109:戦には、戦い方があるって話


 いじきたなく、樽の底に残った神酒をいつまでも舐めとってくれたおかげで、八ツ首ヒュドラの頭を、まとめて二つ吹っ飛ばしてやった。


「はっ! 特製の神酒は美味かったか!? この蛇野郎!」


 叫びながら横にダッシュ。

 少しでも、マイナのいる場所から蛇野郎を引き離しておきたい。味方が来たときに、派手な攻撃もしにくくなるしな。


 走りながら、空間収納からフラスコ型のリーファン特製ポーション瓶を取り出す。

 あれだ。試験管の一種で、底が大きな球状になってるやつ。

 その球体部分には、錬金術で作った〝燃焼薬〟がみっちりと詰まっている。


 怒り狂った八ツ首(現在六ツ首だが、気にすんな)が巨大な頭をこちらに伸ばしてきた。

 どうやらドラゴンのように、ブレス攻撃とかはなさそうだ。それだけでも勝率はぐっと上がるってもんだ。


 俺は猛スピードで木々を縫うように襲いかかるヒュドラの頭に、フラスコ瓶を投げつける。

 冒険者時代に鍛えた投擲技術で、見事に命中。

 さらに絶妙のタイミングで、フラスコが破裂し消え失せる。


 おそらく、この戦い方ができるのは、世界広しといえど俺だけだろう。

 魔術師や錬金術師で、投擲やら格闘やらを鍛えているやつはいない。

 さらに冒険者の経験が、この恐ろしい魔物を前にして、足を、身体を動かしてくれる。


 破裂したフラスコから、ぶわりと燃焼薬が散った。

 燃焼薬は粉末状なので、ちょっとした煙幕の代わりにもなる。


 キュガァアアアアア!


 ヒュドラの視界を奪ったことで、噛みつこうとしてきた頭を紙一重で避けた。


「それで終わりじゃねーぞ!」


 間髪入れずに、ナイフを投擲。

 これには油が塗ってあり、投げる瞬間、魔法で着火してある。

 炎を纏ったナイフがヒュドラの頭に命中。もちろんこんなちゃちな投げナイフでダメージになるわけがない。

 だが。

 命中と同時に、燃焼薬が爆発するような勢いで、一気に燃え上がった。


 ヒュガゥウウウアアアアアアアア!!


 魔法であれば、その場その場で最適の威力を調整できるし、命中させるのは簡単だ。ある程度視線で誘導できるのだから。

 だが、今の俺には、攻撃魔法を使えるだけの魔力は残っていないのだ。

 ヒュドラを待っている間に、魔力は少しばかり回復したが、たいした量ではない。


 まるで、使えない魔術師時代が、今日このときのために存在していたような、妙な充実感を感じる。


「は……ははは! 無駄じゃなかった! 無駄じゃなかったんだ! 俺の冒険者時代は! はははははは!」


 こんな状況なのに、心より楽しくて、叫びながら燃焼薬入りのフラスコ瓶を投げまくる。

 三回ほど頭を燃やされると、さすがのヒュドラも俺が投げるものが危険だと理解したのか、むやみに首を伸ばしてくることがなくなった。


(いいぞいいぞ! そのままじっとしてやがれ!)


 お互いがじりじりと間合いを計る。

 もっとも、八ツ首ヒュドラが巨体すぎて、ネズミとゾウが睨み合っているようなもんだが。


(あと残ってる手札は……)


 それは油断だったのだろう、意識がヒュドラから逸れる。

 そして、ヒュドラはそれを見逃さなかった。


 その巨体が。

 一瞬で視界から消えた。


「なっ!?」


 わずかに遅れて、ヒュドラのいた場所に水柱が吹き上がる。

 水柱は俺を中心にぐるりと舞い上がった。

 つまり。


「後ろ!」


 あの巨体で、一瞬にして俺の背後に回ったのだ!

 人間の使う剣技のように、魔物特有の技というものが存在する。

 今、ヒュドラが使ったのも、その手の技だろう。


「〝虹光障へ――〟」


 身体全体に衝撃が走る。

 突進してきた巨大な頭に吹っ飛ばされたのだ。

 ぎりぎりで、無理矢理完成させた防御魔法のおかげで、即死だけは免れたが、湿地帯を高速で転がされ、大木にしこたま打ち付けられる。


「がはっ!」


 今度は身体がちぎれることはなかったが、骨は何本もいっただろう。

 顔を無理矢理起こす。


 すさまじい速度で、並んだ牙が俺を覆い尽くそうとしていた。


(せめて頭の一つくらいは道連れに――)


 懐から、一本だけ残しておいた魔力爆弾を取り出し、握りしめる。

 喰われた瞬間起爆してやると、決意した瞬間だった。


「〝斬閃空牙翔〟!!!」


 強力な斬撃がヒュドラの首に突き刺さる。

 濃霧を切り開いて、姿を現わしたのはもちろん。


「レイドック!」

「ちっ! 浅いか!」


 レイドックは、俺に目もくれず、ヒュドラを凝視。

 ヒュドラは盛大に血を吹き出しているが、首を落とすにまではいたっていない。

 かなり大けがを負わせているように見えるが、レイドックは最大限の警戒のまま、俺とヒュドラの間に立つ。


 痛みで怯んでいるヒュドラに追い打ちをかけない?

 なぜだ?


 理由はすぐにわかった。

 レイドックによってつけられた傷が、みるみるうちに塞がっていくのだ。


「なんだあの再生力は!?」

「わかってなかったのか、クラフト!? どうやって首を二つも落とした!」

「罠を仕掛けただけだ! 同じ手はもう使えない!」


 俺たちは合流した喜びを交わすこともなく、必要最低限の会話を交わす。


「ソラル! クラフトにつけ! 蛇野郎を牽制!」

「了解よ!」


 おそらく先頭を突っ走っていただろうレイドックに、追いついたばかりのソラルが休む間もなく俺の横に滑り込んで、弓を速射した。


「大丈夫!? クラフト!」

「かろうじて……だな」


 俺はヒールポーションをぐいと飲み込む。

 一気に痛みが引いていくが、さすがにダメージが大きすぎて治りきらないようだ。

 もう一本を取り出そうしたタイミングで、ベップとバーダックも追いついてくる。


「はぁ! はぁ! 二人とも! 速すぎ! です!」

「ぜぇ! ぜぇ! 魔術師には……きつい!」


 スタミナポーションを飲んでいる二人が、これほど息切れしているのだ。相当の無理をして走ってきたのだろう。

 レイドックとソラルの全力が速すぎるのだ。

 モーダにいたってはまだ視界にすら入っていない。


「か……神の癒やしを……〝高速治癒〟」


 息切れしつつも、神官の紋章もちであるベップが治癒魔法をかけてくれた。

 ポーションで治りきらなかった怪我が癒えていく。


「助かったベップ」

「無事でなによりです。クラフトさん」


 お互いに無事を確認し、頷きあう。

 すると魔術師のバーダックが息を整え横に来る。


「クラフト、マナポーションは余ってないか? 魔力がほとんどないのだ」

「すまん。品切れだ。エヴァたちと合流したんだろ? エヴァにわけてもらわなかったのか?」


 俺が持っていたマナポーションは全てエヴァに渡してある。


「カイル様が逃げる時間を稼ぐのに、彼女が無理をしてくれた。ポーションも使い切ったらしい」

「なるほど。そういやジタローとキャスパー三姉妹はどうしたんだ?」


 バーダックが眉をひそめる。


「……ザイード様の護衛をしている。なぜか私たちを追ってきているんだ」

「は!? 待機してるんじゃないのか!?」


 たしかに、レイドックの視界では、ついてきているように見えたが、この危険地帯まで来るつもりなのか、あのアホは!?


「その前に冒険者とリザードマンたちが合流する。クラフト、あの八ツ首を倒す算段はないのか?」

「あのすさまじい再生力は確認した。……頭を一撃で吹っ飛ばされれば再生はしないようだがな」

「どうやったのだ?」

「魔力爆弾をしこたまお見舞いしてやった」

「ああ、あれか」


 バーダックは一緒にいった洞窟のことを思い出したのだろう、ニヤリと笑う。


「しかし、あれほどの威力をぶつけるとなるとことだぞ。クラフトの攻撃魔法でなんとかなるか?」

「いや、魔力がからっけつでな。無理だ」


 魔力もマナポーションもスカンピン。魔力爆弾も自爆用に取っておいた一つが残るだけだ。

 だが、俺たちにはレイドックという切り札が残っている。


「冒険者、リザードマン、俺たちの全員でヒュドラの動きを止め、一つずつレイドックに潰してもらうくらいしか思いつかない」

「やはりか。カイル様を逃がしたときに、似た戦法を取ろうとしたんだが、あのときのヒュドラはとにかく動きが機敏でな」

「今のあれで動きが鈍ってるってのか!?」

「ああ。湿地帯を高速で動き回られていないだけでも、ずいぶんマシだ」


 今の動きですら、神酒で酔っ払っている状態らしい。

 先ほどの残像すら残さず移動するのが通常だったら、とても勝負にならん。よくもまぁカイルを逃がしきったもんだ。


 俺たちが話している間にも、レイドックとソラルのコンビがヒュドラを牽制してくれている。

 どうやら八ツ首はレイドックを警戒しているらしく、ある程度距離を取って唸っていた。

 巨体ヒュドラをびびらすとか、レイドックの野郎どんだけ痛めつけてやったんだ?

 あの反則じみた再生能力がなければ、とっくにレイドックが殺ってるに違いない。


「クラフト!」


 レイドックが前を向いたまま俺を呼ぶ。


「作戦はあるか!?」

「仲間が合流したら、お前以外でごり押し! 動きを押さえたら、レイドックが首を確実に落としていく!」

「俺抜きで抑えられるのか!?」


 自信過剰でもなんでもなく、冷静な戦力分析でレイドックが叫ぶ。

 それでもちょっとこう、もやっとする。


「……エヴァとカミーユも必要だ」


 エヴァにどれだけの魔力が残っているのか不明だが、彼女が少しでも参戦してくれるなら心強い。

 カミーユの素早い剣技も、ヒュドラの動きを抑えるのに有効だ。

 マリリンはベップと一緒にバックしてくれればいい。


「よし! 味方が合流するまでは防御に徹する! 全員クラフトとバーダックを中心に、牽制!」

「「「おう!!!」」」


 こうして第二ラウンドの鐘は鳴り響いた。


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