第151話 まだ見ぬ化け物
冷えた空気に包まれた地下通路。
ジュリウスとディルナーグは魔力灯の淡い光を頼りに、石段をゆっくりと下っていく。どこまでも深い闇が続き、永遠に終点へ着かないのではないかと思える。
「この隠し通路の壁には、何重もの結界が埋め込まれています。破壊して突破するには、最低でも一週間の工事と莫大な費用が必要です」
「リミルは地下通路がどこに繋がっているのか知っているのか?」
「いいえ。知らないと思います。この通路の先を知るのは王族だけですから」
ジュリウスは時折、下ってきた道を振り返る。
婚約者のラナを城に置いてきてしまったことが心残りだった。
しかし、今戻れば確実に殺される。一緒に国を紡いでいこうと誓った彼女を助けに行けない自分が情けない。前へ進む一歩が重く感じる。
「ラナ様のことがご心配ですか?」
「当然だ。ラナはまだ城のどこかにいるはず。リミルたちに見つかれば、何をされるか……」
「リミルはこれまでの血筋による国政を取り止め、全て新しい体制に変えるつもりです。ラナ様は国政の大部分を担う公爵家の娘……排除すべき対象となっている可能性は高いですね……」
* * *
その頃、ラナは王城内に与えられた自室に閉じこもり、誰かが助けに来るのを待っていた。魔術による爆発音、誰かの断末魔。誰かが扉の外を慌ただしく走っていく。
「何が起きているの……?」
部屋には武器もなく、外に出るのは危険だった。衛兵に突然部屋に押し込められ、中から鍵をかけて騒動が収束するのを待っている。
婚約者、ジュリウスは無事だろうか。
そのとき、激しい衝撃音が周囲に轟き、扉が外から強引に外された。ドアの鍵がねじ曲がり、強い力が加わったことを示している。
「おっと、見つけたぜ! お姫様よぉ!」
ラナの部屋にズカズカと入り込んで来たのは、スキンヘッドの大男だった。その身長は二メートルを軽く超えている。顔にある髑髏の刺青が印象的だった。
彼の名前はドニー。
彼の肩には槌強化の精霊紋章が浮かんでいる。
ドニーはリミルに雇われた冒険者である。と言っても、彼は正規の冒険者組合には所属していない。ハワドマンの部下――国内で犯罪性の高い活動を行う非合法な闇組合に籍を置いていた。リミルがハワドマンのコネクションで呼び寄せたのである。
「だ、誰なんですか、あなたは!」
「ブラウンのロングヘアーに、琥珀色の瞳、銀の首飾り……間違いねぇ、お前がラナという女だな」
ドニーはラナの首をゴツゴツした手で掴むと、宙へ持ち上げた。
「あっ……くぁ、がっ……!」
「お前を投獄しろって命令だが、こんないい女をいずれ処刑するのは惜しいよなぁ」
ドニーはラナのドレスの胸元に手を入れると、下着ごと大きく破った。豊かな白い胸が露になり、彼女の首筋に冷や汗が走る。
そのとき、部屋の外を横切るリミルの姿が目に入った。ラナは咄嗟に大声を上げ、彼を呼び止める。
「リミル! リミル! これはどういうことなのですか!」
「私を虐げてきた王国に、裁きを下しただけです」
「まさか、この騒動の原因は――!」
「ええ。今後は我々がこの国の舵取りをさせていただきます」
リミルがクーデターを起こした――ラナは彼の言葉を半ば信じられずにいた。
ジュリウスの忠臣として何度も命令を遂行してきた彼が、急にこんなことを起こすなんて……。
「ジュリウス様は? ジュリウス様はどうなったのです?」
「処刑した――と、言いたいところですが、残念ながら逃亡しましたよ。婚約者のあなたを置いてね」
「ジュリウス様は生きている……のですね」
自分より他人の心配ですか――。
ジュリウスの生死を気にするラナに、リミルの眉がピクリと動く。なぜそこまで他人に親身になれるのか。リミルにはよく分からなかった。自分にあれこれ命令を出すだけの支配者を、守ろうとするなんて――。
「ラナ……あなたのような箱入り娘を見ていると、心底苛々させられる。継親や王族といった支配者に献身的な人間の心は理解しがたい」
「継親? リミルは養子だったのですか?」
「私は幼い頃、大切に育ててくれる親もなく、虐げられて何度も死ぬような思いをして過ごしてきたのに、あなたにはそんな経験が一切ないでしょう?」
「私だって、そんな思いをしている子どもたちは救いたい! あなただって――!」
「残念ながら、虐げられている人を救うには力が要るのですよ。あなたや王族が使うような言葉や財力だけでは解決できないことも多いのです」
「そんなこと……!」
「だったら、今のあなたの状況を、自分の言葉で変えてみたらどうです?」
ラナのスカートもパンツもドニーに破かれ、ほとんど全裸状態だった。ドニーも下半身を剥き出し、その場で犯す体勢に入る。
「私の言いたいことを、少しは理解していただけましたか、ラナ?」
「いやっ! やめて! お願い! あっ――!」
ドニーはラナの言葉で止まるほど心の広い男ではなかった。痛みと悔しさで、ラナの瞳から涙が滝のように流れ落ちる。ジュリウスだけに捧げるつもりだった純潔が、今この瞬間に暴力的で醜い大男によって汚された。
「ハハッ! さすが貴族の箱入り娘だ! そこらの風俗嬢よりも上等な体をしてやがるぜ!」
「うぐっ……ひぐっ……!」
「おい、他に性欲に飢えてる兵士はいないか? 城を制圧できた褒美に、好きなだけヤらせてやるってな!」
次々と向けられる獣のような視線。脱ぎ捨てられる鎧。すでに彼女の周りには、下半身を露出した男性が何人も待機していた。
一体、いつになったら彼女の地獄は終わるだろうか。
心が壊れていくラナを一瞥すると、リミルはその場を離れ、城のラウンジに向かっていく。
「これで一応、この国の中枢を掌握したことになるのですが……」
リミルは窓辺に腰かけ、部下と共に王都の街を眺めた。あちこちにリミルの部下やゴーレムをパトロールさせ、治安が悪化することを防いでいる。今は反発している国民も、時間が経てば徐々に受け入れてくれるだろうか。大きな問題が起きなければ良いのだが……。
「それにしても、計画の実行するタイミングが早すぎましたかね……」
「そうですか? リミル様は処刑を免れましたし、最高のタイミングだと思いますが……」
「ディルナーグが予想以上に証拠を集めるのが早く、この計画を前倒しで発動しなければなりませんでしたが、本当はもう少し余裕が欲しいところでした。私が不安なのは、先日の集落が森林になった事件ですよ。あの犯人は未だ掴めていません。今もどこかに息を潜めて、あれと同じことを起こそうとしているのではないかと思うのです」
山間の集落が一夜にして森林になり、住民が一人残らず消えた事件。あれの捜査はまだ途中だった。原因を特定できていない以上、もう一度起こる可能性は十分にある。
「国を守る役目を担ってしまった以上、何か大きな問題が起これば我々が全ての責任を取らなければいけません。そうでなければ、民の不満は募るばかりです。せっかく国を奪い取れたのに、その犯人に崩壊させられたら元も子もないですからね」
* * *
深い森の中で、森人・ユーリングは空を見上げて深いため息を吐いた。
切り株の上に並べられた、種子の入ったカプセル。大量の魔力が凝縮され、木々を生い茂らせるときを今か今かと待っている。
「さて、体は直っただろう、ザンバ?」
ユーリングがツル植物で重いパーツを組み上げ、新型ゴーレム・ザンバの修復は着々と進んでいた。かつてカジとシェナミィに破壊された箇所を取り替え、弱点となったパーツをより強固なものに新調する。
ザンバは駆動部分を回転させ、自分の性能をチェックした。どんなゴーレムよりも圧倒的に速い動きで、あらゆる敵を一撃で仕止めるコンセプトで作られている。王国騎士団がゴーレムを何機出したところで、ザンバには勝てないだろう。
「もう少しだ。もう少しで人間族の国を滅茶苦茶にできる……だけど、最後の最大戦力がまだ揃ってない」
しかし、ユーリング最大の切札となる兵器は、まだ手元にはなかった。
あれさえあれば、どんな人間族の兵器も簡単に退けることができるのに――。
「そろそろ、あれの回収に向かうか……」
修復された魔槍を握ると、ユーリングはどこかへ歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます