153:主役は遅れてやってくる、とか言いそうって話


 城の中にいくつも作られた隠し部屋の一つに、カイルと俺と先生とマイナ。それに護衛のアルファードとペルシアが続く。

 転移陣の設置のため、宮廷錬金術師筆頭バティスタ爺さんと、その弟子っぽい人たちも一緒についてくる。

その弟子の中に顔見知りが一人いた。


 元ジャビール先生の弟子で、一度ゴールデンドーンに視察に来た一人、エルラ・ルイラだ。

 ジャビール先生がこんな姿になる前を知っている方なので、それなりに俺より年上のはずだが、若々しく年齢を感じさせない。

 今日はバティスタがいるからか、エルラは静かについてきていた。


「それにしてもこれほど立派な城を、この短期間に完成させるとは、この領地の職人は優秀ですな」

「ええ。ちょうど今、隠し部屋の準備をしている生産ギルド長が特に優秀なのです」

「ほう。錬金硬化岩は王都でも利用が始まっておるのじゃが、まだまだ普及しておらぬからの」

「そうなのですか?」


 あれ?

 俺が聞いていた話と少し違うな。王都では硬化岩を必死こいて量産してるとか、ヴァンに聞いた覚えがあるんだが。


「うむ。ジャビールから黄昏でない錬金術師でも作れる錬金法は聞いておるんじゃが、いかんせん魔力量に依存するからのぅ。それにあの精巧な魔術式を扱えるのは、ワシやジャビール。それと愛弟子たちくらいじゃな。町で開業しているような錬金術師には、量産は難しいんじゃよ。それでも協力はしてもらっておるんじゃが」

「それは……知りませんでした」


 カイルとバティスタ爺さんの会話を横で聞いていたが、少し驚いた。

 ジャビール先生と論文用にと、改良錬金法を苦労して作ったのだが、それでも普通の錬金術師には難しかったのか。

 俺の内心を見抜いたジャビール先生が、呆れて肩を竦める。


「まったく……、錬金硬化岩は戦争にも使えるから、発表するかどうかも、貴様と議論しておったのを忘れたんか?」

「覚えてますよ。でも、防御的な使い方がメインだから、発表に踏み切ったんですよね?」

「阿呆。それだけでなく、優秀な錬金術師が必要なのじゃから、大量生産も難しいから、踏み切ったのじゃ」

「ああ、なるほど。つながってませんでした」


 さすがジャビール先生! 良く考えている!


「腕は一流でも、世間に与える影響まで考えられないのでは、錬金術師として、まだまだ二流なのじゃ」

「精進します」


 俺と先生の会話が耳に入ったのか、カイルが振り向く。


「量産するにはたくさんの魔力が必要なのですね。錬金術は等価交換と言いますし」


 ニコリと微笑むカイルだったが、逆に俺たち……先生と爺さんとエルラの錬金術師たちは、苦虫を噛み潰したような表情になる。


「あの、変なことを言いましたか?」

「カイル様、それは大きな誤解なのじゃ。なんでそんな話が常識になっておるのかはわからんのじゃが、錬金術の根本理念は【一は全なり、全は一なり】なのじゃ」

「一は全……全は一、ですか」

「うむ。我ら錬金術師は、世界の全てはただ一つの何かからできていると考えておるのじゃが、それを第一質料プリマ・マテリアと呼んでおるのじゃ。このプリマ・マテリアを理解し、創成、または取り出すことが錬金術師の究極の目的であり、到達点なのじゃよ。このプリマ・マテリアさえ手に入れることができれば、この世界のあらゆる物質も現象も思いのままなのじゃ。もっとも今はプリマ・マテリアが生み出していると思われる現象を確認するのがせいぜいなのじゃが。その現象とは、プリマ・マテリアは湿・乾・熱・冷の四つの状態を持つとも言われておるのじゃが、これは魔術師が四属性と呼ぶ、地水火風の考え方とも類似しておることからも、真理に迫った考え方と言えるのじゃ。これらの状態に霊気プネウマが加わるとと考えられておるのじゃが、これらをつなぎ止める力こそが魔力マナであり――」


 どうやら乗ってきてしまったのか、俺にするような講義が始まりかけ、慌てて声をかける。


「先生、先生……」


 俺としては講義を聴きたいのだが、今はまずい。

 エルラさんも目を輝かせて聴いてないで、止めて!

 どうしようかと焦っていたら、バティスタ爺さんが苦笑交じりに止めてくれた。


「ジャビール。その辺にしておくんじゃ。カイル様がドン引いておられる」

「ぅえ? おお、すまなかったのじゃ。つい――」


 バティスタが手を振ってジャビールを黙らせ、カイルに向き直る。


「カイル様。ジャビールの言を要約すれば、我らが目指すのは等価交換ではなく、全なる一であることだけ理解し、あとは無視してくだされ」

「いえ。興味深いお話なので、時間ができたら聞いてみたいですが……もうすぐ目的地に着きますから」


 タイミング良く、俺たちは目的の隠し部屋に到着した。

 廊下のところどころに配置されている、彫像の一つがゆっくりと動くと、そこそこ広い部屋に出る。

 中ではすでに、リーファンが片膝をついて待機していて、掃除などの準備を終えていた。


「彼女が先ほど言っていた、リーファンさんです」

「ふむ。それでは早速転移陣を設置するので、黄昏と一緒に手伝って欲しいんじゃが」

「喜んで承ります」


 名指しされた俺とリーファンは、エルラさんと一緒に転移陣を設置していく。

 大きな魔石のはまった魔導具が、床に書かれた魔法陣の六芒星頂点に置くよう指示される。


「この転移の魔導具は、王家にも残り数が少ないので、丁寧にね」

「お、おう」


 そういえば、冒険者時代に聞いたことがある。大きなダンジョンから、ごくまれにしか見つからない貴重品で、王国が超高額で買い取ってくれる魔導具があると。

 個人で持ってても、魔法陣を知らなきゃただのゴミなので、必ず売られるもんだ。


 俺とリーファンが、壊さないよう慎重に魔導具を手に取った瞬間。


「うわっ!?」


 左手の紋章から、知識があふれるように、脳へと流れ込んできた。

 見れば、リーファンも同じように目を丸くしている。

 俺に流れ込んで来たのは、錬金術に関係する部分だけだが、リーファンには間違いなく、鍛冶に関わる部分の知識が流れ込んだろう。


「ぬ? どうしたんじゃ? まさか……」


 バティスタ爺さんが鋭い視線をこちらに向けてきた。どうやら紋章の囁きがあったのはバレバレらしい。


「あー。えっと。転移陣に使う魔導具の作り方……わかっちゃいました」

「なん……じゃと?」


 あんぐりと口を開けるバティスタ。その気持ちはわかる。


「ば……ばかな……。我ら錬金術師や魔術師が、必死になって研究し、断念した転移の魔導具の作り方を?」

「えっと。それだけじゃなくてですね、その上位の”転移門”なんて代物も……」

「「はぁ!?」」


 爺さんとエルラが素っ頓狂な声を張り上げた。

 逆にジャビール先生は、眉間にしわを寄せて、首を振る。


「まったく貴様というやつは……」

「あ、あの。まずかったですかね?」

「ここでは黙っていて、あとでこっそり、私に相談するべきだったのじゃ」


 先生は、頭が頭痛で痛いみたいな仕草で、自らのこめかみを押さえた。


「あー……。まあいいのじゃ。それでその転移門というのは、転移陣とはなにが違うのじゃ?」


 俺に腹芸は無理ですよ先生!

 とはいえ、世界の真理を目指す錬金術師なんだから、そこはなんとかしてかないとだな。


「えっとですね。転移陣は人を数人送る程度が限界で、しかもその一度の転移に、高品質の魔石が六つ必要ですが、転移門は、門同士をつなぐので、一度つないだら、魔石の魔力がなくなるまで出入り自由で、人数や重さに制限がないようです」

「なん……じゃと?」


 ジャビール先生ではなく、バティスタ爺さんの方が驚いていた。


「転移門の起動には、サイクロプスクラスの魔石が必要で、だいたい一時間くらいつながるらしいです。門の大きさにもよるみたいですが」


 人が普通に通れる大きさなら、一時間くらい保つようだ。

 馬車が通れるくらいだと、時間は大きく減る。

 それでも、転移陣よりは魔石の消費は少ないはずだ。どうも、転移陣は転移門の簡易型として作られたようなのだ。もしかしたら、昔は持ち歩くような代物だったのかもしれない。


「それは大変興味があるが……まずは転移陣を設置し、陛下においでいただく方が先じゃな」

「そうですね。クラフト兄さ……こほん。クラフトさん。設置をお願いしますね」

「了解しました」


 俺たちが気を取り直して、転移陣を設置する、バティスタ爺さんが通信の魔導具(俺が作ったものではなく、王家に伝わっているアーティファクトの方)を使い、ヴァンへと連絡すると、まるで待ち受けていたかのように転移陣が反応する。


「わはは! 俺さま登場!」


 変なポーズのヴァンと、護衛騎士の二人が、魔法陣の上に忽然と現れた。

 相変わらずだな! お前は!


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