条件14 乳白色とピンク色 side.マーヤ


 俺の部屋はマーヤの隣だった。

「こちらが閣下のお部屋です」

 通された部屋にまごつく。

 なんだこの広さ。

 学校の教室の三倍はあるぞ。

 部屋に足を踏み入れようとした時。

「よう、フェンネルじゃねぇか! 」

 振り返ると背の高い快男児が駆けてくる。

「おや。帰還しましたか、ユリ——……ユリウス」

「おうよ! 」

 あれ。そのまま走って行っちゃった。

 ……俺のこと見えてんのかな。

 いや、あれだけ急いでる上に背が高ければ、俺なんか視界に入らないかも。

「ユリウスー! どちらへ! 」

「風呂だよ、風呂! もー汗かきまくってんだ」

 ユリウスが廊下の角に消える。

 その刹那、彼が上着を脱いだ。

 ——うわ、すごい筋肉。

 分かりやすくガタイがいい、ってわけじゃないけど。

 いわゆる細マッチョってやつなのかな。

「えっと……今のは? 」

 一瞬の嵐だった。

 残された方は嵐のあとの散乱って感じ。

「今のは我が軍の将軍が一人、ユリ——ユリウスです」

 とフェンネル。

 なんでユリ——のところで毎回止まるんだろう。


 フェンネルはそそくさと帰ってしまった。

 ぼすん、とベッドに体を預ける。

「……天井、高ぇ」

 ベッドはふかふかだ。

 こんな柔らかい布団、頼りなさすぎて眠れそうにないぞ。

(マーヤは隣の部屋か……)

 隣の部屋に通じる扉がやけに存在感を発してる。

 しかもこの扉、鍵がついていない。

 フェンネル曰く。

『何かあった時に馳せ参じるのが騎士ですから! 』

「いやまあそうだけども」

 俺はぼやいた。

 家が隣の幼馴染とはいってもだ。

 一つ屋根の下、隣の部屋に寝泊まりなんて初めてだよ。

 壁一枚隔てたらマーヤが寝てるんだぞ。

「……いやいやいや。部屋が同じよりマシだって」

 これでフェンネルに、

『御身をお守りするために二十四時間、陛下を見守ってくださいね! 』

 とか言われたら俺は死ぬ。

 現に今、隣の部屋にマーヤはいないし。まだ精神衛生上オッケーなライン。

 マーヤは風呂入るって言ってたっけ。

 魔王風呂があるらしいけど。

 どんな感じなんだろ。

 大理石の床とか。

 湯船の真ん中に噴水とかあったりして。

『安心せい小童——ブラジャーと未成熟な胸の——』

 セバスチャンの声が蘇る。

(マーヤはブラジャーと胸の間に若干隙間が……)

 ……。

「ぐあーー……」

 俺は枕に顔を埋めた。


 一方その頃。

「ふあぁー……」

 マーヤは満足げに歓声をあげた。

 大理石の湯船、乳白色のお湯。

 大浴場にはマーヤ一人。

 気持ちいい。

 マーヤは目を細めた。

 更衣室では「お手伝いいたします! 」と綺麗な女の人が二人待機していたが、マーヤは丁重にお断りした。

(あの方たちはお仕事だもの、お断りするのも申し訳なかったかなぁ。でも自分のために手を煩わせるなんて申し訳ないし、あと恥ずかしいし…)

 と、その時。

「? 」

 湯気が揺れた。

 誰かが来る。

 それは雪のような肌をした美少女だった。

 年の頃はマーヤよりも少し上くらい。

 サラサラストレートの薄桃色の髪が、湿気を含んで首筋に張りついている。

「お隣いいかしら? 」

「あ……はい! 」

 彼女はマーヤの隣に体を滑り込ませた。

 だだっ広い湯船に二人が並ぶ。

 お風呂には私しかいないし、お喋りしたかったのかな。

 それにしても、可愛いなあ。

 マーヤの頭の中を見透かしたのか。

 美少女はクスッと笑った。

 清楚系なのに、どこか小悪魔っぽさを唇に含む。

「私はユリア。あなたが新しい魔王さま? 」

「はい。今日なったばかりですので、ひよっこですが」

「あらそう? 魔族は魂よ」

 ユリアが首を傾げる。

「魔王になるのが不安?」

 乳白色の水面に、繊細な桃色の髪が揺蕩う。

「不安じゃない、と言ったら……嘘になりますね」

 するりとユリアの細腕がマーヤの腕を捉えた。

 お湯に滑って、ユリアの柔らかな弾力がマーヤの腕に当たる。

「大丈夫よ。私たちが支えてあげるわ」

「ユリアさん……! ありがとうございます! 」

「ふふ。可愛い子」

 マーヤの頬のラインをユリアが撫でる。

「私ね、今度の魔王様がどんな子か、ずっと考えてたの」

 ユリアの細い指から乳白色の水滴がしたたる。

 マーヤの頬に伝って、首から胸へと滑り落ちる。

「仲良くなりたいなーって。お友達になれたらいいなーって」

「お友達……」

 首に両腕が絡みつく。

 ユリアの弾力のある胸がマーヤに押し付けられる。

 接した部分が熱い。

 お湯だけじゃなく、じんわりと発した汗で肌が滑る。

「女の子ならいいなって思ってたの。ほんとよ」

「……ぅ」

 首筋を掠めたユリアの手に、マーヤはぴくんと身を震わせた。

「あ、あのぅ、ええと、」

(ちょっと距離が近い……それに、くすぐったい)

 この人なりのスキンシップ……なのかな。

 女子の友達も抱きついてきたりするもの。ユリアさん、女の子だし。

 でも私、そういうの慣れてないよ。

 どう反応したらいいのかわかんない。どうしよう。でもユリアさんを振り払えない。慣れてないのは私の都合だもの。

 ——この状況に慣れてる方が問題である。異世界に流された幼馴染の片割れがこの場に居たらそう言うだろう。

「んっ! は、ぁ……」

 湯船の下で、ユリアの指先がマーヤの薄い腹を撫でる。

 どきどきと心臓が脈を打って、知らず息が上がっている。

(慣れなきゃ……っ。スキンシップに!)

 ——慣れんでいい!

 どこぞの誰かの魂の叫びが聞こえてきそうだ。

「魔王様」

「は……はぃ」

 ピンク色の唇に犬歯が覗く。

「ね、女の子同士、仲良くしましょ」

 マーヤは笑顔で頷いた。

 息上がって少しふにゃりとしている。

 彼女は知らない。

 自分が今どんな顔をしているか。

「私こそ……お願いします」

「うふふ、素敵な魔王様! 」

 ユリアの真っ赤な舌が、蜜の滴るような唇を舐めた。

「じゃあ——いただきます♡ 」

「へ? なにを……はむっ!? 」

 ぴしりとマーヤは固まった。

(!!!? )

 ユリアの唇が、マーヤの唇を塞いだ。

「ん——」

 じゅる、と舌を吸い上げられる。

「! 」

「あら、閉じちゃった」

 ユリアが角度を変えた隙にぎゅっと唇を閉じる。

 だが次の瞬間。

「ふあぁっ!? 」

「うふふ。可愛い」

 ぷるぷると震えるマーヤの太ももを、ユリアが撫で上げた。

 驚いたマーヤの唇が開く。

 すかさずユリアが捉える。

「ん——ちゅ……は——ん、美味し」

 ユリアの舌が、マーヤの怯えた舌を捉えて引きずり上げる。

 ちゅぽん、と音を立てて吸い上げた。

「ぷはあ。——やっぱり魔王さまね! この魔力、とっても美味しいわ!」

「ふぇ……」

 キラキラと輝くユリア。

 一方のマーヤは何かなんだかわからずに呆然としている。

 否。真っ赤な顔で朦朧としている。

「魔王様が女の子でよかったーっ。ラッキー♡」

 その時。

「ユユユユリアーーーーーーーーーーーーっっっ!!!! 」

 聞き慣れた声が大浴場を切り裂いた。

「失礼します陛下! こちらにピンク髪の——ってあーーーーー!!! 手遅れ!! 」

「あらフェンネル」

「あら。じゃないですっ! 何てことしてんですか!! 」

 ざばっと音を立ててユリアが湯船から立ち上がった。

 ぱよんと揺れる、ふたつの膨らみ。

「なーによう。私はサキュバスなんだからとーぜんでしょっ」

 開き直ったユリアが裸のまま堂々と胸を張る。

「それにぃ、

「さ、さっき会った時はから安全だと!! 」

「油断大敵ね! ここに来る前に一人味見してきちゃった」

 さっき?

 ユリウスだった?

 味見?

 マーヤの頭の中にわんわんと二人の声が響く。

「はっ! 陛下! 陛下ご無事ですか? 」

 そういえば。

 フェンネルさんって結局、女なの、男なの?

「……はぅ」

 きゅう。

 マーヤは意識を手放した。


「あら。のぼせちゃった? ざんねーん」

「風呂場で襲われたらそうもなりますよ! 」

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