第153話 炙り出し
「冒険者ですね」
現れた冒険者は四人。二人が剣士、魔導士と僧侶が一人ずつの編成だ。
軍師ディルナーグの青龍偃月刀が、斬りかかろうとしていた剣士を、二人同時に真っ二つに切り裂いた。
「粗悪な装備。切るのは容易いか」
どさり、と剣士の死体は落ち葉の上に転がった。クリスティーナが全力で振った長剣とほぼ同じ威力の攻撃を、それよりも長いリーチで繰り出せる。並の冒険者など敵ではなかった。
「こんな強いなんて、聞いてない!」
前衛二人を一瞬のうちに失った冒険者パーティは、戦闘を止めて逃走し始めた。
「逃がさん!」
ディルナーグは素早い動きで僧侶と魔導士の背中を追い、まず僧侶の首をはねた。さらに若い魔導士の脹脛に一太刀浴びせ、そこに転ばせる。魔導士の上げた苦しそうな声が、ジュリウスの耳にも届く。斬られた箇所を手で押さえても、血はなかなか止まらない。痛みと恐怖で彼女の表情はぐじゃぐじゃに汚れ、涙をこぼしながら近づいてくるディルナーグを見上げた。
「お願い、助け――」
その刹那、無情にも彼女の脳天に青龍偃月刀が突き立てられる。これが最後の一人。冒険者パーティは全滅し、周囲は不気味なほど静かになった。
「死人に口無し。これで我々の居場所が伝達されるのを遅らせることができました」
「こいつらが、冒険者……」
すると、ディルナーグは倒した冒険者から身ぐるみを剥ぎ取り、血の汚れが少ないものを選んで自分の身に纏った。
「殿下も彼らの適当な装備を羽織ってください。そんな高貴な服装では目立ちます」
「あ、ああ。そうだな……」
今の自分たちは王城から逃げ出したときの装備のままだ。森林や田舎町を歩くにはあまりにも雰囲気が合わず、他人の目を引いてしまう。
自分と背丈の近い魔導士のマントを取り外そうと、ジュリウスは彼女の首元に手をかけた。
そのとき、彼女の首元からロケットペンダントがポロリと落ちて来る。そこには家族写真らしきものが嵌め込まれており、ジュリウスはそれを見てしまった。
「あ……」
写真の中の魔導士の横に、弟らしき幼い男子が写っている。
この魔導士には稼ぎを持ち帰らなければならない家庭でもあったのだろうか。彼女の帰りを待っている家族でもいるのだろうか。
この娘は帰ることができなかったのだな、と感慨に浸る。
「早く行きますよ。血の匂いに釣られて、モンスターが集まってきます」
すでに岩陰から何匹かの小型肉食獣がこちらを見つめ、涎を垂らしていた。
ジュリウスたちが死体から遠ざかると、彼らは一斉に集まって屍肉を食らい始める。牙と爪で腹を破き、その中から内臓を引き摺り出す。噛みちぎった一番大きな部位は、群れのリーダーらしき大きな個体が奪い取っていく。
ジュリウスは時折振り返りながら、その様子を遠くから見ていた。
こうしなければ、私たちが死んでいた。
そう自分に言い聞かせても、拭いきれない罪悪感がどこかにある。あの写真の中の弟に、自分を重ねてしまったのだ。
ジュリウスもかつては、姉を慕う弟だった。いつもクリスティーナの後を追い、「遊んでほしい」とねだる。
「こんなこと、したくなかったのに……」
「……」
ジュリウスたちはそれからも、待ち伏せをしていた冒険者パーティを二組ほど殺した。
* * *
ようやく森林を抜けると、そこには街が広がっていた。街道を使えばすぐに辿り着ける大都市だが、今回は移動に二日近く費やした。
主要な門には検問が敷かれており、察知されずに通過するのは不可能。結界の脆くなっている箇所を外から探し、そこから都市内へ潜り込む。
「あの屋敷か……」
ジュリウスの視界に、目的地である公爵家の屋敷が映る。古くから何代も王族に仕えている彼なら、きっと我々を助けてくれる――ジュリウスは藁にもすがる思いで門へ駆け出そうとした。
しかし、ディルナーグが彼の肩を掴み、近づくことを制止させる。
「あれは罠です。警備が手薄すぎる」
確かに、王都でクーデターという一大事が起きたのに、警備が強化されていないような感じがする。広い敷地の外周にたった数人。むしろ隙を見せているようにも見えた。
「しかし、罠ではない可能性も……」
「道中、あれだけ検問や冒険者を配置していたのに、この街中だけ人が少ないのも不自然だとは思いませんか? リミルも我々が側近の貴族に助けを乞うことくらい予想しているはずです」
そう言われても、ジュリウスはなかなか納得できなかった。こんな逃亡劇は早く終わらせたい。その一心から、焦る気持ちを抑えるのが辛かった。
「では、炙り出して見ましょうか」
ディルナーグは懐から通信用の式神を取り出すと、それに文章を書き込んでいく。
「私の持つ式神は王国の主要人物の屋敷や城へ届くよう術を仕込まれています。これを公爵家に向かわせてみましょう」
「何を書いているのだ?」
「この近くの検問に我々が引っ掛かり、至急増援が欲しいという旨を記しておきます。さて、どうなるか……」
彼女は魔力を込めて式神を投げると、鳥のように羽ばたいて屋敷の中へ入っていった。魔術プログラムに従い、ポストの中へ滑り込む。
「見てください、殿下」
しばらくすると公爵家の大きな門が開かれ、奥から兵士が飛び出した。各々武器を持ち、焦った顔で全力で駆けていく。
「行くぞ、こっちだ!」
「気を付けろ! 軍師ディルナーグは相当強いっていう話だぞ!」
「いいか! 絶対にジュリウスの首を持って帰れ!」
彼らは変装したジュリウスたちに気付くこともなく、横をドタドタと通り過ぎていく。検問を敷いてある方角に消えていった。
「彼らの装備は公爵家直属の騎士のものではありません。見慣れた顔ぶれもありませんでした」
「確かに、サーストランド公爵の護衛はもっと年老いた者が多かったような気がする……」
「愚直ながらも、若々しくやる気に満ちた兵士でしたね。我々に味方してくれる兵も、彼らを見習って欲しいものですが……」
「……」
「すでにサーストランド公爵はリミルの手中に落ちていたようです。ここで粘っても無駄でしょう。公爵は処刑されたか、寝返ったか、逃げたか……いずれにしても、今は我々に協力してくれることはないでしょうね」
一体どこまでリミルの手は伸びているのだろうか。
仕方なくジュリウスは踵を返し、結界の
「熱いスープが飲みたい……」
それからジュリウスたちは匿ってくれる貴族を探した。
しかし、なかなか出会うことができず、逃走と戦闘を続ける。
気が付けば魔族領の近くまで歩いていた。
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