条件24 貴方たちは、どんな魔族になるのでしょうね
「な……なんだ……これ……っ! 」
思わずたたらを踏む。
腰が抜けた。
どうして俺の腕が、こんな風になってんだ。
いつ。
どうして。
こんな腕に。
「なるほどね。そういうワケですかい」
アルターの声が降ってきた。
思わず顔を上げる。
部屋にはアルター以外に立っている奴はいなかった。
俺がぼんやりしてるうちに、全員片付けたんだろう。
「え……」
呆然としていたからか。
アルターは頭をかき混ぜて、軽く溜め息をついた。
「お前は魔族なんだよ」
アルターが顎でリーダー格の男を示す。
「さっきも言ってだろ、あのオッサンが。この魔窟にいれば誰だって魔族になる。その上お前らは召喚陣のお眼鏡にかなった魔王と騎士だ。魔族にならねえ方がおかしい」
ふとシシリアの声が脳裏に蘇った。
『貴方たちは、どんな魔族になるのでしょうね』
——そうか。
あれは、そういう意味だったんだ。
指を動かしてみる。
関節を曲げると、肌の擦れる感覚がざらついている。
手のひらは牛皮みたいな薄黄緑。
まるで爬虫類だ。
なんてがっしりした手。
俺の今までの手と比べたら大人と子供よりも差がある。
……確かに俺の腕じゃ、あのナイフは弾き返せなかった。
そっと小さな白い手が添えられる。
「マーヤ」
「痛くは、ない……? 」
「それは大丈夫。ありがと——」
思わず言葉を飲み込んだ。
鱗の光る頑丈な腕。
そこに添えられたマーヤの手。
白くて。
何もないまっさらな肌。
見るからに柔らかそうな掌。
暖かい熱は、俺の親指くらいしか温められない。
「——……」
なんとなく、マーヤの手から逃げた。
「……」
マーヤも追ってこない。
微妙な空気が流れる。
と、アルターが言った。
「坊主。お前は
ドラゴニュート。
そうか。
この腕は竜のものか。
「でも、私はまだ外見は変わっていません」
マーヤが反論した。
「なぜリョータロだけが変化したのでしょう」
「うーん」
アルターは自分の顎を撫でる。
無精髭が木目の肌に擦れて、小さくざりっと音を立てた。
これが聞こえるのもドラゴニュートになったからなのかなぁ。
「きっかけは色々あるって言われるが……魔族になることを受け入れるか否かだってのが一般的かねぇ」
「え——」
マーヤが目に見えてショックを受けている。
「私はまだ……修行が足りないということですね……」
「ええと、お嬢ちゃん。なにが足りないって? 」
「私はまだ魔族になっていません。つまりまだ覚悟が足らないということではないですか」
確かに。
これだけ色々考えているのにな。
ぶっちょけ俺よりずっと魔王業に積極的だぞ。内容は魔王じゃないけど。むしろ反対方向だけど。
「あーえっと……変化にゃ個人差があるからなぁ。ま、早けりゃいいってもんでもねえ。自分のペースが一番ってもんだ」
アルターがこほんと咳払いをした。
意外に女子の涙目に弱いのかもしれない。
「だが一日で表面化するってぇのはかなり早い方だ。坊主。お前、
きっかけ。
何か腕にまつわるような……。
あ。
「そういや、朝から右腕が痒くて」
「脱皮の兆候だったんだろうぜ。んでもって、襲われそうになった時に、数段階ふっ飛ばしてドラゴニュートに変化したんだろうな」
火事場の馬鹿力ってことか。
もしくは夏休みの最終日の宿題マッハ片付け。
「しっかし——」
アルターが俺の右腕を見る。
正確には魔剣を。
「俺が見た限りじゃ魔剣の方が先に変化してたぜ。やっぱ自分の命を守らなきゃいけねぇ状況が、変化のきっかけだったのかね」
ナイフが降りてくる直前。
錆びた魔剣が刃を取り戻した。
でもその時、俺の頭にあったのは。
「……守りたいって、思った」
「ん? 」
「こいつが本物の剣になった時さ、俺、マーヤを守りたいって思ったんだよ。こいつの作る世界を見てみたいって」
隣でマーヤが息を飲んだ。
「リョータロ……」
アルターが暫く唖然としてから、頭をかく。
「マジか」
と彼は小さく呟いた。
そういえば。
マーヤを守りたいと思ったのも昨日の夜だっけ。
それが本当のきっかけだったのかもしれない。
(魔族であることを受け入れる、か)
つまりそれ、マーヤを守りたいって思いが、俺を竜人にしたんだろ。
確かにこの腕ならやれるかもしれない。
なら——上等だ。
やってやろうじゃねえか。
ふと俺は気がついた。
カタカタと何かが近づいてくる音がする。
「なあ、アルター。何かが近づいてくる」
「なんだって? 」
アルターたちには聞こえていないのか。
腕だけじゃなく、聴覚とかも敏感になってるんだな。
だから暗闇の中でも夜目が効いたのかも。
「車輪みたいな音だよ」
「ん、てことは……」
アルターが床に耳をつける。
一瞬、木男の肌と床の木目が繋がったように見えた。
「ああ。セバスチャンに頼んでおいた車だ」
「車? 」
「捕虜を収容所にまで運ばにゃならんのでね。——つっても、こいつらはその前に野戦病院行きですかい」
野戦病院。
収容所じゃないのか。
その違いは俺にはよく分からない。
けど、野戦病院ってことは。
「戦争してるのか、この近くで」
「国境ですからねえ。特にここ東の国境と、西の国境はいつでも限界態勢だぜ」
マーヤが顔を上げる。
「アルター。私も一緒に、彼らを野戦病院までお見送りしても構いませんか」
「お嬢、お見送りで済むんですかぃ?」
「す……済む……まない……かもしれないです…………」
「正直で結構」
段々小さくなっていくマーヤの声。
アルターがばっさり断ち切る。
「そんなの許すわけがねえ。——ってえ言うところですけどね、本来は」
本来は?
てことは。
「いいのか? 」
「坊主も来んのか」
当たり前だろがい。
「その代わり、俺の指示には従ってくださいよ」
アルターがマーヤに視線を合わせる。
「地獄を見ますぜ。それでもいいんだな」
「はい。そのために伺うのですから」
そのために……?
なんだろう。
「それに——ちょうどいいかもしれねぇしな」
アルターは言った。
「野戦病院に行きゃあ、その腕と
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