2001年7月17日(火) 後半

 図書館に着くと、私と若菜は、学校関連資料のコーナーに向かった。

 ここには学校関連の書籍が並んでいて、『M高校のあゆみ』や『M高校創設の日』など、調査に使えそうな本がいくつもあった。私は若菜に手伝ってもらいながら、それらの本に次から次へとあたっていった。だけども――


「ハッキリ言って収穫はないわね。1971年に学校が創設され、校舎もそのとき作られたはずだけど、前が病院だったかどうかは分からないわ」


「そっかあ。それじゃ、戦時中は学校が病院だったっていうのは嘘なのかなあ?」


「さあ、断言するのはまだ早いわ。調べるべき場所はもうひとつあるもの」


 私はそう言って、次は郷土史のコーナーへと向かった。

 M高校だけではなく、この町、I郡の歴史について書かれた本がたくさん揃っているところ。

 ここを調べたら、M高校以前のこの土地のことが分かるはずだと思ったのだ。

 そして調べ始めると、案の定、ビンゴ。……見つかった。


『I郡大字●●にI病院を建立(現在のM高等学校)』


 この一文を見つけたとき、私と若菜は興奮した。

 やった、とふたりで小さく叫んで(図書館だからあくまでも小声で!)、笑顔を向け合ったものだけど――


 そこに、


「あなたたち、なにをしているの? 調べもの?」


 そう言って、私たちの前に女性が登場した。

 それはM高校の国語教師、工藤桃花くどうももか教諭だった。


「なあに、あなたたち、この町のことを調べているの?」


 工藤教諭は、笑みを浮かべて尋ねてくる。

 若菜は、応えるようにニコニコ笑って、その問いに対して回答した。


「いえ、M高校の前のことを調べているんです。M高校が昔、病院だったんじゃないかって噂があって。いまもその跡地が、学校の地下にあるんじゃないかって」


 すると工藤教諭は、くすくすと笑い、


「いまでもその噂はあるんだ。ふふ、実はね、先生がM高校に通っていたときもその噂はあったのよ」


「えーっ。先生ってM高校の出身だったんですか?」


「そうよ。あれぇ、言わなかったかな? もう12年も前に卒業したけどね……。懐かしいね。うふふ……。M高校のことならなんでも知っているのよ……?」


「あの、それじゃ。う、噂は本当なんですか? M高校ができる前、病院があるのは確認しましたけど、当時の地下室がまだ高校の地下に残っているって。しかもそれは、戦争に反対していた人たちを拷問する部屋だったって」


「ああ、その話。……そうね、その話はね。――事実よ」


 工藤教諭は、少し真面目な顔になって言った。

 それから、話す。M高校があった場所に病院が建てられており、その地下室で拷問が行われていたのは歴史的事実だということ。その地下室は、まだ存在しているということ。そして――


 1980年に、その場所でひとが死んだということ。


「そう、それはとてもロマンチックな話よ。1980年に、ひとりの少女がいたの。岡部愛子おかべあいこ。このM高校に通う1年生の女の子だったわ。真面目で、優しく、愛らしい少女。その少女にある日、恋人ができた。とてもすてきな彼氏だった。……愛子はまじめな子だったから、彼のことを心から愛した。彼も愛子を誰より可愛がってくれた。だけどある日、愛子の両親に交際がバレてしまったの。――いまよりもずっと、男女交際についてうるさかった時代。愛子は両親から不純異性交遊だってさんざん叱られたわ。そして愛子と彼氏は別れるように命令された。だけど愛子は嫌だった。彼と別れたくなかった。こう思ったのよ。別れるくらいなら――死んでやる」


「……まさか、その愛子っていう女の子はそれで……?」


「そう、それで死んだの。21年前。誰も来ないこの学校の地下室で、彼と共に。……地下室で、ふたりは毎日のように逢瀬を重ねていたから。思い出の場所で、命を絶ったのよ。――そういうことがあって、あの地下室は閉鎖され、いまは誰も中に入ることができないの。……それだけ。それだけよ」


 工藤教諭は、なにかに酔いしれるような顔でそう言った。

 なんとなく、空気が重くなる。


「さあ、これで話はおしまい。分かった? あの地下室は、病院もそうだけど、そういう恋人たちの物語があった場所なの。いわば恋の聖地。興味半分で調べたり、中に入ったりしちゃだめよ? ね。先生と約束」


「……でも、そんなに悲しいことがあった場所なら、逆に一度は入ってみたいな~」


 重たくなった雰囲気を吹き飛ばすためなのか、若菜がちょっとおどけたように言った。

 だけど工藤教諭に、その思いは伝わらなかったみたい。


「御堂さん。ふざけないで。言っていいこと悪いことがあるわ。……遊び半分で近付いていいところじゃないのよ。……ね、お願いだから。御堂さんがそんなことを言うなら、先生は困っちゃうわ。御堂さん、分かるよね? 袴田さんも」


 そこまで言われて、私と若菜は「分かりました」とうなずいた。

 そこで今回の話は終わりだ。工藤教諭は図書館から離れていく。

 私と若菜も帰路についた。そういう空気だった。――だけど帰り道、私は断じた。


「工藤先生の情報には間違いがあるわ」


「え。……どういうこと?」


 若菜が、びっくり顔を見せる。


「実は昨日、インターネットで少しだけ、M高校の地下室のことを調べたの。するとこういう情報が出てきたのよ。M高校の地下室では、過去に3回の殺人事件が起きている……」


「…………」


「被害者の氏名はそれぞれ岡部愛子、北条凛、三段坂夏美。……岡部愛子のことは、工藤先生の言う通りなのかもしれないけど……。残り2回の殺人事件について、先生はしゃべらなかった。それに、岡部愛子の彼氏だなんて、そんな話、ネットには影も形もなかったわ」


 もちろんネットはウソも多い。

 だけど死人がもうひとり多いのなら、さすがにそれについては書かれてあるはず。

 それに3回の事件。これらの事件はどうもすべて、殺人の疑いが濃厚だったらしい。そしてその犯人はまだ見つかっていないのだ。――そういううさんくさい連続殺人事件なのに、工藤教諭はそれについてなにも言わなかった。


 知らなかった、ということはないだろう。

 あれだけ恍惚とした顔で、岡部愛子の純愛物語を語った人が。

 第1の犠牲者である岡部愛子にだけ詳しくて、第2、第3の事件にはまったく無知だなんて、そんなこと考えられる?(ところで北条凛という名前になんだか見覚えがあるのだけど、どこで見たのかしら……?)


「あの地下室。……やっぱり見てみたいわ。きっとなにか面白いものがある。そんな気がするのよ、わたし……」


 その『面白いもの』を見つけ出したとき、工藤教諭はどんな顔をするのかしら。

 私はそういう意味でも、地下室の冒険をしてみたくなった。


「…………」


 若菜は絶句している。

 彼女は工藤教諭のことが好きみたいだから、そういう顔もするだろう。

 だけど私は――そもそも私は、今回の事件の前から、あの女性教諭が、苦手だったのだ。


 どこが、と聞かれるとうまく答えられない。

 国語で源氏物語の話をするときに見せる、なんというか、ウットリとした表情と口調が生理的に受け付けなかったこともあるが、厳密にいえば、これはもう、天ヶ瀬くんのことと同じとしか言いようがない。


 すなわち『雷撃の恋』と同様。理由も理屈もへったくれもなく、好きなひとは好きになるし、嫌いなひとは嫌いになるのだ。それが私から見た工藤教諭に対する感情なのだ。


 彼女は人気者だ。

 穏やかで、生徒に対して優しいし、美人である。

 だから若菜や長谷川くんは彼女を気に入っているし、天ヶ瀬くんやキキラも嫌いではないらしい。


 だけど私から言わせると、彼女は――なにか、ひどくうさんくさいのだ。影があるのだ。

 美女といっても内面から出てくる美しさではない、外見だけの美貌。いわば造花の美しさなのだ。


 ずいぶんと罵詈雑言を並べたててしまったと思う。

 自分が嫌な女であることを自覚する。

 しかしそれが私の本音だった。


 今日の出来事。私は忘れない。

 ビーチバレーによって再確認した、私たち6人の友情。

 感情と理屈、両方から感じる、工藤教諭への不信感と憎悪。


 いつかはこれらのすべてが、青春の1ページになるのかしら?

 分からない。分からないけれど――


 とりあえずは、明日。

 みんなで穴を冒険する。

 これはとても楽しみね。


 3人の人間が殺されたというM高校の地下。

 入れるものなら、入ってみたいじゃない。


 3体の生物が断末魔をあげた、その夢のあと。

 私がこの目で確かめてあげるわ。これは愉快ね。

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