223:冒険者ギルドにも、しがらみはあるよなって話


 俺は一度冒険メンバーを解散させる。

 いつまでも会議室で話していても仕方ないしな。


「エヴァとジャビール先生に協力してもらって、探索方針を決めるから、それまではみんな普通に生活しててくれ」


 ジタローが真っ先に答える。


「んじゃシールラさんとこで、旅の準備でもしながら待ってるっす!」

「ああ。できるだけ数日以内に決まるよう頑張るよ」


 しかしあいつ、いまだにシールラさんを諦めてないのか。美人だけどさ、子持ちだぞ? いや、子持ちが悪いわけじゃなくて、お前は他にもアプローチかけてる女性が何人もいるだろう……。


 シールラ商店にスキップで向かうジタローの後ろ姿を見送って、考えるだけ無駄だなと割り切ることにする。


 今日はいったん家に帰ろうと歩き始めたら、太い腕が俺の首を後ろから回され捕まえられた。


「クラフト、飲みに付き合え」

「……国王陛下のお望みであれば」

「今の俺は冒険者のヴァンだ。もう一人いるぞ」

「……よう」


 俺と反対側の腕に掴まっているレイドックが、力なくこちらに片手を上げる。

 うん。逆らえないよな。


「貴様らが行きつけの酒場で構わん。連れてけ」


 俺たちは素直に連行されるのであった。

 あとでジタローに文句言われそう。


 ◆


 俺とレイドックがたまに二人で飲むときに使う隠れ家的なバーの扉をくぐる。

 ヴァンが不満そうに俺を肘で突く。


「おい。この店を隠してただろう」


 ヴァンはこれまでに何度も俺たちと一緒に飲み歩いていたが、この店に連れてくるのは初めてだった。


「ヴァンと飲むときは人数が多くなるのがほとんどだろう。席数があるのは冒険者御用達の酒場ばっかりなんだよ」

「……たしかに大勢で馬鹿騒ぎする雰囲気ではないな」

「そういうこと。教えたんだから追い出されるようなことはすんなよ」

「お前……俺のことなんだと思ってるんだよ」

「トラブルメーカー」


 そう言ったら、半目を向けられた。


「自覚がないというのは恐ろしいものだな」

「いや、まるっとあんたにお返しするぜ」


 呆れながらレイドックが俺とヴァンの肩を叩く。


「二人とも自覚して欲しい」

「「お前もだよ!!」」


 俺とヴァンがハモったあたりで、バーテンダーの冷たい視線に気づき、おとなしくカウンターに着席するのであった。

 ……ヴァンのせいだからな!


 乾杯と音頭を取ったヴァンが、そのまま続ける。


「お前たちとは少し話しておきたかった。カイルの件だが……すまなかった。ルーカスとベラの場所に行くのを止めるべきだったのだろう」


 なるほど。国王が公の場で謝罪できなかったから、冒険チームと護衛チームのリーダーにだけ、非公式でってことか。


「カイルが強く望んだんだ。誰が悪いわけじゃない」


 そのままレイドックに視線を向けて続ける。


「お前のせいでもないからな。魔族のしぶとさも、人間が魔族に変化するなんてのも、想像の範疇を超えてる」


 レイドックは何かを言おうとして、飲み込んだ。


「……帝国までの護衛仕事を絶対にやりとげる」


 口角を上げたヴァンがニヒルを気取る。


「貴様にしか出来ん仕事だ。任せたぞ」

「ええ」


 どうやらレイドックは気持ちを切り替えられているらしい。深いところでどう思ってるかまではわからないが、少なくとも自虐しているようには見えなかった。


「そうだ。会議で聞けなかったんだが、カイルを守って殉職した聖騎士隊員も、封印してるのか?」


 ヴァンがぴくりと片眉を上げる。


「カイルに可能性が残ったのは、マリリンの神聖魔法とジャビールの治療。さらにエリクサーを使ったからだ」

「ってことは……」

「殉職した隊員は荼毘に付し、勲章を出した」

「勲章ねぇ……」


 名誉なことなのだろうが、平民の俺からすると、だからなんだという気もする。


「阿呆。当然彼らの家族に対して十分な保障がされるということだ」

「それは失礼」

「ミズホ神国からも、名誉武士の称号が与えられてたからな。少なくとも残された家族に金銭的な心配はない。少しは信用しろ」

「すまなかった」

「なにより、聖騎士隊とは主の剣であり盾だ。役目を全うした隊員を哀れに思うなど、侮辱しているようなものだぞ」

「そう……だな。彼らのおかげでカイルは可能性を繋げた。大金星だ」

「その通りだ」


 俺たち三人は、小さく「献杯」とグラスを打つ。


「少し現実的な話もしておかないと、クラフトは勘違いしそうだな」

「なにをだ?」

「もし、仮に隊員たちがカイルと同じ状況だったとしても、荼毘に付すぞ」

「なんでだよ! 蘇生薬が完成したら――!」


 叫ぶ俺に、ヴァンが片手を振る。


「阿呆。仮に貴様が薬を数百作って持ってきたところで、聖騎士の一隊員に使うわけがなかろう。国中から……いや、三国中から蘇らせてくれと死体が集まるぞ」

「う……」


 額を抑えながら、長いため息を吐くヴァン。


「正直に言えば、カイルを復活させたとき、後に起こる問題が厄介すぎて考えたくもない」

「それは……」

「いや、これは愚痴だな。そのあたりは俺やザイードでなんとかする。気にするな」

「聞いちゃったら気にするだろ」

「だから愚痴だ。忘れろ。なんとかする」

「あー。わかった。頼んます」


 ヴァンは話題を変えたいのか、レイドックの絡んでいった。


「蒼髪。お前はいつまで冒険者ランクがBなんだ?」

「俺が聞きたいですよ。冒険者ギルドからすると、Aランクを出すのはリスクが高すぎるとか」

「冒険者ギルドの事情がよくわからんのだが」


 ヴァンの言いたいことはわかる。このあたり、ちょっと面倒なのだ。

 レイドックが言葉を選びながら、説明を始める。


「えー。まず冒険者ギルドは国ごとの組織です。王国、帝国、連合の三国それぞれで組織されています」


 正確には細かい分類もあるが、特殊事例は無視していいだろう。


「国ごとにそれぞれの規約がありますが、冒険者ランクは共通です。ですが強さの比較ってのは難しいらしくて……」

「それはそうだろうな」

「ランクC以上の冒険者の名前は、各国の冒険者ギルドと共有されるようです。まぁ年に一度まとめてって感じみたいですが。余談ですがそのときに学会の資料を運んだりもするみたいですね」


 別の国に行くのは命がけなんてレベルじゃないからな。年に一回だって大変なはずだ。


「とにかくCランク以上が各ギルドで共有されるわけですよね。ある年から急に一国からの申請数が多くなったらどう思います?」

「強者が増えた……とは考えないだろうな」

「はい。なのでCランク以上に登録するのを、ギルドが躊躇している状態なんですよ。はっきり言いますが、ゴールデンドーンでDランクの大半は楽勝でCランク相当ですからね」

「もし正直に申請したら?」

「他国のギルドに、頭がおかしくなったと思われる程度ならいいんですけどね」

「なるほど。ランクAともなれば、人類の切り札と同意。簡単には出せんか」


 そういえば、ジャビール先生が昔Aランク冒険者と会ったことがあるって言ってたな。かたくなに詳細を教えてくれなかったけど。


 ヴァンは話題が軽くなった流れか、俺たちに愚痴をこぼし始める。


「あー! ランクAの冒険者よ増えろ! いいかげん各国を繋ぐ街道をどうにかしないと、人類共闘など夢のまた夢だぞ!」

「転移門を増やすにしてもなぁ……」

「技術が一足飛び過ぎるのが問題だな。国と国が直接つながれば、スパイも兵士も好きなだけ短時間で送れる」

「だけど、下手したら街道整備より、アダマンタイトかオリハルコンを探した方が楽かもしれないんだぞ」

「そうなのか?」

「ああ。現物を見つけて、研究もしてるからな。今のリーファンならダウジングティアドロップを使ってピンポイントで――」


 ダウジングティアドロップは、捜し物を見つけるのに適した魔導具である。主に地下鉱物や水源の探索に用いるのだが、捜し物に関する知識がなければ反応しない。または反応が極端に鈍る。

 逆に言えば、知っていれば反応しやすいと言うことだ。


「どうした?」


 俺が急に黙り込んだので、ヴァンが俺を覗き込むが無視。


 もしかして……。

 ダウジングティアドロップをエヴァが使ったら、魔術師の隠し里も見つかったりしない?

 対象が場所だけど、試してみる価値はある!


 俺は間髪をいれずに、キャスパー三姉妹のいる宿に走り出す。


 残されたヴァンとレイドックがハモった。


「「絶対にあいつが一番のトラブルメーカーだ!!」」


 お前らにだけは言われたくねーよ!



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