第176話 今の王、昔の王
「発射!」
リミルがトリガーを引くと、浜辺を走るクリスティーナに向けてレールガンから凄まじい勢いで砲弾が発射される。クリスティーナが素早く身を翻して回避しても、その風圧に吹き飛ばされそうになるほどだった。背後の着弾地点で砂が高く巻き上げられ、砂浜にクレーターが出来上がる。
「チッ、外したか!」
「このっ……!」
レールガンに次の砲弾が装填される間に、クリスティーナは一気に戦艦との距離を詰める。彼女の目指す先は、戦艦と陸地の間にかかる渡し板。
「早く渡し板を上げろ!」
「中に侵入されるぞ!」
兵士や兵器を船から出し入れするために下げていた渡し板を、艦内に残っていた兵士たちが急いで上げようとする。しかし彼女の勢いは止まらず、上の隙間から艦内に飛び込まれ、侵入を許してしまった。
「敵が艦内に侵入! 非戦闘員は直ちに艦の中央へ避難せよ!」
「迎撃に魔術は使うな! 船が燃える!」
狭く密閉された通路では、攻撃魔術の使用は厳禁とされている。敵兵は盾と結界で通路を塞ごうとするも、クリスティーナの剣にバッサリと切られて使用不能にされた。接近戦で彼女に敵う者は現れず、甲板へのルートを進んでいく。
「駄目です! クリスティーナを抑え切れません!」
「敵は甲板に向かっているようです。レールガンを破壊するつもりなのでしょう。リミル様は早くここから退避を――」
もうすぐクリスティーナが甲板に到達する。
しかしリミルはそこから逃げることなく、彼女が現れるのを待ち構えていた。
やがて蹴破られる甲板への扉。そこからクリスティーナが現れ、リミルと正面に向き合った。
「久し振りですね。クリスティーナ。まさかあんな廃村に潜んでいたとは……」
「私も弟も、貴様には世話になったな」
さっき撃ってきたのは、あの兵器か。
会話の最中、クリスティーナの目はリミルの背後に設置されているレールガンを認めていた。従来の大砲とは異なる形をしており、砲弾を発射する仕組みも分からないが、とりあえず真っ二つに切れば使えなくなるだろう。
そんなことを考えていたとき――。
「そんなに後ろの兵器が気になりますか?」
リミルがクリスティーナの視線を遮るように歩き出し、剣を抜いた。
「相変わらず、あなたは本心を隠すのが下手だ」
「昔からそういう性格なんだ」
「私の新しい剣も見てくださいよッ!」
するとリミルは突然飛び上がり、剣をクリスティーナに振り下ろす。彼女は咄嗟に剣を構え、その一撃を受け止めた。
「ぐっ……痺れ……っ!」
リミルの斬撃には雷魔術が付与されており、その軌道には青白い光が残る。その光に触れただけでも火傷のような痛みが走り、機敏だったクリスティーナの動きが鈍った。
「前はそんな技、使ってなかったはずだ!」
「私は誰かと違って隠し事が得意なんですよ」
リミルが剣を振り上げると、そこから雷魔術が周囲に広がり、甲板が激しい閃光に包まれる。クリスティーナは後退を強いられ、剣を固く握り直した。
このままではレールガンに近づけない。リミルが強固な壁となって立ち塞がり、主砲を守っている。そしてまたリミルも強烈な雷撃を纏い、近寄る者を黒焦げにする。
こうしている間にもカジたちは戦っており、早く戻って加勢したいという焦りが募る。
「さすがにあなたも、私の懐に飛び込むのは恐いですか?」
「挑発のつもりか?」
「いいえ、警告です。懐に飛び込まなくても、そこは危険ですよッ!」
リミルの剣は雷魔術の膨大な魔力を刃先の一点に集束させると、それが巨大な剣のように光を伸ばし、クリスティーナに襲いかかる。
「グッカアアッ!」
普通の剣術や魔術なら当てることが難しい距離だが、リミルは魔力を集中させることで飛距離を伸ばし、遠くの敵を雷魔術で攻撃できる剣を開発していた。
まるで本物の雷に打たれたような衝撃が全身を襲い、クリスティーナはバタリと倒れた。
距離があるからと、完全に油断していた。
まさかあんな攻撃ができるなんて……。
痛みと痺れで立ち上がれない彼女に、リミルは微笑みながらゆっくり近づいてくる。
「いつだったか、私とあなたの間に縁談が持ち上がったことがありましたね。結局、当時上位だった貴族に揉み消されてしまいましたが」
「くっ……急にどうした?」
するとリミルは陸地を指差し、カジたちのいる場所を示した。時折魔術の光が見え、今も戦闘が続いていることが分かる。
「あなたはあそこで戦っている仲間を助けたくてここに来たのでしょう? だったら、取引をしませんか?」
「取引だと?」
「あなたが命乞いをして今後私のために尽くすのであれば、ここで魔術兵器の実験は中断して彼らを逃がしましょう。あなたも使いようによっては、良い結果を期待できますから」
「もし断ったら?」
「今ここであなたを殺し、あそこにいる仲間も砲撃の餌食になってもらうだけです」
「ふざけるな……!」
かつてクリスティーナもジュリウスも裏切り、ハワドマンとも手を組んだ男に忠誠を誓うなど、例え演技であってもできなかった。
「そうですか。とても残念ですよ」
「ガアッ、アッアアアアアアッ!」
起き上がることすらままならないクリスティーナの体に、再び電撃が与えられる。叫んでも、もがいても、リミルは攻撃を止めない。
彼はクリスティーナが苦しむ姿を楽しんでいたのだ。かつて王族と勇傑騎士の頂点に立ち、軍や政治を思うがままにしていた女が、今は哀れにも苦しみながら死を待つだけになっている。
それでもリミルは一度雷魔術を中断し、クリスティーナの髪を引っ張り、無理矢理に顔を上げさせる。
「最後にもう一度聞きます。私に嘘でもいいから忠誠を誓うつもりはありませんか?」
「誰が貴様に、従うものか……それに、仲間も簡単に倒されるほど、弱くはないぞ!」
クリスティーナは痛みを堪えながら、勝ち誇ったような笑みを見せる。
「これだけの痛みを与えても考えを変えないとは、やはり愚かな女ですね」
あまりの強情さに、リミルは怒りを通り越して呆れすら感じた。
この女もまだ使えると思ったが、自分の思い違いだったらしい。
彼はクリスティーナの髪を放すと、止めを刺すべく強烈な雷を落とした。
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