条件13 昼行灯とナイフ
間一髪。
煙で出来た妖精たちを蹴散らされる。
俺たちを助けた男が目の前に立っていた。
松明の逆光で顔が見えない。
でも。
——初めて、人間に会った。
一瞬、そう思った。
耳は丸い。ケモ耳も付いてない。
髪は栗毛の短髪。
肌は少し日に焼けているけど、白すぎず、褐色ってわけでもなく。
薄い顎髭と彫りの深さが余計に西洋の人間っぽい。
「ありがとう、ございます」
男は、俺の声に初めて俺たちを見下ろした。
その一瞬。
「……っ」
男の視線に、俺の背筋がぞくりとした。
逆光の暗がりで、眼だけがナイフのように鋭い。
思わず息を飲む。
「リョータロ? 大丈夫? 」
「あ、ああ。マーヤは? 怪我はねぇか」
「うん」
頭上で、ふ、と男が鼻で笑った気がした。
「どっちが騎士だかわかりゃしねえなこりゃ」
「! 」
はっとした。
低く、小さな一言。
聞こえるか聞こえないかの言葉。
それでも俺の耳には確かに届いた。
こいつ、どうして俺が騎士だってわかったんだ。
「ま、おれにゃ関係ねえな」
男がその手に持ったモノを肩に担ぐ。
長めで丈夫な棒だった。いわゆる棍棒ってやつだろう。
こいつで妖精を蹴散らしたらしい。
「おうい。書庫番の爺サマ。早番で眠いのはわかっけど、お仕事だぜえ」
「むにゃ……。——おお。アルターの小僧じゃあないかい」
「はいはい、おはようさん」
男が顔を上げたので、初めて顔がよく見えた。
……なんだ。人間じゃ、ない。
顔の半分は木みたいだ。
腕にも木目の模様がついてる。
「陛下、閣下、お怪我は! 」
よろよろとフェンネルが近寄ってくる。
「お、俺はないけど……マーヤは」
「私も大丈夫です」
二人を立たせると、フェンネルはほっとしたように男を振り返った。
「ありがとうございます、アルター」
……あれ。
フェンネル、こいつのこと信頼してんだ。
そうとわかるくらいほっとした声。
対してアルターと呼ばれた男が肩をすくめる。
「あっはっは。いやーびっくりしちゃいましたよ。通りかかったら騎士サマが襲われてんですからね」
ぽやんと笑うアルター。
一方、フェンネルはぷんすこと突っかかる。
「あなたという人は。今までどこにいたんですか! 探したんですからね! 」
「参謀官どのもまだまだだねぇ。おれがこんな時間までお仕事してるとお思いですか」
「勤務時間外でしたので思いません。……しかし貴方が城に居てくれてよかった。閣下の身を守っていただきありがとうございます」
「別に? 俺はただ通りかかっただけなんでね」
「また貴方すぐ捻くれた物言いを」
かっかするフェンネルと、たるんとしたアルター。
なんかに……なんかに似てる。
二人の掛け合い、俺、どっかで見たことあるぞ。
フェンネルがこほんと咳払いをする。
「ご紹介いたします。彼はアルター。シシリアと並んで、私がもっとも信頼する兵士です」
「俺は兵士じゃねぇですよ。ただの斥候。狩人です」
「また貴方はそういうことを。——彼はひねくれてる上に、お分かりでしょうか、この雰囲気! 」
びしっとアルターを指差すフェンネル。
「ふやけてるのです。ぽやんと」
初めてこいつの口から『
「アルターは滅多に素早く動きません。おかげで昼行灯と陰口を叩かれています」
あ。わかった。
クラス委員長とサボリ魔の図だコレ。
ていうか昼行灯って。
ちょっとひどい言い方じゃないの。
でもアルター本人は、
「そのと〜り」
と満足そうだ。
「ですが信頼は置けます。陛下のご治世にもきっとお役に立つでしょう」
……ほんとか?
色んな意味で。
「そりゃね、俺も魔王様の領地に住む魔族ですから。お役に立ちますよう」
アルターはへらへらっと笑いながら言う。
「俺のモットーは細ーく長ーく目立たずに。魔王だってんなら、そこのお嬢ちゃんにゃー逆らわず抗わず従うのが賢い選択ですからねえ」
「……む。」
なんかやなやつ。
助けてもらった分際でなんだけど。
「アルター。陛下の御前ですよ」
「へいへい……。で、お嬢ちゃんが魔王なんだろ? 」
「はい。よろしくお願い致します」
「かわいーねえ。魔王にしちゃー、魔力のカケラも感じねえくらい謙虚なお嬢さんらしい。まるで人間みてぇだ」
きっとフェンネルが睨む。
「アルター! 」
「あはは。魔都は初めてかい? 異世界からのおのぼりサン」
皮肉をたしなめられてもアルターは悪びれない。
ここまで馬鹿にされると、俺もムッとする。
だが。
マーヤはにこにこしている。
悪いことに。ほんっと悪いことに。
「私は新米魔王への修行が始まったばかりなのです。ぜひ、皆さんに身の振り方を教えて頂きたいです」
「いやいや。おれなんぞが魔王サマに教えるもんは何もねぇですよ。おれが出来んのは、この棍棒で人間サマからあんたを守ることですぜ」
「勿論です! ご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたします! 」
「へえ。カワイイ顔していい根性してんなぁ。腕がなるってもんですわ」
噛み合ってねえ。
おれは頭を抱えた。
副音声が聞こえる。
『この棍棒で(人間を殴り殺して)人間サマからあんたを守ることですぜ』
『(悪い人間が襲ってきたらまず対抗して大人しくさせて話し合いなので)勿論です!』
天然純朴娘と、捻くれ昼行灯男。
会話の成り立つ日は来るのか。
「アルター、あなたの行動には目に余るものがありますよ! 」
「照れるぜ。魔王オタクのあんたほどじゃーねぇと思うけど」
やっぱ魔王オタクだったんだなフェンネル。
いやそーだとは思ったよ。
「まあそう言うなフェンネル」
と、シシリアの声がした。
「げ。姐さん」
ぎくりとアルターが後ずさる。
「何だ。私がここに居ることはわかってただろうに」
「うわっバレてら。頼むから、変なこと言わんでくだせぇよ」
「なんのことだ? ああ、フェンネルの望み通り、魔王陵からここまで護衛してたってことかな」
え、そうなの?
思わずアルターの顔を見る。
「ったく。満月の姐さんは鼻が良いねぇ」
照れるでもなく、怒るでもなく。
へらへらと笑っている。
その姿だけ見てると、いかにも昼行灯って感じだ。
「んじゃ、おれはこれで」
「貴方も来るんですよ! 」
「痛でで」
ずらかろうとしたアルターの耳をすかさずフェンネルが引っ張る。
「何でェ。城ん中じゃ護衛はいらねぇだろ」
「これから陛下と閣下をお部屋にご案内するんです。私に捕まったと思ってお付き合い下さい」
「へいへい、っと」
仕方ないなーめんどくさいなー眠いなーって声が聞こえて来るようだ。
魔王とその騎士のための私室は、そこから暫く歩いたところにあった。
何個か階段を登ったりしたけど何にも覚えてない。
大丈夫かこれ。
「では、シシリアは陛下をお部屋へご案内してください。私は閣下を」
「了解した。行くぞアルター」
「え、おれ? まあ姐さんに着いてく方がいいですけど」
どー・い・う・意・味・で・す・かっ。と俺の隣でフェンネルが呟く。
「お前が反体制派に組した時、私ならお前の首を絞められる」
「ちょっと! どーいう意味ですかい!? 」
二人の掛け合いに、マーヤはくすくすと笑っている。
「じゃ、リョータロ。後でね! 」
マーヤとシシリア、アルターの三人が部屋に入っていった。
三人を見送り、フェンネルがため息をついた。
「捻くれ者なのが玉に瑕ですが、あれで彼は頭がキレるのです」
「ああ、それはなんか、わかる気がするな」
「そうですか? やはり騎士殿は相手の根本を見抜くお方なのですね。昼行灯を体現したような男ですのに」
確かにぐーたらの気配が漂っている。
でも、俺たちを助けたあの身のこなし。
素人目に見ても、すごかった。
——それに、あの目。
……ものすごく、冷たい目をしていた。
今のアルターを見ていると、幻覚だったんじゃ? って思いたくなるけど。
あんな鋭い目は忘れそうにない。
だからきっと、あれは現実だ。
俺は垣間見たんだろう。
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