第61話 乙女の秘密が暴かれる

 拳のメリケンサックと、青く輝く長剣がぶつかり合い、火花が散る。

 カジとクリスティーナは民家の屋上で、自分たちの因縁に決着をつけようと奮闘していた。カジがやや優勢。クリスティーナは彼の拳に押し戻され、屋上の隅に追い詰められる。


「どうした、王国最強の騎士ってのは、そんなもんか?」

「いいや……やはり、貴様は本気を出すのに相応しい相手かもしれん。どうせならギルダから先に潰したいところだが、そうも言ってられんようだ」


 そう言うと、クリスティーナはその場でミスリルの鎧をバサリと脱ぎ捨てた。


「は……?」

「どうした、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているぞ?」


 王国軍の装備の中でトップクラスの防御力を誇る武具を戦闘の最中に捨てるとは、頭がおかしくなったのだろうか。

 彼女の謎の行動に、カジは思わず固まってしまった。


 しかも、クリスティーナはそれだけに止まらず、その下に着込んでいた服すらも大きく破いた。ビリリと音を立てて、首元から大きく裂ける。


 やがて、隠し切れなくなった豊満な乳房が露出する――はずだった。


「こんな見苦しい姿を晒したくはなかったがな」

「な……!」


 そこにあった光景に、カジは絶句する。


 彼女の全身に絡まる、眩い黄金の鎖。

 それはかつて、カジの腕に絡みついた魔導具『鎖抑金』――触れた部位の魔力や筋力を抑え込む能力を持っているものだった。

 そんなものが、胸から足先まで、ほぼ全身を覆っている。


 つまり、彼女は自分の力を抑えた状態でこれまで戦ってきた――ということだ。


 驚くのは、常人なら意識までもが抑え込まれてしまう量の鎖を身に着けているにも関わらず、彼女は普通に剣を振り、高い身体能力まで見せつけていることだった。


 彼女はここまで抑えてきた能力を解放するつもりだ。


 厄介な相手が、さらに強化されたら――。

 王女の鎖を巻きつけた姿に、カジは蛇に睨まれた蛙のように逡巡とした。


「お前がこの姿を拝めるのは、これが最初で最後だ」


 クリスティーナは身に着けているネックレスを引き千切ると、その先に吊るされていた鍵を自分の胸元へ差し込んだ。そこには鎖の中心である錠前があり、それを解けば鎖が落ちる仕組みになっている。


「開錠」


 クリスティーナは鍵を回した。

 ゴトリと音を立てて落ちた錠前。

 遅れて、鎖抑金もボロボロと崩れた。


 その瞬間、場の空気が一変する。

 まるで、魔力そのものの塊が、カジの目の前に迫っているようだった。ビリビリと衝撃のようなものがカジの全身を襲う。


「チッ……人間風情が、これだけの力を持てるもんなんだな」


 それは、人間という種族からは感じたことのないほどの気迫だった。


 カジの視界を奪ったのは、クリスティーナの豊満な胸。

 大きく膨れた丘に、精霊紋章が二つ光っている。剣術強化を示す、同じ模様の紋章だ。

 シングルアビリティ・ダブルフォース――一つの能力に特化した、極めて稀なギフテッド。


 鎧も鎖も脱ぎ捨て、彼女の防具は下着とガーターだけの状態。しかし、彼女を捩じ伏せられるような気がしない。鎖を着けた状態ですでに手強い相手だったのに、全ての力を解放してさらに強くなっている。


 ギルダのヤツも、とんでもない化け物の怒りを買ってくれたものだ。

 昔、ギルダは王女の仲間に何やら襲撃を仕掛け、その数年後に復讐されたことは、カジもよく知っていた。ギルダがそんなことをしなければ、今の彼女はこんなにも力を手に入れていなかっただろう。


 カジはさらなる激戦に備え、拳を構えた。


 一方、下着姿になったクリスティーナも、目の前にいる魔族に対する殺意を昂らせる。


「シェナミィのために、潰す」


 クリスティーナの脳裏に浮かぶのは、カジに傷つけられたシェナミィの姿だった。

 自分の守らなければいけない民の命を弄ぶ魔族は、決して許さない――それが、ギルダに師匠を奪われたときに決意した生き方だ。


 溶岩のように煮え滾る怒りを胸に、クリスティーナはカジに向けて駆け出した。


「消え――」


 ようやく本気を出した王女の動きは、常人の動体視力では消えたようにも見えるだろう。

 王女は一瞬にして目の前にまで迫り、長剣を振り下ろそうとしていた。


「危ねェ!」


 カジは身を翻して回避したものの、すぐにクリスティーナが追撃を仕掛ける。一瞬の迷いも許されない。次から次へと来る攻撃を、カジは鍛え上げられた運動能力でほぼ反射的に跳んで避けた。


「やれ! ゴーレム!」


 カジを護衛するゴーレムは、彼女に狙いをつけて巨大な拳を落とそうとする。しかし、風のように素早い彼女に命中することはなく、足場の屋根を粉砕しただけだった。


「勝負の邪魔をするなッ!」


 瞬時にゴーレムの真上に跳んでいたクリスティーナが、剣を振り下ろす。

 ギルドマスターでも表面に傷を作るだけで精一杯だったゴーレムの装甲は、王女が剣をたった一振りするだけで、バターのように簡単に切り裂かれる。切断面を綺麗に覗かせながら倒れ、凄まじい轟音を立てて爆発した。


 王国軍最強の兵器とも謳われるゴーレムが、こんなにもあっさりと倒されるなんて……。

 王女の攻撃力と敏捷性がかなり増している。


「貴様は、私がこの手で、正々堂々潰してやる!」

「お前は面倒な女だな!」


 先程まで優勢だった戦況は変わり、今度はカジが追い詰められようとしていた。

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