199:場所が違えば、考え方も違うよねって話
ドーン大橋の前に、大勢の住民が集まっていた。
ゴールデンドーンに最初の市壁が完成したとき、ドーン大河は街から少し離れた位置にあったのだが、日々拡張される街の規模に、現在はドーン大河のほとりまで街が拡大されている。
蒸気船の停泊する港なども内包するため、かなり広い範囲がドーン大橋を中心にあたらしい壁内の領域となっていた。
大量に流入する移民や難民に仕事を与える意味でも、市壁と大橋の建設に大量の人員を配置した結果、この短い期間で国家規模の工事が終わったことになる。
錬金硬化岩が大きな貢献をしたのは確かだろうが、この辺境開拓を大きくすすめたのは、ゴールデンドーンの住民全員の力だ。
また、集まっているのは領民だけではない。避難してきたミズホ神国の民もいる。
難民としてゴールデンドーンに受け入れたのだが、ミズホの職人は腕利きばかり。それだけではなくミズホの住民も器用で真面目な者が多く、大橋建設の短期完成に多大な貢献をしてくれたのである。
ミズホ民のほとんどが大橋建設に従事したことで、ゴールデンドーンの住民ともすぐに打ち解けたのは、嬉しい誤算だった。
カイルが大橋の前に出ると、住民から割れんばかりの歓声が上がる。
近くにいたエヴァが、カイルの声をゴールデンドーン中に届くよう
”広範囲拡声”の魔法を使う。
俺のオリジナル魔法だと思っていたが、
カイルは格式張った挨拶から初め、出資してくれた貴族などの名前を出しながら、謝辞を述べていく。
続いて国王陛下のヴァンが、エリクシル開拓伯を賞賛し、勲章を与えた。
炎竜翼勲章とヴァンが口にしたとき、参列していた貴族たちが悲鳴と勘違いしそうなほどの声を上げ、動揺していたのが気になったので、あとで聞いたら、公爵ですらまずもらえないほど、大変名誉な勲章だったらしい。
うん。カイルなら当然だね!
叙勲が終わると、再びカイルが壇上に上がり、貴族として領主としての挨拶を終える。そして、領民に対しての演説が始まった。
『エリクシル開拓伯領民だけではなく、領地に住まう方々の全てに、私は心より感謝しております。数ヶ月前に突然発表した、帝国軍の侵攻に対する防衛の強化という難題に対して、全力で支援してくれた皆様を誇りに思います』
それまで貴族などに対する謝辞だったので、住民たちは「ふーん」と聞いていただけだったが、直接彼らに対して感謝を述べると、途端に住民たちが沸き立つ。
歓喜の声が雲まで届くほど、響き渡った。
『このエリクシル領は、危険な辺境に作られた街です。ですが皆様のおかげで、安心して暮らせる都市となりました。ですが、辺境開拓はまだまだ続きます』
そうだな。ゴールデンドーンは何重もの市壁に守られた素晴らしい都市となったが、少し離れればまだまだ危険な魔物の領域が広がっている。周辺だけ開拓して終わりなどではない。
『本日エリクシル領は、大きな転換期を迎えました。それは、不可能と言われていた、ドーン大河に橋を渡したことです!』
わあああああ! と住民が沸きまくる。
『この日を迎えられたのも、領民だけでなく、ミズホ神国の民の力もありました。心より、皆様に感謝いたします!』
ゴールデンドーンそのものが揺れているかのような、大歓声が青空に響き渡った。
皆の興奮が覚めやらぬ中、司会進行のザイードが出てきて、皆を黙らせると、住民たちが、不満げに声を抑えていく。
ほんとこういう悪役が似合うな。
ある程度静かになってから、ザイードが式典を進める。
『それでは、これからテープカットを行う』
ヴァンを先頭に、貴族たちが長く張られたテープの前に並んでいった。ほぼ最後尾で、俺とリーファンも続く。
カイルは俺を隣に配置したかったようだが、さすがにザイードに却下された。
気持ちは嬉しいけど、貴族連中を差し置いて、ヴァンとカイルの隣とか無理だからね! ザイード、ナイス判断!
全員にお盆で運ばれてきたハサミが配られると、ファンファーレが鳴り響く。
事前に練習していたタイミングで、ハサミを入れると、音楽が最高潮となり、歓声もクライマックスを迎えた。
笑顔で溢れるたくさんの住民を見て、これからも頑張ろうと決意するのであった。
◆
本来なら、完成式典ではなく開通式典になる予定だったのだが、帝国軍が進軍している今、橋上でのイベントはまずかろうと中止になったのだ。
リーファンがため息交じりに愚痴る。
「マラソン大会とか、屋台とか、色々考えてたんだけどねぇ」
ちょうどこちらに近づいていたノブナが会話に参加した。
「あら、そんな予定があったのよ?」
「うん。橋の長さが、ちょうど普通の馬車で一日くらいの距離だから、体力自慢の足自慢たちなら、半日くらいで往復できると思ってたんだ」
世間一般の馬車で一日の距離。ゴールデンドーンで育てて売り出している馬なら半日くらいだろう。
人の足ならゆっくりで二日ってところか。
「改めて聞くと、とんでもない距離の橋なのよ……」
「みんなで頑張ったからな。それに一般向けの開通式は延期になっただけで、帝国軍を追い払ったら開催するさ」
「負ける気はないのよね?」
「そのために準備してるんじゃないか」
「ミズホ神国も協力は惜しまないのよ」
「当てにしてる。それより、市民の暮らしはどうだ? 不満は出てないか?」
避難してきたミズホの住民は、難民と同じ扱いとし、市壁に沿って建てられた高層集合住宅に住んでもらっている。
もともと万単位の空き部屋があったのだが、さすがに小国とはいえ、住民全員が避難してきたので、最初の頃は部屋が足りず、何割かは城の大広間に雑魚寝してもらうことになったのだが、そのときのミズホ住民の反応が凄かった。
住民のほとんどが、屋根があるだけでありがたいと、大部屋に行こうとするのだが、それをノブナたち武士が「大部屋は私たちが使う、そなたらは部屋を借りろ。皆を守るべき我らは敗残兵だからな。本来は野宿がお似合いだ」と凄いことを言い出す。
それに対してほとんどの住人が「なにをおっしゃいますか! 武士さまは私どもを生かしてくれたではありませんか! 我らは生きていただけで満足でございます! どうぞ武士さまこそ、ゆっくりとお部屋で療養してくださいませ!」と、押し問答が始まったのである。
いやはや、ほんとミズホの住民は凄い。結束力の高いゴールデンドーンの住民だって、同じ立場になったらさすがに少しは非難がでるっての。
結局武士が折れず、全員が大広間で雑魚寝が始まり、住民は高層住宅に無理矢理押し込むことになった。
四人住まいを想定した部屋に十人以上住むなどだ。
現在は高層住宅の増築が終わり、全員を普通の状態で部屋に割り当て出来ている。
「不満なんて出てないのよ。そもそも市民の大半は長屋っていう、小屋みたいな集合住宅に住んでたんだから、むしろ部屋が広くなったって喜んでるのよ」
「移民用の部屋はかなり狭いだろ?」
さすがに無料で貸し出す部屋なので、一人部屋などはかなり狭い。
「それでも、長屋の部屋より少し大きいみたいなのよ。なにより水道が使えて、各階にトイレまであるのだから、全員驚いてるのよ」
「そうか、不満がないのなら良かった」
「不満ではないけれど、故郷に帰りたいって話はよく聞くのよ」
リーファンが悲しそうな顔をする。ノームの開拓村がヒュドラに滅ぼされたことを思い出したのだろう。
「ああ、大丈夫なのよ。皆、故郷に帰るために、帝国を根切りにするんだって張り切って、建設作業とか頑張ってたでしょう?」
「根切り?」
「皆殺しって意味なのよ」
「怖っ!? さすがに皆殺しはやめようぜ!?」
「敵を殺しに来たんだから、自分も殺される覚悟は当然してるはずなのよ」
「いや! あいつら自分が負けるとか考えてないと思うよ!?」
やばい! ミズホ住民は礼儀正しく、器用で、働き者だけど、戦いに関するところだけ、圧倒的に野蛮だよ! リザードマンたちより喧嘩っぱええ!
「もちろん帝国軍は倒すけど、カイルは皆殺しなんて考えてないから!」
「カイル様は本当に優しい方なのよ。みんなには伝えておくのよ」
「絶対に言い聞かせてくれよ!」
その後、きちんと周知されたようだが、さすがにびびったぜ。
ミズホ神国……うん。絶対敵にしちゃダメな国だわ。
俺は小国で長く存続してきた国の怖さを知ったのであった。
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