Swallowing the pills

会津ゆうり

Swallowing the pills

 カーテンから漏れ差す光に目が慣れると、眠っている君の顔がそこにあった。リップを落とした淡い桃色の薄い唇は閉じられ、代わりに細く高い鼻が、彼女のまだ生きている音を聞かせてくる。あきらめた僕は、こちらを向いている愛しい人を眺め続けた。

 半身を起こすこともままならず、どうにかベッドから這い出したときには時計が10時前を指していた。ずるずると床のノートパソコンの元まで行き、メールの処理を済ませ、玄関に鍵をかけていないと気づいたその時、僕の名を呼ぶ声がした。続けて、

「おはよう」

 横になったままの彼女は、苦笑いを浮かべていた。サプライズに失敗してふたりで顔を見合わせたときのような、さあどうしよう、と僕に問いかける目をしていた。

 まだ立ち上がれない僕は、匍匐ほふく前進でどうにか玄関を閉めに行き、また同じ要領で戻ってきた。その様子に吹き出した彼女は、まだ、片ひじを支えにして起き上がろうと奮闘していた。

 つけてみたテレビが通販を流し終え、昼の情報番組を始めたころにはふたりともベッドサイドに座っていた。外に出る予定もないのに、彼女は化粧を完璧に済ませ、着ていた白いネグリジェは苺の飛び交うワンピースに変わっていた。

「ねえ、お腹減ってる?」

 いいや、と首を振ると、「私もよ」と返してグミをふた粒、食べてからピルケースを開けた。律儀だね、と感心して冷蔵庫からイチゴ牛乳の紙パックを取り出して渡すと、「あなたのほうこそ」と嬉しそうに受け取って、ストローで器用に錠剤を飲んだ。

 テレビでは『困った新入社員』特集が繰り広げられている。コメンテーターに若者はいない。断りも入れずにテレビを消したが、彼女はストローを口に咥えたまま、親指を立ててみせた。

 無音の部屋で、ふたり揃ってスマホを手にとった。SNSを開くと、遠い大都市で鉄道が麻痺しているらしい。死ぬ場所を選べだの最期くらい迷惑をかけるなだのと、むき身のつぶやきが世界中に飛び立っていく。アプリを閉じて、ついでにスマホの電源まで落とすと、横の彼女も似たようなコメントを見たらしい。同じようにスマホを放り投げた。

 あとはお互いの体を貪るだけだった。避妊もせず、声も抑えず、汗だか涙だかわからないものに身を浸して、気づけば日が落ちていた。

「……そろそろかな」

 暗い部屋の中、ぐったりと横たわっていた彼女が耳元でささやいた。

 電気をつけ、玄関の鍵を開けに行った。床のノートパソコンでメールの自動送信を設定した。彼女は化粧を落として、また白いネグリジェに着替えていた。

 ふたりは、何度目かの料理を始める。すり鉢に一錠、二錠……銀のシートから白いものや青いものを落とし、すりこぎ棒で砕く。それをヨーグルトに混ぜ、コップには強い酒を注ぎ、晩餐の用意がまた整った。

 腹を満たし、すぐさまふたりでベッドに横たわった。名残惜しくなるからと、仰向けで天井を見つめ、互いの手をつないだまま。

「ねえ、」

 驚いた。横になってから口を開くことなど、これを決めてからは無かった。

「私たち、誰にも迷惑かけてないよね? 私たち、最期だけは幸せだったよね?」

 僕はつないだ手にぎゅっと力を込めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Swallowing the pills 会津ゆうり @hotmonaca

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ