が黙る。


「あ、あの、準備とか会場とか……それに、招待する人とか……」

「会場は穂積うちの系列でも構わんが?」

「服の準備はアタシが、と言うか、アタシの店でやるわ」


 瑠香の言葉に、泪と二人でギョッとする。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかたのだ。


「姉さん?!」

「瑠香さん?!」

「会場は私にまかせてくれる? 伝があるから」

「あら、私もよ。真由さん、一緒にどうかしら?」

「もちろんよ、百合さん」


 いつの間に名前で呼ぶようになったのよと内心突っ込みを入れつつも、二人の母はそう宣言すると二人でああでもないこうでもないと話し始め、瑠香は瑠香で「あ、かよちゃん?」と店に電話し始めた。


「し、招待客……」

「圭のことだから同期と石川、秘書課のメンバー、あとは、せいぜい崇と葛西専務くらいだろ? 

「……」


 さすがは父親。よくわかっているため、ぐうの音も出ない。


「泪だって、竜崎君夫妻とあの事務所のメンバー、本社にいる部下と前嶋くらいだろ?」

「……」


 泪も黙っているということは、図星なのだろう。


「はい、服はOKよ! ただ、お父さん、仕事なんだけど……」

「一週間くらいなら何とかなる」

「あらま。休みは一週間しかくれないってことね……頑張るわ……。それじゃ!」

「え?! 瑠香さん!」

「ちょっ、姉さん!」

「二人とも、一週間後、店にフィッティングに来てね!」


 瑠香は席を立ち、さっさとラウンジを出てしまった。すかさず二人の母も「私たちもいろいろ詰めたいから」と言って、別の席へ行ってしまった。


「慌ただしくて済まないが……」

「いいわよ、父さん。アタシも、また圭が拐われるのは嫌だから」

「泪さん……。うん、私も、泪さんが狙われるのは嫌だな」

「決まりだな。今更だが……勝手に決めてすまん」

「ほんと、今更だわ。でも、ありがとう、父さん」

「ありがとうございます」


 そう言って「これからもよろしくお願いします」と、二人揃って頭を下げた。



 ***



「痛い! 泪さん、痛いってば!」

「あの男の痕跡を落としてんだから、我慢しなさい!」


 皮膚ごとこそげ落とすような強さで私の体を洗う泪に抗議をするのだけれど、その強さは一向に変わらない。

 あのあと父親二人は「日にちが決まったら連絡する」と言い、「行くところがあるから」とそのまま出かけてしまった。ラウンジに残っていた母親二人に早く帰るように言い、私たちは泪が取った部屋へ来た。

 「着替えがほしいわね」と泪が言ったので「帰ろう」と言ったのだけれど、「たまにはいいでしょ?」と言われてしまってホテルにあるブティックに行き、服を買ったのだ。

 そして部屋に戻って来た途端、服を全部脱がされた。


「泪さん!」

「あとできっちりみっちり消毒してやるって言ったでしょ?!」


 泪はそう言うと自分も服を脱ぎ、私の手を引いてそのままバスルームへ連れて行かれたのだ。


「もう少し力を……痛い!」

「ここで終わり!」


 頭からお湯をかけ、髪も洗ってくれた。


「はあーっ。極楽、極楽」

「またおじさんみたいなこと言って……んっ」


 ジャグジーを入れて二人で湯船に浸かった途端泪がそう言ったので私も同じように返したのだけれど、いきなり顎を取られてキスをされた。


「んんっ……、はっ、あっ」

「あの男は、圭の胸これを触ったのね」

「泪さ、あっ」

「そして、ここも」


 キスを止めたかと思うといきなり胸を掴まれて揉まれた。


「さて。きっちり洗ったから、今度はみっちり消毒よ?」

「ジャグジー……」

「またあとで楽しみましょう? 先に上がってて」


 泪は私を先に上がらせて自分の身体を洗い始めた。水滴を拭いてからバスローブを羽織り、バスルームから出ると備え付けの冷蔵庫から水を二本出してベッドルームに置く。

 そのまま大きな窓に寄って外を眺める。黄昏時の町は赤く染まっていて綺麗だった。


「圭、こっちへおいで」


 泪に呼ばれて側に行くとそのままベッドへ押し倒された。


「泪、さん……」

「みっちり消毒」


 婦人警官の話を一緒に聞いていた泪は、それを再現していく。けれどあの時のような嫌悪感は全くなく、泪の愛撫に慣らされた身体は、まるで泪に愛撫されているようにその記憶を消されて行く。

 一度目で消され、二度目で書き換えられ、三度目で泪の熱くて硬い塊を入れられ、四度目以降は入れられたまま愛撫された。

 途中で泪がルームサービスを頼んだのでそれで終わりだと思っていたのだけれど、食事のあとでまたジャグジーに浸かり、身体を癒したところでそのまま貫かれ、結局、泪のなすがままされるがままに夜中まで抱かれてしまった。


「ううっ……泪、さん、のバカっ」

「んふふ……何とでも言いなさいな。お水、いる?」

「うん……」


 泪は私の体を起こして側にあった水を渡された。力の入らない手で蓋を捻ると簡単に開いたのでそのまま飲んでいると、突然泪の携帯が鳴った。

 泪はそれを止めるとジャケットの側へ行き、何やらごそごそとしたあとで手を後ろに隠してベッドに潜り込んで来た。


「圭、手を出して」

「こう?」


 水の入ったペットボトルに蓋をしてから手を出すと、包装された四角い箱が手のひらにのせられた。


「お誕生日、おめでとう」

「あ……。ありがとう」

「開けてみて?」


 包装を丁寧にほどいて箱の蓋を開けると、更にビロードの箱が入っていた。それを取り出して蓋を開けると、私の目の色と同じ色の指輪が入っていた。


「泪さん?!」

「綺麗でしょ? 本当はこれでプロポーズしようと思ってたの。だけどサイズがなくて、姉さんにサイズ直しを頼んだの……誕生日プレゼントにしようと思って」

「こんな高価なもの、もらえないよ!」

「けーい? アンタ、いっつもそう言って受け取ってくんないじゃない。それに言ったでしょ? 誕生日プレゼントだって。何ならその婚約指輪と取り換えて、こっちを婚約指輪にしちゃいましょ♪」

「でも……」

「いいから! 両手出して!」

「うう……」


 しぶしぶ両手を出すと左手に嵌まっていた婚約指輪を右手に移し、誕生日プレゼントの指輪を左手に嵌められてしまった。


「……うん、いいわね♪」


 とても似合ってるわと言った泪は、左手の薬指にキスを落とす。


(もう……強引なんだから!)


 そう思うものの、泪の気持ちがとても嬉しい。


「泪さん、ありがとう」


 泪に抱き付くと「どういたしまして♪」と頭のてっぺんにキスをされた。そこで今日のことを思い出す。


「今日の泪さん、普段の何倍もかっこよかったよ」


 恥ずかしかったけれど首を伸ばし、泪の唇にキスをしたのが間違いだった。


「なんでそうアンタは、アタシを煽るの?!」


 この天然! と言われて押し倒され、また抱かれてしまった。


「泪さんっ! 明日、仕事っ!」

「アンタが悪いんでしょ?!」


 そんな理不尽な! と思うものの、結局は泪が満足するまで喘がされ、揺さぶられ続けた。


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