第七章【黄昏に染まる世界】
180:忙しいときほど、トラブルが起きるよねって話
俺の名前はクラフト・ウォーケン。
元冒険者で、元魔術師。
そして今は、生産ギルド所属の錬金術師なんぞやっている。
俺は凝った肩を回しながら、目の前に積み上がっているノートを見下ろした。
このノートは回顧録である。ちょうど六冊目が書き終わったところだ。
「さてと……」
棚から新しいノートを取り出し、七冊目の冒頭に頭を悩ませる。
六冊目の結びは「ミズホ神国の南にある小国家が、魔物のスタンピードによって、一夜にして滅んだという情報が、ミズホ中を駆け巡った」という内容だった。
当然、スタンピードを起こした魔物たちは、真っ直ぐにミズホ神国へとやって来るのだが、その前に、少しばかりマウガリア王国とミズホ神国の国交が樹立したあとのことを記しておこう。
しばらく無意味にペンを指でまわしていたが、俺はインクをつけて執筆を再開する。
最初はそう、こんな感じでどうだろう?
◆
「クラフト兄様、相談に乗ってください」
ミズホ神国と国交が開かれ、転移門が完成したことで、カイルがゴールデンドーンとミズホを忙しく行き来し始めた頃の話だ。
時間が取れたからと、カイルが夕食に誘ってくれた席でのことだ。
「おう。俺に出来ることならな」
ミズホ神国と本格的な貿易準備の真っ最中であり、俺の所属する生産ギルドも忙殺されるレベルで忙しい。だが、カイルの相談というのは、領主からの相談であり、可愛い弟分からのお願いである。手伝わない道理がない。
「なにがあった?」
「はい。実は湿地帯の開拓が予定より遅れています」
「なに? あそこはリザードマンが気合いを入れて開拓を頑張ってる場所だろ? 手を抜いてる訳じゃないよな」
リザードマンたちは訳あって、故郷を失い、カイルの領地で新たな暮らしを始めている。それらを手伝った俺たちや、カイルに対して非常に感謝してくれている。身命を賭して湿地帯開発を請け負っていた彼らが、手を抜くはずもない。
そういえば最近は、シュルルのアプローチがなくて平和だったな。
シュルルは見た目も性格も可愛いが、あそこまでガツガツされると、逆に引いてしまうので、ちょっとばかり安心している。
……女慣れしてないとか言うな。
「もちろん、リザードマンたちは全員が一丸となって仕事をしてくれています。問題は魔物の量なんです」
「なんだって? 湿地帯のヌシは倒しただろ?」
忘れもしない、ドラゴン戦より苦戦した八ツ首ヒュドラを倒したのだ。まとまりのなくなった魔物など、ゴールデンドーンの冒険者や、スタミナポーションで鍛えたリザードマンにかなうとは思わないのだが。
「問題は湿地帯の広さですね。流石に広さに対して、リザードマンの数も、冒険者の数も足りていません」
「……確かに、湿地帯はちょっとした領地が丸々収まるくらい広いんだったな」
「はい。リザードマンの戦士は、毎日の実戦と訓練もあり、日々精強になっているのですが、広大で見通しの悪い湿地帯での魔物退治は、かなり大変と報告が来ています」
「なるほど。それで退治の手伝いをしろってことか」
「いえ、そうではありません」
「ん?」
この流れだと、レイドックあたりと一緒に、ヒュドラを駆逐してこいって話になると思ったんだが。
「どうも、湿地帯に出る魔物の種類が増えているそうなんです」
「種類が?」
今までヌシを筆頭に、ヒュドラが湿地帯を根城にしていたのだ。その多くが倒されたり逃げ出したりした現在、そこに他の魔物が入り込んでくること自体は、不思議でもなんでもない。
「それは普通のことじゃないのか?」
「少数であれば、その通りです」
「つまり、想定外の数が入り込んできている。そういうことか」
「そうです」
「それって結局、魔物を退治しろってことじゃないのか?」
「いえ、それがあまりにも魔物の動きが変なので、なにか理由があるのではとリザードマンたちは考えているようです。ですから、クラフト兄様にしてもらいたいのは調査です」
「いろんな魔物が集まってくる理由か……」
俺は少し首を傾げる。
そういうことなら生産ギルド員である俺より、カイル付きになったジャビール先生の向きの仕事だろうと一瞬考えたが、魔物がわんさか出てくる危険地帯に先生を送り出すわけには行かないな。
前回はどこかで油断していたから連れて行ってしまったが、やはり先生は安全な場所にいるべきだ。
カイルが俺に頼む理由を理解し、俺は頷いた。
「わかった。レイドックたちは連れてっていいんだろ?」
「もちろんです。こちらから正式な依頼を冒険者ギルドに出しておきますね」
「……ジタローも連れてくか」
「……その方がいいかもしれませんね」
仲間はずれにすると、拗ねるかもしれんからな。
「リーファンはどうするかなぁ」
「そのあたりの調整は、兄様に一任します」
「わかった。考えとく」
話が一段落したとこで、カイルの横で食事をしていたマイナに気づく。じっーっと俺に視線を投げていた。
「……」
マイナが仲間になりたそうな目で、こちらを見ている。
いや、前回より人が少ない状況で、湿地帯なんて危険地帯に連れてかないよ?
確かに、ミズホ神国への道中と危険度は変わらんかもしれんが、あの時はしょうがなくだしな。
つまり、ここでマイナのワガママを聞いてしまうと、この先もずっと同じようなことが続いてしまうことになる。
ここはビシッと言わないとな!
「カイル! なんとかしてくれ!」
……お前が言わんのかい! ってツッコミがどっかから聞こえてくるようだ。
いいのだ。これが正しいのだ。
「はぁ……マイナ。まさかとは思いますが、またこっそりついて行こうなんて考えてないよね?」
「うっ!?」
ギクリと身体を硬直させるマイナ。
「流石に今度は許しませんよ」
「……うー」
「なにより、次はザイードお兄様にキツく叱られますからね」
「はぅ!?」
顔を青くするマイナ。
カイルが俺の方をちらりと見たあと、マイナに向き直る。
「いいかいマイナ。僕はもうエリクシルという家名をいただいたんだ。血筋としては兄妹だけれど、ベイルロードとしてのつながりはないんだ」
「う?」
カイルが再び、俺に視線をちらりと向ける。
どうやら俺にも覚えておいて欲しいことらしい。
「だから、貴族の一員として、マイナの兄はフラッテンお兄様と、ザイードお兄様になるんだ」
「あ……」
「今、マイナの正式な扱いは、父上……ベイルロード辺境伯からの要請で、マイナを学園に通わせるために、血族である僕に預けている状態なんだよ。だから僕は保護者代理でしかないんだ」
「兄妹……違うの?」
「もちろん血のつながった兄妹だよ。ただ、戸籍上では、違うんだ」
「……」
なるほど、カイルはもうベイルロード一族じゃなくなったから、書類上では兄妹じゃないのか。
俺に改めて説明するってことは、理解しておいて欲しいことなんだな。
「つまり、簡単に言うとねマイナ。君を叱る義務は僕よりもザイードお兄様にあるんだ」
「……う!?」
「ザイードお兄様に叱られる覚悟があるなら……またおてんばをしてみたらどうだい?」
カイルがもの凄く良い笑顔を浮かべたが、反対にマイナは顔を真っ青にして、頭を左右にぷるぷると振るのであった。
やっぱ、カイルは領主としての才能が凄いと思うよ。うん。
俺はカイルの底知れぬ実力を、身にしみて理解するのであった。
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