What Is Love
ペントハウスに戻り、キッチンのほうへ行く。棚や引き出しをいろいろと開け、何があるのか確かめる。冷蔵庫はあるけれど昨日届いたばかりなため、さすがに何も入っていなかった。
「冷蔵庫はさすがに何も入ってないですね。食材買わないと……」
「昨日来たばっかだからね。商店街はまだあいてるから、買いに行く?」
「そうですね。……ところで泪さん」
キッチンのシンクから目を逸らし、泪のほうへと向き直る。
「……なあに?」
「包丁やお鍋は? どこにありますか?」
「あー……持ってないわ……」
「お箸などの食器は?」
「えっと……多分、そこらへんに……」
「まさかコレ、なんて言いませんよね?」
いかにも洗っていません的なシンクを指差すと、泪は視線を逸らした。
「……」
「食洗機付きなのに、どうしてシンクに入れるんですか?」
「あ……それ、食洗機だったん……」
食洗機を指し示せば泪は知らなかったようで、驚いた顔をした。けれど私はそれどころじゃない。
「泪さん! もう、純和風どころの騒ぎじゃないじゃないですか!」
「あー……」
「こんな状態で料理なんか作れませんので、今日は却下です」
「純和風……」
「商店街のお惣菜でも食べててください」
事務所どころか自宅もか、とある意味脱力する。
「うぅ……か、買い物……」
「それは明日一緒に行きましょう。ここを綺麗に掃除しておいてくださいね。今日は帰ります」
「え?! ご飯!」
「だから、商店街のお惣菜を一人で食べてくださいって言っていますよね?」
「えー……掃除したくない……」
自分で作った惨状なのに、掃除したくないってどういうことかと頭を抱える。
「手伝うって言ったのどなたでしたっけ?」
「……アタシです……」
「ですよね。なので、キッチンが綺麗になるまで、ご飯は作りませんから。では帰ります。お疲れ様でした」
「お圭ちゃぁん……」
「か・え・り・ま・す・!」
こんな状態で料理などしたくないし、いろいろなことがあって気疲れしているから今は何もしたくないというのが本音だった。
泪が、はあと溜息をついたかと思うと、「わかったわ」と言って放りだしてあった鍵とサイフを掴み、歩き出す。
「あの……?」
「送って行くわ。家はどこ?」
「でも……」
「いいから。送らせて? そうじゃないと、明日迎えにいけないわ」
「……わかりました」
泪の言葉に甘えて車に乗り込み、自宅を教えると、「小田桐商事に近いのね」と言われた。
「歩いて十分です」
「近いわね」
「泪さんほどではないですよ?」
「まあね」
会話が途切れたので、ふと泪の横顔を見る。整った横顔……この人も眉目秀麗だ。それに、頭脳明晰、将来有望。だから穂積でもモテるに違いない。
視線を外し、流れて行く景色を見ながらぼんやりとそんなことを考える。
「強引に進めたアタシが言うのもなんだけどね……」
「はい?」
「本当に、いいの……?」
そう言われ、また泪のほうへと向く。
なにがと聞かなくても、言いたいことはわかる。確かに強引だった。けれど、不思議とイヤだと感じなかった。もっとこの人を知りたい……そう思ったのも初めてのことだ。
素直にそう伝えるとまた暴走しそうなので、敢えて別のことを話す。
「構いません。実は、今住んでるところが今月いっぱいで契約が切れるんです。更新しようか迷っていたので、助かります。そこの家賃、何気に高いですし……。払わなくていいぶん、家賃を全額貯金できますから、私的には助かります」
「……は?」
私の言葉に、泪が呆けたような声をあげる。
「水道光熱費は折半ですか?」
「……お圭ちゃん」
「折半でなければ、食費は私が出しますね♪」
「あのね……」
「あ、着きましたよ。ここです」
「もう……素直じゃないんだから。……まあいいわ」
着いたのでマンションの入口でいいと言ったのだけれど、持って行けるものは持って帰るからと、泪は客用駐車場にさっさと停めてしまった。仕方なく部屋に案内して炬燵のスイッチを入れ、そこに座ってもらうと「インスタントてすみません」とコーヒーを淹れた。
使い馴れた包丁数本を厳重にくるみ、紙袋に入れて泪に渡す。
「これだけお願いします」
「たったのこれだけ? 鍋とかは?」
「いらないです。買い替えようと思っていたので、ちょうどいいです」
「あと、他に持って行くものは?」
「せいぜいコーヒー豆と紅茶の茶葉、炬燵、サイフォンやティーポットやそのセット、食器、クローゼットに入っている服くらいですね」
話しながら冷蔵庫や冷凍庫を開け、中身を確認する。出張があったので冷蔵庫の中身はほぼ空っぽだったけれど、かろうじて冷凍庫にはお肉やお弁当用に作りおきしておいたお惣菜がタッパに数種類と、余ったご飯を焼きおにぎりにして冷凍したものが出て来た。料理をしなかったぶんの代わりにどうかと提案してみる。
「泪さん、これ、食べますか?」
冷凍庫から取り出したタッパに入ったお惣菜と、ラップにくるまれた焼きおにぎりを見せる。
「中身はなあに?」
「焼きおにぎりと、純和風のお惣菜です。お弁当用に作ったものですが」
「食べるわ!」
目を輝かせた泪の手が届く前にサッと自分の手を引くと、泪の目が吊りあがる。
「ちょっと、お圭ちゃん!」
「キッチンのお掃除が条件です。そうでないとあげません」
「もう……段々賢くなって来たわね……。いいわ、きちんとやる。できなかった部分は手伝ってちょうだいね?」
「もちろんです。では包みますね」
引き出しからバンダナを取り出すとサッと包み、ビニール袋に入れて「蓋を取ればこのままレンジにかけられますから」と、先ほど包丁を入れたの紙袋の中に一緒に入れた。
「もっと一緒にいたいけど、帰るわ」
「下まで一緒に行きます」
駐車場まで一緒に行き、泪が車に乗るのを見送る。
「じゃあね。明日、九時に来るから」
エンジンをかけたあと、運転席の窓を開けて泪が手をあげる。
「わかりました」
「それじゃ。あ! お圭ちゃん、助手席に忘れ物!」
「え? 何か忘れてましたか?」
その場所から助手席を覗こうとした。
「……こんな簡単な手に引っかかっちゃうのね」
どういう意味だろうと首を傾げたら苦笑した泪の手が伸びて来て、後頭部を触られたかと思うとグッと引き寄せられ、唇に軟らかいものがあたる。
「あ、の……え?」
「ファーストキス、いただき♪」
「あ……」
「恋人になったんだから、これくらいはいいでしょ? ちゃんとしたキスは……」
――あの部屋で教えて、ア・ゲ・ル・♪
私の目を見てそう囁かれ、チュッと音がしたかと思うともう一度唇が触れた。今度は少しだけ長めに……。
名残惜しそうに唇が離れるのと一緒に手も離れた。
「また明日。おやすみ」
「あ……お、おやすみ、なさい」
走り去る車を見送り、ふわふわとした足取りで自室に戻る。扉を閉め、鍵をかけ、そのまま炬燵に座る。
『ファーストキス、いただき♪』
呆然としていると、先ほどの泪の声が頭に響く。
(キス……キス?!)
キスされた、ってこと?
『ちゃんとしたキスは、あの部屋で教えてアゲル』
その言葉を反芻した途端、ぼんっと頭から湯気が出そうなほど赤くなる。赤くなりながらも、泪がいないことになんとなく寂しさを覚える。
明日会えるじゃないと思いながら、とりあえず泪に悪戯されないよう下着や服を鞄に詰めておく。家電品は明日泪に聞いてから決めようと考え、明日に備えてお風呂に入るとさっさと眠ることにした。
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