第91話 ギルダ様の検問

 その頃、王国国境付近にある森林地帯では、ギルダによる侵入者の監視が続けられていた。


 倒木に座るギルダの背後には、木々に吊るされた冒険者の死体。集まった屍喰鳥に突かれ、体中穴だらけだ。もちろん彼らはギルダに殺害された者たちである。


 ギルダの部下であるダイロンも、女性冒険者を何度も犯して玩具のように遊んでいた。あまりの激痛と恐怖に悲鳴を上げることもできず、人形のように彼を受け入れるしかなかった。


「はぁぁ……」

「どうしたんだギルダぁ。溜め息なんか吐いて」

「どうもなぁ、イマイチ盛り上がらないのよ」


 あれから、クリスティーナはどうなったのだろうか。

 先日の戦いで、敢えて彼女を殺さなかったのは、彼女の弟ジュリウスが姉を疎ましく思っているという情報を耳にしたからである。

 ギルダが生存している事実が確定すれば、ジュリウスはそれをネタにクリスティーナを王女の座から引きずり下ろそうとするのではないか。


 後は大体、ギルダの予想通りになった。クリスティーナはジュリウスの命令で捕らえられ、罪人として牢獄へ入れられた。そこから逃げ出したのは少々予想外ではあったが、これでさらに王国内に混乱が広がるはずだ。

 ジュリウスはクリスティーナに復讐されるのを恐れているはず。高い懸賞金を提示して追跡させてはいるものの、自分を恨んでいる王国最強の騎士が野放しになっている状況に気が気ではないだろう。

 後ろに吊るした冒険者も、元王女を追ってこんな場所まで来たらしい。近くで目撃情報でもあったのだろうか。


 ギルダが懸念しているのは、未だに彼女の行方が掴めないことだ。時期的に見て、単独で国内を逃げ回るのは限界に来ているはず。

 どこかの王国貴族に匿われているか、それとも人知れず孤独に死んだか。それとも――。


「まさか……な」


 クリスティーナを魔族の誰かが匿っているなんて、そんな馬鹿なことはないだろう。アルティナからは抹殺命令が出されているし、クリスティーナも魔族を嫌っているはずだ。

 ギルダは酒をグビグビと飲み干し、大きく溜息を吐いた。国境警備なんて退屈な任務、飲まなきゃやってられない。こんなもの、カジに全部一人で任せておけばいいのに。


 そのとき、ギルダは遠くに動く人影に気付いた。


「おいおい、何だありゃぁ……」


 ギルダの視界に映ったのは、魔族領に向かって歩いてくる角の生えた巨人――オーガの群れだった。目が血走っており、異様に筋肉が盛り上がっている。


「オーガか、もっと寒い地域に暮らす種族なんだがな……」

「何か、アイツら……イヤな匂いがするだぁ」

「戦う準備を整えとけよ。俺様も嫌な予感がしてきた」


 オーガの群れは徐々に国境へ近づいていた。このままでは警備隊の前線基地にぶつかってしまう。


「ったく、仕方ねぇな」


 ギルダは木から木へ飛び移り、オーガたちの前に降り立った。

 彼らの不気味な雰囲気にあまり近づきたくはなかったが、国内で何かあってはさすがに責任が重くなる。いつでも剣を抜けるよう、指先を柄に軽く添えた。


「おーい、止まれ! ギルダ様の検問だぞ?」

「グオオオオオオオオオッ!」


 大気を震わせるほどの咆哮が、森林一帯に響き渡った。一斉に樹上から鳥が羽ばたき、オーガの目が一層殺気を帯びる。

 突然オーガは走り出し、ギルダに向かって飛び掛かってきた。


「やっぱりそう来るか……!」


 ギルダはオーガの巨体から繰り出された蹴りを回避すると、瞬時に腰の鞘から魔剣を引き抜いてその軸足を切断する。バランスを崩し、落ちてきた胴体をさらに切り刻む。鮮血が弾け、地面にビシャリと飛び散った。

 続いてギルダを掴もうとしてきた別個体の腕を切り落とし、跳び上がってその顔に強烈な一太刀を浴びせる。しかし、オーガは一切怯むことなく、ギルダに立ち向かおうと残っている腕を伸ばした。


「こいつら、痛みを感じてねぇのか?」

「ギルダ! オデも戦うだぁ!」


 ダイロンは犯していた女性を投げ捨てると、木陰から飛び出し、オーガにタックルを食らわせた。巨体同士のぶつかり合いで木々が薙ぎ倒され、地面に積み重なっていた枯葉が舞い上がる。ダイロンはオーガの頭を両手で掴むと、力を込めて首を捻り折った。

 オーガの群れはダイロンに集中し、囲んで殴っていく。その際の傷は再生能力で塞がれてはいるが、多勢に無勢、ダイロンは太い腕で顔を隠し、防戦を強いられた。


「ギ、ギルダぁ! どうにかしてくれぇ!」

「ったく、今助けてやるからな」


 そのとき、ギルダはうつ伏せに倒れ込んだオーガの死体を見て、違和感を覚えた。


「何だ、この機械みたいなのは?」


 オーガの脊髄に沿って謎の装置が埋め込まれている。これが狂乱の原因だろうか。

 こんな装置を作る技術力があるとしたら、魔族か人間族のどちらかだ。オーガが王国から魔族領へ向かっていることを考えると、人間族が彼らを差し向けた可能性が高い。


「やれやれ、ひでぇことをしやがる」

「ギルダ、早くぅ!」


 しかも、来客は彼らだけではなかった。


「また妙なのが来たな……」


 遥か遠くに感じる膨大な魔力の塊。

 クリスティーナよりも魔力量が上のようにも感じるそれは、おぞましく、かなり歪なものに見えた。混合獣キメラを連想させるグチャグチャとした構成で、全く魔力の調和が取れていない。

 戦闘経験豊富なギルダも、こんな奇異な魔力を感じたのは初めてだった。


「こいつが大将、ってわけか」


 ギルダの前に現れたのは、街を襲撃した際にクリスティーナを守ろうと飛び出してきた青年――剣士カイトだった。

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