第72話 噂の武器商人

 とある地方都市の一角に、リミルは訪れていた。彼はフードを深く被り、通行人の誰も彼が勇傑騎士であることに気付かない。


 人目を避けるように、路地裏を通る。空が灰色に曇っているせいか、余計に道が暗く見える。表通りの喧騒は消え、別世界に足を踏み入れたような感覚だ。


「ここか……」


 リミルが立ち止まったのは、武具屋の看板が立てかけられた店の前。奇抜な色の提灯や奇妙な形をした置物が並び、異国の雰囲気を漂わせている。


「お邪魔します」

「いらっしゃいませぇ」


 店の奥からリミルを出迎えたのは、店主の中年男性。やや汚れたエプロンに、厚手の手袋。刀や槍、弓といった数々の武器に囲まれた部屋を、パタパタと走ってくる。


「これはこれは、勇傑騎士のリミル様ではありませんか」

「……」

「また先日の戦いでご活躍されたそうですね。同じ王国民として誇り高いですよ」

「そんなお世辞は不要です、ドレイクさん」


 その店は、王国各地を飛び回って冒険者へ武器を売り捌く商人――ドレイクの本店だった。


「この店で自慢の武器を見せていただきたい」

「どうぞどうぞ、こちらですよ」


 ドレイクは店内を駆け、とある剣の前で止まった。値札に記されているのは、一般庶民には手の届かない値段。ドレイクはそれを壁から取り外すと、リミルに手渡した。


「いかがですか、こちらの聖剣は? 魔族領でしか採取できない稀少なアルマコランダム鉱石を配合した鋼で鍛えられていて、加護を持つ者ギフテッドの能力を極限まで――」


 しかし、リミルはドレイクの説明を遮り、その聖剣を突き返した。


「こんな玩具は要りません」

「この最高級宝具を『玩具』扱いですか?」

「あなたが隠している、もっと狂気に溢れた商品を見せてくださいよ、ドレイクさん。いや――」


 一瞬、リミルは不敵な笑みを見せた。


「外科医ハワドマンと呼んだ方がよろしいですか?」


 闇外科医ハワドマン。

 盗賊や暗殺者に向けて表には出せない違法武器を売り捌く闇医者だ。表の顔はどこにでもいる普通の武器商人であるが、裏の顔は謎のベールに包まれている。

 リミルは情報を寄せ集め、ようやく彼の正体に辿り着いた。


「おや、そちらの名前をご存知でしたか。ということは、あなたは私を逮捕しに来たのですか?」


 武器商人ドレイク――否、外科医ハワドマンは「やれやれ」と手を振り、リミルから一歩下がった。


「いいえ。私は客として参りました。あなたが裏で販売している商品を見せていただきたい」

「ほう、これは意外ですな。まさか勇傑騎士ともあろうお方が、そっちの商品を買おうだなんて……まさか、証拠として押収するつもりではないですよね?」

「それが目的なら、最初から他の騎士を引き連れて倉庫へ突入していますよ」

「それもそうですねぇ。いやぁ、あなたのような軍人ほど恐い生き物はいませんよ」


 ハワドマンは玄関の扉に鍵をかける。床を靴でトントンと叩くと、フローリングが開き、地下室へ続く階段が現れた。


「こちらです」


 ハワドマンとリミルはゆっくりと階段を下っていく。壁には血痕や爪痕が残されており、何者かがそこから逃げようとしたことが分かる。


「さぁ、何をお探しですか?」


 鉄扉の先にあったのは、広い空間だった。いくつもの巨大な檻に、メスや注射器などの医療器具が転がる。むせ返りそうなほど血の臭いが充満していた。


「何ですか、あのモンスターは?」


 リミルの目に留まったのは、鎖に繋がれた巨人。筋肉が異常なまでに隆起している。檻の隅で蹲り、ハワドマンのことを恐れているのかブルブルと震えていた。


 あのモンスターはオーガだ。自然豊かな山奥に棲む稀少な種で、滅多に人前には現れないという。その性格はかなり狂暴且つ排他的で、縄張りを荒らす者へ容赦なく襲いかかる。

 しかし、目の前にいるオーガは、そんな伝記が嘘のように大人しい。


「ペイシェントオーガ。主の命令を何でも聞くよう調教しております」

「あの凶暴なオーガを、一体どうやってここまでしつけたのです?」

「薬ですよ、薬」


 ペイシェントオーガの周りには、大量の空き瓶が詰められた木箱が無造作に置かれていた。

 さらに、オーガの背中には金属のようなものが露出している。人工的に付与されたものであることは明らかだ。


「脊髄に麻薬を直接投与できるよう、背中に投与装置を埋め込んであります。麻薬が痛覚を麻痺させ、戦闘中は痛みを感じません。薬剤の効果が切れるまで、手足が千切れようが眼球が潰れようが暴れ続けます」

「それは恐ろしいですね」

「さらに筋力増強剤を投与してありますから、普通のオーガとは比べ物にならないほどの身体能力を持っています。都市を一つ壊滅させることなど容易いですよ」


 このとき、リミルはハワドマンに対して尊敬にも似た恐怖心を抱いていた。

 さすが闇の世界を統べる王。質的にも量的にも、これだけの戦力を個人で所有しているなんて、完全に頭がいかれている。ここにある兵器全てを一度に使用されたら、勇傑騎士団を全員集めても手に負えないだろう。


「では、こちらを全て購入します」

「お買い上げ、ありがとうございます!」


 ハワドマンは満足そうににこりと笑みを浮かべた。

 このオーガたちを何に使うのか。それを考え始めると、好奇心が止まらない。

 公の場で活躍する軍人がこんな兵器を購入するなんて、今の王国は水面下で非常事態にあるのだろう。クーデターでも起きたのか。


「それはそうとハワドマン、あなたに仕事の依頼がありましてね」

「どんな依頼です?」

「とある女性の分娩に立ち合ってほしいんです。きっと面白いものが見られますよ」


 リミルの提案にハワドマンは頷いた。

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