Shandy Gaff

「真琴にまた何か言われたの?」


 リビングに行くと、父と母が笑いをこらえ、泪がムッとした顔をしていた。


「言われたは言われたけど、ホントのことだからいいのよっ! ケーキ作りは終わったの?」

「うん」

「今度アタシにも作ってね。じゃあ買い物に行きましょ」

「じゃあ保さん、行ってくるわ」

「ああ」


 そう言って三人で玄関を出ると、停めてある車のほうに行こうとして、母に止められた。


「お母さん?」

「そこの大型スーパーに行きましょう」

「スーパー?」

「食材も買いたいし」

「うん、いいけど……。そう言えば真琴は? 一緒に行くんじゃなかったの?」

「『一緒に行きたいけど、今日は彼氏優先! 護衛はオカマに任せた!』ですって! 失礼しちゃうわ!」


 鼻を鳴らしながら護衛と言った泪の言葉に頭の中を疑問符だらけにしながら、少し先を歩く二人のあとをちょこちょこ付いていく。母は泪が気に入ったのか、いろいろ話しかけては二人で笑っている。

 私はそれなりに話はするけれど、話すのがあまり得意じゃない。仕事の時は別だけれど、たまに何を話していいかわからない時がある。泪と話をしている時も大抵は泪から話しかけて来ていた。

 だから話上手な家族が羨ましく感じる。けれど、今はそれ以上に、楽しそうに話す二人を見るだけで胸がモヤモヤする。


(なんだろう、このモヤモヤした感じ……。母さんと喋ってるだけじゃない……)


 ありふれた光景なのに、モヤモヤするのはどうしてだろう……。


「ね? 言った通りでしょ? 自信を持ちなさないな、泪君」

「さすがは母親ねぇ……。はい」


 意味不明な二人の会話に首を傾げてしたら、にっこりと笑いながら差し出された、泪の手。一瞬なんだっけ? と思ったものの、手を出されたら手を乗せろと言われたことを思い出し、手を乗せる。


「よくできました」


 指先をそっと掴んで持ち上げたかと思うと、チュッ、と指先にキスを落とされた。


「……なっ?!」

「これで機嫌直して? ね?」


 泪の言葉に首を傾げる。


(機嫌を……直す?)


 言われてることはわかるけれど、どうしてそんなことを言われたのかよくわからなくてまた首を傾げたのだけれど……。


「……ホントに鈍感ね、圭は……。ごめんなさいね、泪君」

「いいえ。むしろ嬉しいですよ」


 母に苦笑され、泪にクスクス笑われた。

 けれど、ただ手を繋いでいるだけなのに、先ほどのモヤモヤが消えて行くのがわかる。それが不思議で仕方がなかった。



 ***



「母さん、買い忘れはない?」

「うん、大丈夫。……けど、買いすぎちゃったわね」

「うん、買いすぎだよ」


 泪が言ってくれたのか服はそれほど買わず(それでも数着買った)に遠赤外線の靴下やなにかを買い足し、その他に食材も買ったので、荷物が少々嵩張っていた。歩き疲れて足が痛くなってしまったので二人にそう伝えて「帰る前に休憩したい」と言うと、私に席取りと荷物の監視を頼み、二人で目の前のコーヒーショップに買いに出かけた。

 そんな二人を頬杖を付きながら目で追い、ぼんやりしている時だった。


「圭……? お前、圭だろ?」

「え……?」


 泪がこちらを向くのを目の端にとらえながらも、名前を呼ばれたほうへ顔を向ける。どこかで見たことのある男性が、嬉しそうに私を見ていた。


「あの……?」

「覚えてない? 佐藤だよ! 佐藤 和哉かずや!」

「あ……! 『かずくん』?!」

「そう!」


 彼は事故の時に一緒にいたうちの一人で、私ほどではないものの、彼も手に怪我を負った一人だった。そして中学の時のクラスメイトでもあるし、仲のいい友人で離れていくことがなかった人でもあった。


「久しぶりだね!」

「一人でそんなに買い物?」

「ううん。母と……」


 言いかけた途中で「はい、お待たせ」と泪の声がして、コーヒーの紙コップをトンと目の前に置かれた。


「圭、この人は誰だい? 僕に紹介してくれないか?」

「え……」


 いつもの、少し高めの声のオネエ言葉ではなく、仕事モードの低い艶のある男言葉で話しかけられ、鼓動が跳ねる。


「圭?」

「あ……」


 泪の訝しげな声にハッとしたけれど、先ほどの泪の声にドキドキしてしまって、うまく言葉が出てこない。それを見かねたのか、苦笑しなから佐藤が自己紹介を始めた。


「俺、佐藤と言います。圭の幼なじみ兼同級生、ってとこですかね。そう言う貴方は?」

「穂積と言います。圭の恋人です」

「えっ?! マジ?! 運命の再会! とか思ってたら、彼氏付きかー! まだ恋人いなかったら、傷のあるモン同士、口説こうと思ってたのに」


 アハハ! と笑う佐藤は、どこまで本気で言っているのかさっぱりわからない。


「傷のあるモン同士って?」

「あ……先日話した事故の被害者の一人、なの」

「へえ……そうなんだ」


 泪の問いかけに、素直に答える。


「へえ……穂積さん、圭から聞いたんだ?」

「まあ。同棲しているし、『恋人』なんだから、当然だろう?」

「おおっ?! 同棲?! マジですか! ……俺もその胸触り…………すみません」


 なぜか焦る佐藤にきょとんとしながらも、お互いの近況報告をする。


「元気そうでよかったよ。そういえば、まなぶんちだけど、あのあとあの町に居られなくなって引っ越したんだってよ」

「引っ越し? どうして?」

「お袋曰く、『学のついた嘘が原因』だってよ。嘘をつくようなヤツに見えなかったんだけどなぁ……。圭や俺たちのほうがひどい怪我を負ったのに……っと! 圭、ごめんな」

「ううん、気にしてないよ」

「じゃあな。会えて嬉しかったよ。邪魔してすみませんでした、穂積さん」

「いや」


 そう言って立ち上がって歩き出した佐藤に、泪は「ちょっと待って」と言って立ち上がり、一緒に途中まで歩き、何やら話し込んでいた。

 おもむろにポケットから何かを取り出して紙切れを渡すと、佐藤も慌ててポケットから何かを取り出して紙切れを渡す。そのあとはまるで昔からの旧友のように、にっこり笑って手を上げてお互いに別れ、佐藤は外に、泪は私と母の元へ戻って来た。


「さ、帰りましょ?」


 そう言った泪はなぜか上機嫌で、在沢家どころか泪の自宅に着くまで、ずっと上機嫌そのものだった。

 自宅での夕食後。泪が「何かカクテル作って」と言うので、材料あったかなあと思いつつ冷蔵庫を開けると、ビールとジンジャーエールがあったので、それでカクテルを作る。


「どうぞ」


 もう一回分作れるように、余った材料とカクテル、つまみにクラッカーとチーズを持って泪のところに戻る。カクテルを出したあと、隣に座れと謂わんばかりにソファーをポンポンと叩かれたので、そこに座ると膝にブランケットをかけられた。当然、泪の膝にもかかっている。


「あら、これもカクテル?」

「うん。『Shandy Gaff』って言うの。ビールとジンジャーエールがあれば作れるよ」

「あら、簡単なのね」


 グラスを持って一口飲むと、「うん、美味しい」と言ってまた一口、口に含む。突然顎を掴まれたかと思うとキスをされ、舌と共に、口腔内にビールの苦さとジンジャーエールの甘い味が広がり、慌ててそれを飲み込む。


「泪さ……」


 抗議しようとして、泪の強い視線とぶつかる。


「圭……」

「あ……」


 掴まれていた顎から手が外され、頬をスッと撫でられる。だんだん近づいてくる、泪の整った顔。「目を閉じて」と言われて瞼を閉じると、唇が軽く触れ合うだけのキスをされる。それが長くゆっくりとしたものに変わり、最後は完全に塞がれた。


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