127:努力するには、目標が必要って話


「これ! フェイダール! クラフト殿、すまなかった。少々甘やかして育ててしまってな」

「まぁ、気にしてないですよ」


 子供の言うことだ。気にしない、気にしない……。

 それに、言ってることはあながち間違ってないんだよなぁ。

 でも、だからこそ、俺みたいな間抜けを増やしたくない。


 そこでガチャリと扉が開いて、メイドが立つ。続いてカイルと護衛の聖騎士・・・が部屋に入ってきた。

 するとフェイダールの身体が再び固まる。

 立ち上がっている俺たち三人を見て、カイルが少しだけ眉を寄せた。


「どうしましたか?」

「いや、挨拶してただけさ。なんでもない」

「そうですか」


 すぐにゲネリスは、カイルの前で膝を着く。


「初めまして開拓伯様。私はゲネリス・イングと申します。招聘により参上いたしました」

「はい。遠路はるばるありがとうございます。僕がこの地を治めさせていただいている、カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシルです。陛下より開拓伯の爵位を賜っております」

「若いのにご立派なことです」


 ゲネリスが横のフェイダールの足を叩くと、緊張で直立不動していたフェイダールが、慌てて膝を着いた。

 いかに生意気でも、高位貴族の前では緊張するらしい。


「お! お初にお目に掛かります! ゲネリスが孫、フェイダール・イングとももも申します! お見知りおきをお願いしままます!」

「はい。こちらこそよろしくお願いしますね。とりあえず席にどうぞ」


 カイルが物腰柔らかくソファーに案内する。

 ゲネリスは年の功か、お偉いさんと会う機会が多いのか、落ち着いた様子だが、フェイダールの方は右手と右足が同時に出るほど緊張していた。

 お茶を飲んで、少し雑談をしたあと、カイルが切り出す。


「ゲネリスさんにおたずねしたいことがあるのですが、成人の儀に参加する全員に、紋章の適性検査をすることは可能ですか?」

「なんですと?」


 ゲネリスだけでなく、フェイダールも目を丸くする。

 そりゃそうだろうな。


「それは……」

「もちろん、十分なお礼を用意しております」

「それをしたいのは山々なのですが……金銭の問題ではないのですよ」

「はい。それが出来ないなにかがあるとは聞いています。その理由を教えてもらえませんか? 私たちで解決出来ることならば、協力を惜しみません」


 ゲネリスが息を吐く。


「解決ですか……。無理だと思いますが」

「その時は通常の成人の儀を執り行います。僕は、クラフトさんのように苦労する人を増やしたくないのです」

「それは立派な考えだと思います」


 ゲネリスはもう一度深く考え込んだ後、姿勢を正した。


「あまり口外して欲しくないことなのですが、問題は魔力なのです」

「魔力、ですか?」

「はい。実は紋章の適性を調べる魔法は、恐ろしく魔力を消費するのですよ。私でも一日に二人が限度なのです。この領地は人に溢れていますからな、成人する人数も、一〇人や二〇人ではきかんでしょう?」


 ゲネリスは辛そうに首を横に振ったが、カイルは目を丸くしたあと、ニッコリと笑って俺に顔を向ける。


「なら、問題ありませんね」

「なんですと?」

「兄様。お願いします」

「おう」


 俺はニヤリと笑い返しながら、テーブルに魔力薬マナポーションをどんどんと並べていく。


「な……な!? まさか、これは!?」

「嘘だろ!?」


 ゲネリスだけでなく、フェイダールも腰を浮かして驚いた。


「まだ足りないか? なら、さらにどん!」


 俺はありったけの魔力薬を並べ、テーブルを埋め尽くす。

 レア素材と魔石を大量に使うので、普段はこんなに作ることも持ち歩くこともないのだが、最近の過剰受注に対応するため、俺は死ぬような錬金の日々を送っていた。

 だから生産ギルドの予算をさいて、あらかじめ大量の魔力薬を用意してもらい、それを常飲していたのだが、ジャビール先生が来てくれたことや、孤児たちが手伝いをしてくれたおかげで、仕事に余裕ができ、最近は魔力薬を使わずに節約できていたから、これだけの在庫がある。


「し……信じられん。だが、ポーションの連続服用は中毒を――いや、まて」


 ゲネリスはカイルに断ってから、ポーションを手に取る。


「”鑑定”……し、信じられん。まさかこれ全部が伝説品質だと言うのか!?」


 へぇ、畑違いのポーションの品質を鑑定できるとは、ゲネリスさんはかなり優秀なんだな。

 ”鑑定”の魔法は、使う人間によって得られる情報が違う。

 例えば金属を鑑定したとき、俺ならば錬金術に関連する情報が多くわかり、リーファンなら鍛冶に関連する情報が得られるのだ。


「ええ。ですから中毒の心配もありません。これならお願い出来ますか?」

「これほどのものを支給されるのだ。嫌はない。それに私とて、ずっと紋章の適性を広めたかったのだから」

「ありがとうございます!」

「良かったな、カイル」

「はい! それでは成人の儀までに準備を頑張りましょう」

「おう!」


 これからのゴールデンドーンは成人全員が紋章の適性を調べられるのか。優秀な人材が沢山でてくるといいな。

 ……この時の俺は、気づいていなかった。紋章つきの優秀な人材が量産されるという事実に。

 俺がそこまで考えられなかったのは、カイルの言葉が続いたからだ。


「成人の儀と、祭りの準備はこちらがするとして、生産ギルドには新しい依頼があります」

「依頼?」

「はい。ゴールデンドーンの北に流れる、大海のような幅を持つ大河に、橋を建設してもらいたいと思います」

「そうか。とうとう対岸の調査が終わったのか」

「はい。冒険者ギルドに手伝ってもらい、対岸地域の政治状況などを調べてもらいましたが、広い地域に小国が点在する、小国家群となっています」


 小国家群。

 もちろんその名前くらいは知っている。その地域に住んでいたやつと話したこともある。

 様々な文明を持つ小国が乱立し、いまだに人間同士が小競り合いをしているらしい。


「そんな所に橋を作ったら、戦争を吹っかけられないか?」

「それがですね、大河の周辺には国がないんです」

「そうなのか? 集落や国は、水辺の近くに出来るもんだと思っていたが」

「はい。ですが、小国家群は大河よりかなり北に集まっているんです。どうやら最近大きな戦と、魔物の大規模襲撃が多発したらしく、小国家群でもっとも精強な国に、人や物が集まっています」

「強国なのか?」

「そのようです。ずっと北に行くと海があるそうなのですが、そこに面した海洋国家で、なんと住人のほとんどが剣を学んでいるそうです」

「そりゃ凄いな!」


 国と言えば普通はマウガリア王国、デュバッテン帝国、ゼビアス連合王国の三つを思い浮かべる。

 立地的に小国家群はその三国に挟まれているような形だ。

 西にゼビアス、東にデュバッテン。そしてカイルが領地を開拓したことで南に広がったマウガリアである。

 小国家群は、本来であれば交通の要所となってもおかしくないのだが、その周辺を囲む危険な辺境と、政情が不安定な地域なこともあり、ほとんど孤立した地域となっている。


 もともと、カイルがベイルロード辺境伯から最初に受けていた開拓の最終目標は、今いるゴールデンゴーンまで続く街道の整備だった。

 そしてカイルが開拓伯に任命され、王国から新たに任命された任務は、この小国家群との貿易。可能であれば軍事協定である。

 国王であるヴァンは、人間を敵視する魔物の討伐をなにより最優先に動いており、亞人や獣人を含めた人類が力を合わせるべきだと考えているからだ。


 ところが想定外の大河に阻まれ、商隊など馬車一台通れない。

 さらに大河には危険な水棲生物や魔物が潜んでいた。

 優秀な冒険者なら船で渡ることもできるが、ごく一部の少人数だけである。これではとてもまともなコンタクトは望めない。

 だからこそ、無謀とも思える大橋の建設という、偉業を果たささなければならないのだ。


 カイルが地図を取り出す。

 領主が持つ地図にしては出来が不十分な手書きの地図だ。だが、こんな目測と予測で作られた地図でも、調査に出た冒険者が必死で作り上げた結晶に違いない。

 そして、カイルがゴールデンドーンより遙か北、海に面した小国を指さす。


「小国家群でもっとも力を持つ国にも、橋梁の許可をいただきました! なんとしても、この難工事をやりとげましょう!」


 額に冷たい汗が一筋流れる。これがどれほど困難なのかを理解しているからだ。

 俺はごくりとツバを飲み込んでから、ニヤリと笑みを浮かべる。


「任せとけ」


 カイルはにこやかに笑った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る