第82話 運命の再会
「……クリスティーナか?」
暗夜の森林から聞こえてくる足音に向かって、カジは声を上げた。
落ち葉の踏まれ方や歩くスピードからして、おそらく若い女性だろう。
すでに日は落ちている。星明りは樹上に生い茂る木葉に遮られ、周辺の森林はかなり視界が悪い。しかも、肉食モンスターだって徘徊している。普通の人なら避けようとするはずだ。
そんな危険地帯を一人で歩いてくるなんて、単独で依頼をこなす一匹狼な冒険者か、何か他者を避けなければいけない事情がある犯罪者のどちらかだろう。
「そこにいるんだろ? さっさと出てきたらどうなんだ?」
カジの視線の先は、大木の幹。魔族のカジには分かっていた。その裏側に膨大な魔力の塊が佇んでいるのを感じる。精霊紋章二個持ちクラスの、上級戦士だ。
「やはり、お前たちはここにいたんだな……」
ようやく、彼女はゆっくりと陰から姿を現した。外套は泥だらけで、浮浪者のようだ。
クリスティーナの表情は酷く疲れているように見えた。以前の威厳に満ちた覇気は消え、悪霊にでも取り憑かれたかのように顔色が悪い。金色の髪はボサボサに乱れ、艶やかさを失っていた。
これでは、まるで別人だ。
「カジ……」
「どうした?」
「少し……休ませてほしい」
久し振りに聞いたクリスティーナの声は、死ぬ間際にある蚊の羽音のように弱々しくなっていた。ふらふらとした足取りで、カジに近づいていく。
やはり、この拠点へ来るまでに色々なことがあったのだろう。
このとき、カジとクリスティーナは、あまり敵意を持っていなかった。
今ここで戦ったら、互いに無事では済まないことは分かっていた。勝ったとしても、互いに得るものも少ない。王国を追い出されてしまった彼女の首は、以前よりも価値が下がっている。クリスティーナもカジの首を持ち帰ったところで王国に戻ることはできないだろう。
クリスティーナはおもむろに丸太に座り込み、深く息を吐いた。目を瞑り、俯く。
カジとシェナミィも彼女と向かい合うように座り、その間に火を焚いた。夜風に冷えきった体を温めてほしいというおもてなしだった。
「あのぉ、キノコ茶でも飲みます?」
「ああ、ありがとう……」
シェナミィは焚き火で鍋に入れた水を温め始める。この森で採れたキノコを乾燥させたものを湯の中に放り込み、しばらく待つ。
「それでクリスティーナ、どうしてここに来た?」
「ここなら、ジュリウスの力が及ばないと思ってな……」
「ああ。あの新しい王のことか」
すでにクリスティーナの弟であるジュリウスは国内外に即位を発表し、盛大に式典も開いた。当然、そのことはカジの耳にも入っている。
彼女の排斥が短期間でここまでトントン拍子に進んだのは、予めジュリウスが各方面に手配していたからだろう――カジの目から見れば明らかだった。高い懸賞金が提示され、盗賊や冒険者までもが彼女を狙っている。彼女が王国内の街に潜むのは危険だった。
「これからお前はどうするつもりなんだ?」
「本音を言うと、先が見えないんだ。これから何をすればいいのか分からない……」
「まあ、それもそうだよな……」
「カジ、私はどうしたらいいと思う?」
クリスティーナはかなり自信を失っていた。爛々と輝いていた目は生気を失い、捨てられた子犬のように悲しげだ。
「ジュリウスやその周りの連中に好き勝手弄ばれるのは、絶対に御免だ……」
「だったら、いつもみたいにお前の力で捻じ伏せればいいんじゃないのか?」
「駄目だ……アイツには敵わない。あんな化け物……どうやったら……」
「アイツ?」
かつてカジと鎬を削るような戦いを繰り広げ、ギルダを二度も殺した王国最強の女騎士が、何かに酷く怯えていた。凍えているかのように声が震え、自分の二の腕をぎゅっと掴む。
一体、何が彼女をここまで追い詰めたのだろう。
「リミルが連れてきたという外科医だ。名前は、ハワドマン」
「ハワドマン……?」
「ヤツと戦ったときのことを思い出す度に、手が震えるんだ……」
外科医ハワドマン。
カジもその名を聞いたことがあった。以前、ギフテッドが拉致されて行方不明になっている事件を調査した際、尋問した盗賊から出てきた名だ。尋問の直後、その盗賊の男はハワドマンの存在に怯えながら自害した。
あれからハワドマンに関する情報を魔族はなかなか掴めず、本当にそんな人物が実在するのかすら疑わしかったが、クリスティーナの挙動を見る限りどうやら実在するらしい。
「珍しいな。お前ほどの騎士が弱音を吐くなんて」
「私の剣を全部見切っていて、一太刀すら与えられなかった。アイツは……本当に危険なんだ」
「お前が出会ったハワドマンとかいう外科医のこと、詳しく聞かせてくれないか?」
こうして、カジとクリスティーナは再会したのだった。
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