2001年9月6日(木)
今日、バレー部顧問の松下先生と廊下で偶然出会ったので、それとなく工藤先生の話題を振ってみた。なにか情報が得られるのでは、と思ったのだ。すると――
「さあてなあ、最後に会ったときはずいぶんくたびれた顔をしていたが、どうして休んでいるのかはよく分からん。事件が次々と起きて疲れてはおるんだろうが……」
「……まあ、これだけ事件が起きたら疲れますよね。誰だって……」
うまく話を合わせる。
工藤教諭が疲れるなんて言うタマかどうか。
あのひとは、相当にずるくて、怪しいひとだと私は思っているけれど。
一連の事件の実行犯ではないにしろ、深く関わっているのはきっと間違いないわけだし……。
「いや、まあ工藤先生もお若いし、彼氏のひとりくらいできたのかもしれんな、はっはっは……」
松下先生は、くだけたようにジョークを飛ばす。
殺人事件が起きている現在、その言葉は多少、不謹慎ではあったが……。
先生なりに、私のことを気遣ったのだと思っておこう。
だから私も、松下先生の冗談に乗っかって、
「あはは。まさか、彼氏と遊ぶために休暇は取らないでしょう」
なんて言ったのだけれど。
しかし松下先生は「いやいや」と手を振って、
「あれでなかなか、もてるらしいぞ、工藤先生は。なんたって昔は東京の大学にいたひとだからなあ、センスが違うよ」
「東京……。工藤先生は東京の大学におられたのですか」
「そうだよ。大学生活が楽しくて、1年留年しちゃった、とか言ってたな、ははは」
「……留年?」
その単語が妙に引っかかった。
そこで工藤先生は、いつごろまで東京の大学にいたのか、と尋ねると――
「ええと、確か……。1989年から1994年までの5年間、東京におられたはずだぞ」
それを聞いて、私はうなった。
1994年。それは第3の事件が起こった年ではないか。
そのころに工藤教諭は東京にいた。ということは、第3の事件についても、工藤教諭は関係がなかった可能性が高いのではないか……?
「いやあ、工藤先生も美人だからな。あれじゃ男はほっとかないよ。いやここだけの話な、夏休みの前にも、工藤先生と男が会っているのを、実は見たことがあってだな……」
松下先生は、体育会系らしい陽気な語り口で、工藤先生のことをなおしゃべり続けるが……
工藤桃花教諭……。彼女は第3の事件とは関係がない……? ……となると……?
いよいよ混乱してきた。
事件はいったい、どこがどうなっているんだろう?
第2の事件のとき、岡部義太郎は精神科に入院していて犯行不可能。
第3の事件のとき、工藤桃花は東京にいてまず犯行不可能。
第4の事件・若菜殺害についても、工藤桃花にはアリバイ有。
さらに……
工藤桃花は8月7日、教室でひとりごとを言っていた。
その中で彼女は確かに「あのひと」と口にしたのだ。
岡部義太郎も、自殺寸前に「あいつになにもかもやられた」「あいつさえボクの前に現れなければ」と口にしたらしい。
あのひと……?
あいつ……?
分からない。
この一連の事件には、まだ私が把握していない何者かが関連しているというの?
それとも、なにか私は重大な見落としを……? 分からない。分からないわ……!!
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