第66話 礼儀正しいけど腹黒いヤツ
その頃、街の外では王国軍の動きがあった。
「久し振りですね、ウラリネ」
「リミル……来てくれましたか」
日が落ちた野原。
砦奪還作戦に出向いていた勇傑騎士リミルが、何人もの騎士を引き連れて街の外縁部に戻ってきたのだ。
兵士たちの顔色は暗く、負傷している者も多い。松明に照らされた彼らの姿を一瞥し、ウラリネは「砦の奪還で大きな被害が出たのだろうな」と悟った。
「カジとギルダの両方が現れたかもしれないとあっては、砦奪還よりも戦力が必要かもしれませんからね」
「ありがとう。助かるわ。でも、あなたが参加していた奪還作戦は大丈夫なの?」
「残念ながら、砦の奪還には失敗しました。突入したらそこはもぬけの殻で、遠隔で魔法陣を起動されて砦ごと木端微塵ですよ」
結局、砦は王国軍の目を引き寄せるための囮に過ぎなかったのだ。多くの魔族が陣取っているように見せかけられ、兵器だけがごっそり奪われていた。
現在、その兵器は街の襲撃の戦力に回され、王国民を苦しめている。その事実に、ウラリネは唇を噛み締めた。我々が砦を奪われなければ、この惨事も防げただろうに。
「なるほど、この街でそんなことが……」
「被害が甚大過ぎて、私たちと冒険者だけでは抑え切れないの。あなたの力を借りたい」
「民を守るのは、我々の義務です。力をお貸ししましょう」
「ありがとう、リミル!」
早速、ウラリネは敵部隊の偵察に取り掛かる。
遥か遠く、街から走って出てきた魔族の赤く光る瞳が森の中へ入っていく様子が見えた。その数からして、かなり多くの魔族が逃げ込んでいるようだ。
その光景に、ウラリネは少し胸を撫で下ろした。きっと、クリスティーナが彼らの司令塔を討ち、魔族の部隊を退却させたのだろう――と。
街の外縁部では、帰還した騎士団が避難者の救護を開始している。水魔術を使える者は建物の消火活動を、治癒術を使える者は怪我人を治療していく。負傷者の集められた野戦病院の中には、ウラリネと一緒に森へ潜った僧侶プラリムの姿も見えた。
ここは、彼らに任せておけば大丈夫だろう。
ウラリネは弓を持って街内に足を踏み入れ、クリスティーナの捜索を開始した。
「クリスティーナ、どこですか!」
屋根に飛び上がり、街の中を見渡す。どこもかしこも、人間の死体だらけだ。
やはり、ギルダは復活したのだろうか。
悪童が通った道や村々はこうなるとよく言われている。武器を持たない人々まで徒に傷つけるため、普通の魔族との戦闘よりも犠牲者数が増加しやすいのだ。
そんな最中、ウラリネは大通りに動く山のような影を見つけた。揺れる炎の光に照らされ、肌の表面がでらでらと不気味に反射している。
あれは、何だろうか。
よく見れば、それは醜い顔をした巨人で、息を荒くしながら必死に誰かを貪るように犯している。金髪の美女。巨人の腰に押されるように、豊満な胸を揺らしていた。
「クリス……ティーナ?」
最初、普段の雰囲気とはかなり違うため全然気づかなかったが、女はクリスティーナではないだろうか。
ウラリネが頭の中に描いていたのは、ギルダとカジを滅し、高く剣を掲げ勝ち誇るクリスティーナの姿だ。
しかし、実際にはそれと真逆の光景が目の前に広がっている。扇子を広げて高らかに笑うギルダに、醜く巨大な亜人種、その化け物に犯されているクリスティーナ。彼女はぐったりした様子で抵抗することもなく、ダイロンを中に受け入れていた。
「嘘よ……あんなの……!」
どうか、これは幻覚であってほしい。
今までウラリネはクリスティーナの強さと気高さに憧れ、長い間彼女の傍で仕えていた。王国を守る仲間として信頼し合い、切磋琢磨してきたつもりだ。クリスティーナの近くにいられることを、誇りにも思っていた。
しかし、今のクリスティーナには王女らしい気品の欠片もなく、どこまでも淫らで下品だった。あの女は本当に自分の憧れていたクリスティーナなのだろうか。
ぐちゃぐちゃに汚された敗者。巨人の足元では、ギルダらしき魔族が扇子を広げて踊っている。一体、王国最強の騎士である彼女が何をどう間違えたら、あのような凌辱を受ける状況が生まれるのだろう。
地獄絵図のような光景に立ち眩むウラリネの横に、リミルが現れた。
「ウラリネ、あれがクリスティーナ様ですね?」
「ち、違う……だって……あんなの」
「ですが、胸元に同じ精霊紋章が二つ見えます。状況からして、クリスティーナ様以外にあり得ないでしょう」
シングルアビリティ・ダブルフォースであることを示す精霊紋章が、淡く青白い光を発している。二個の同じ精霊紋章を持つ者など、クリスティーナ以外滅多にいない。リミルも彼女が魔族の軍勢に敗北するなど考えていなかったが、この現実を受け入れるしかないだろう。彼は冷静に、巨人の性行を眺めていた。
「あの巨人の横にいるのがギルダでしょうか?」
「多分……」
「では、早く討伐しなければなりませんね」
リミルは狼狽えるウラリネを置いて屋根伝いに走り出す。狙うは、死角への一撃。
屋根の縁で大きく跳ぶと、ギルダの背後へ斬りかかった。
「ダイロン、祭りは終わりだ」
「オデ、もっと楽しみたいだぁ!」
「俺も楽しみたいがな、面倒なヤツが来るぞ」
ギルダは扇子をパチリと閉じると、勢いよく刀を抜いた。直後、ギルダとリミルの刃がぶつかり合い、互いを後方へ弾き飛ばす。
「その顔、手配書で見たな。勇傑のリミルってヤツか?」
せっかくクリスティーナが犯されて気分が良くなっていたところを邪魔するなんて、無粋な野郎だ。
ギルダは自分を襲ってきた金髪の騎士をギラリと睨んだ。
「ええ。そう言うあなたこそ、ギルダとかいう無法者ですか?」
「だったら何だ?」
「先ず、あなたを斬ります」
リミルは涼しい顔で、もう一度ギルダへ斬りかかる。それをギルダは鎬で防ぎ、素早く反撃を繰り出すもリミルはすでに距離を取っていた。
常に浮かべているポーカーフェイスが気に食わない男だ。奥の手を隠していそうで、ギルダはより一層攻撃に注意を払った。
リミルはクリスティーナと比べると明らかに強さが劣るが、それでも彼はギルダと同等ほどの腕を持っている。相手を一方的に打ちのめす快感のない一進一退の攻防に、ギルダは苦虫を踏み潰したような顔をした。
「てめぇ、俺の嫌いな匂いがする」
「と言うと?」
「普段は礼儀正しそうなくせに、腹の中は真っ黒なヤツの匂いだよ。お前の太刀筋に、隠し切れない性格が出てるぜ」
「さぁ……何のことか分かりませんね」
「分かるんだよ! 何人もの騎士と殺り合ってきた俺様にはなぁ!」
腹黒い連中は、ある意味カジやクリスティーナよりも厄介だ。意図が分かりにくく、次の動きを読みづらい。
一方、そんな激しい戦闘が足元で繰り広げられているにも関わらず、ダイロンは未だにクリスティーナを犯し続けていた。
しかし、その性の快楽にも突然終わりが訪れる。刹那、ダイロンの両目に突き刺さる二本の矢。
「クリスティーナ様をその汚い手から離しなさい!」
「いででで!」
クリスティーナの姿に動揺していたウラリネもようやく冷静さを取り戻し、屋根の上からダイロンへ次々と矢を放った。顔を重点的に、矢がドスドスと剣山のように立ち並ぶ。
「この女は、絶対に、離すもんかぁ!」
ダイロンの驚異的な再生能力により、矢で作られた傷は一瞬にして修復されていく。ウラリネの魔力で形成された矢は消失し、ダイロンの顔には何も残らない。彼はクリスティーナを掴み続け、顔をもう一方の腕で隠した。
この結果に、ウラリネは唇を噛み締める。
彼からクリスティーナを剥がすためには、何か決定的な破壊力を持つ攻撃を与える必要があった。
このとき、ダイロンは気づいていなかった。彼の背後に、もう一人、別の女性が攻撃を仕掛けようとしていることに――。
「アタシの、両親の仇――!」
かつてダイロンに故郷も家族も友人も奪われた少女、アリサ。巨大な火球を形成した彼女が、それを発射せんと殺意を昂らせていた。
「死ねええええええええッ!」
次の瞬間、オレンジ色の閃光がダイロンをクリスティーナごと包み込んだ。
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