Moscow Mule
かなり長めである六十センチの鎖にぶら下がったイルカのペンダントを時折弄り、泪の姉……瑠璃を思い出す。
「時間があるなら、守護石のことをもっと詳しく教えて?」
泪に「次はどこに行こうか」と聞かれ、考えている時に瑠璃にそう言われたのだ。泪を見上げると「直哉のとこでご飯を食べるつもりだから、それまでならいいよ」と言われたので「いいですよ」と瑠璃に返事をすると、泪と一緒に奥に連れていかれたのだ。結構歩いたしちょうど足が疲れて来ていたので、正直安堵していた。
「さっき、コーヒーメーカーが壊れちゃって……。インスタントでごめんなさい」
そう言って謝る瑠璃に、「気休めかも知れませんが」と席を立ち、瑠璃の側に行く。
カップにインスタントを入れてからお湯をほんの少しだけ垂らし、粉を練るようにスプーンで混ぜ、あとはお湯を注ぐだけというやり方を教えた。
「あら……? 少しコクがある……」
一口飲んだ瑠璃は、意外という顔をした。
「濃いめに淹れるより美味しいかも」
「それはよかったです」
微笑んだ私に二人して「可愛い!」と言われ、猫でもいたのかと思って見回していたら苦笑された。
「守護石ってなあに? 誕生石じゃないの?」
「意外と知られていないんですけど……」
そう前置きしてから説明をする。
星座には二種類の石がある。それが誕生石と守護石だ。誕生石はその名の通り誕生を祝うもので、守護石は星座を守護するものなのだ。
「占星術や星座には守護星ってありますよね? あんな感じだと思ってもらえればいいかも知れません」
「へえ……」
メモをとっていた瑠璃が小さく呟く。星座ごとの石も伝えると、おもむろにデザインを始めた瑠璃に驚いた。
顔を見ると楽しそうにしていたので、本当に宝石類が好きなのだろう。彼女の名前にぴったりの仕事だと思う。
なんだかんだと付き合わされ、結局店を出たのは夕方の五時過ぎだった。今は泪と手を繋いで駅に向かって歩いているのだけれど、実はかなり恥ずかしい。けれど、その手が離されることはなかった。
自宅近くの最寄り駅からそのまま直哉のレストランへ向かうけれど、レストランは混んでいた。これなら自宅で料理したほうが早いかもと思ったのだけれど、泪はお構い無しに店に入ってしまった。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは。予約した穂積です」
「お待ちしておりました」
近くにいた女性の店員に話す泪に驚いた。まさか予約をしているとは思わなかったのだ。そのまま席に案内されると、以前来た時と同じ席だった。
「泪……こんな忙しい時に来んな! やあ、いらっしゃい」
「ちょっと……アタシとは全然態度が違くない?!」
「君が来るって聞いたから、今日は
「あ、あの……?」
「ちょっと、直哉! アタシをシカトしないでよ!」
クスクス笑う直哉の顔は、悪戯っ子そのものだ。
「もう。今日は
「当然手伝ってるよ、今は休憩中。で、今日はどうする?」
「オススメは?」
「もちろん七面鳥。但し、このテーブル限定品」
「そうなの? じゃあ、いただくわ。あとは任せる。それとシャンパンカクテルを二つ」
「はいはい、了解っと」
直哉が出ていったあと、花梨とは直哉の奥さんの名前だと教えてくれた。
ほどなくしてカクテルと前菜が運ばれ、乾杯する時に恥ずかしいセリフを言われて赤面してしまった。
他愛もない話をしながら、直哉の料理を堪能する。七面鳥は本当に美味しく、そのあとに出された料理もデザートも、あまり食べない私でもペロリと平らげてしまった。今は話をしながら食後のコーヒーを啜っている。
「それでね、真琴ったら……泪さん?」
じっと見られていることに気付いて、言葉を切る。その目は何かを決意したような、真剣そのもの。
「圭」
私を呼ぶ声も、真剣そのもので、でも苦し気で……。そこでハッとする。
『……ごめん、昨日のは嘘だよ。やっぱり別れよう』
そんな言葉が突然出て来てしまう。
(もしかして、そう言われるの……?)
そう考えたら哀しくなって思わず俯く。初めて好きになった
「目を閉じて、左手を出して」
言われた通りに目を閉じ、左手を出す。別れの握手なのだろうと思うと、ますますズキンズキンと胸が痛む。
そして手が持ち上げられた。
(自覚して抱かれた翌日に失恋なんて……)
そう思った時だった。指に冷たい感触がして思わず目を開けてしまった。
「もう……目を開けちゃダメじゃないの」
「え……?」
指に無色透明な、虹色に光る石が嵌め込まれている指輪があった。あまり大きくはないシンプルなデザインの指輪が、薬指に嵌まっていた。
「る、い……さん……?」
「昨日の今日だし、どうしようかとも思ったんだけどね」
「……」
「それなら別の指に嵌めても大丈夫なデザインだし」
「……っ」
真剣な目をした泪を見つめる。私はそこまで無知じゃない。それの意味するもの――それは。
「圭……結婚しよう」
「る……っ」
「いい加減な気持ちで言ってるわけじゃないよ? 言っただろう? 『離さない』って。だから、俺の奥さんになってくれ」
「……うん」
普段は使わない男らしい言葉でそうプロポーズした泪に、思わず涙が零れる。ハンカチで涙を拭きながら小さな声と一緒に首を縦に振る。
「あー……そんなに泣かないの。いつまでも泣いてると……ここで押し倒すわよ?」
嬉しくてしばらく泣いていると泪にそう言われてしまい、思わず涙が引っ込んだ。
「ん、それでよし。じゃあ帰りましょ?」
手を出して握って来た泪に手を引かれ、レストランをあとにする。途中で商店街に寄ってもらってケーキの材料を買い、自宅に戻った途端泪に貪るようなキスをされ、そのまま抱き上げられて泪の寝室に連れて行かれた。
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