97:指摘されないと、わからないこともあるよなって話


 湿地討伐隊が湿地中央部そばまで進行すると、ザイードの私兵を救出。

 その兵士によると、ザイードとその私兵部隊は危険な湿地中央部に足を踏み入れたが、ヒュドラの大軍に襲われ、ばらばらになってしまったらしい。


 カイルはザイードと、その私兵の救出を決意。

 レイドック率いる冒険者隊と、ジュララ率いるリザードマン隊が合同で湿地奥地への探索を開始する。


 一言で湿地奥地、湿地中央部と言っているが、その広さは都市国家が領地ごと収まるような広大な面積を持っている。


 探索も一筋縄ではいかないだろう。


 カイル率いる居残り組は、彼らをフォローすべく、野営地の設営をしていた。


 俺は割り当てられた仕事を終える。


「なあリーファン。俺の仕事少なすぎないか?」


 やったことと言えば、アイテムの在庫管理と、兵士たちを回って、問題がないか聞き取り調査をしたくらいだ。


「クラフト君の仕事は休養だよ! 何かあったらすぐに動けるように!」

「あー……」


 たしかにカイルの護衛としての自覚が足りなかったか。

 俺はカイルとマイナ用の宿泊荷馬車の隣に用意された、同じく荷馬車で休むことにする。


 すると、ジャビール先生がこちらに歩いてきた。


「クラフト、ちょっといいのじゃ?」

「もちろんですよ先生。今お茶を入れますから、おかけになってください」

「うむ」


 俺はポットに茶葉を突っ込んで、お湯を注ぐ。

 お湯は魔法で作り出した。

 冒険者時代には考えられない魔力の使い方である。

 安物のカップで申し訳ないが、ジャビール先生にお茶を差し出す。


「ふーむ。貴様はもう少し茶の煎れ方を学ぶべきなのじゃ」

「う……すみません。同じ茶葉でもリュウコが煎れると美味いんですが……」

「錬金術と考えればよかろう。薬草と抽出温度管理と同じなのじゃ」


 その発想はなかった!


「精進します」


 これからは修行の一環として、リュウコに煎れ方を学んでいこう。

 そんな決意の拳を固めていると、先生が表情を引き締めた。


「うむ。それで本題なんじゃが、お主、オリハルコンのことをどこまで理解しておる?」

「オリハルコンですか?」

「うむ」


 ミスリルとアダマンタイトの合金で、重さや魔法特性のバランスが良く、武器にも防具にも最適な素材。

 さらに、錬金術によって、精神感応金属化できるので、便利な通信機として使える。


 そのようなことを、専門用語も交えて先生に伝えた。

 すると先生は力なく首を横に振るのだ。


「私が聞いているのは金属としての特徴ではない。オリハルコンが与える影響についてなのじゃ」

「影響……ですか?」


 ミスリルが見つかったときの三倍くらい大騒ぎになるとか考えればいいだろうか?


「はぁ。では講義なのじゃ。まずもって、オリハルコンという金属じたい、ほとんど知られておらんのじゃ」

「そういえば、冒険者でも知らない奴がいるくらいでしたね」

「うむ。それとて、凄い金属程度のうわさ話であろ?」

「はい」

「つまり、オリハルコンがどういう金属かは、ごく一部の人間を除いて知るすべもないのじゃ」

「なるほど」

「その中でも、お主が確認した、精神感応性は、今まで全く知られておらん事実なのじゃ」

「そうなんですか?」


 俺が首を傾げると、先生がオリハルコンの指輪を見せつけてる。


「お主が作ったこの、通信の魔導具じゃが、どうして通信できるのかはわからんかったのじゃ」

「あれ? そうすると先生はこの魔導具じたいは知っていたんですね」


 さすがジャビール先生である。


「うむ。手にしたのは初めてなのじゃが、存在自体は知っておったのじゃ」

「なら、オリハルコンの特性も知られていたのでは?」

「いや、魔導具にオリハルコンが使われているらしいのは聞いたのじゃが、この金属の特殊な性質を利用していたことはわからんかったのじゃ」

「なるほど」


 先生がわからないんじゃ知っている人間は本当に少ないのだろう。


「それで先生。何か問題があるんでしょうか?」

「あほう。問題だらけなのじゃ。お主はちょっと便利な魔導具程度に考えておるじゃろうが、この魔導具の利用価値ははかりしれんのじゃ?」

「便利以上ですか?」


 個人的に離れていても会話出来て便利ってのはもちろんだが、今回のように軍事的な利用は思いついていたので、凄いことは理解していたつもりなんだが。


「ふむ……例えばじゃが、王都に魔導具をもった者がいるとしてじゃ、王都で魔石が値上がりしたと聞いたら、お主ならどうする?」

「そりゃ、アキンドー……商人なんかに頼んで、大量に売りに……あ!」


 今まで冒険者の視点でしか考えていなかったが、商人の視点で考えれば、とんでもない利益を生み出す事になる!


「他には隣国の帝国で政変が起き、この国に大軍を差し向けているなんて情報はどうじゃ?」

「……きっと情報がなければ不意打ちされて、大打撃を受けると思います」


 今度は軍事の視点か。

 あれ?

 この通信の魔導具って、想像以上にやばくね?

 俺の顔色が変わったのを見て、ジャビール先生が頷く。


「少しはわかってきたようじゃの。お主が考えている以上に、この魔導具は素晴らしく、また同時に危険なものじゃ。もっとも魔力消費がとんでもないから、誰にでも使えるものでもないがの」


 そういえば、エヴァに指輪を渡したとき、彼女はそれらしいことを呟いていた気がする。

 やっぱ本職の魔導師は頭が良いんだな。

 俺もある程度理解していたつもりだったが、まだ少し足りないようだった。


「えっと、そうしたら、この魔導具は封印した方がいいんでしょうか?」

「いや、使っておればいいのじゃ。ただし、これ以上の数は作らぬ方がええじゃろうの」

「わかりました!」


 先生が満足げに頷く。


「ま、通信の魔導具はお主の信頼する仲間だけが持ってればいいじゃろ。逆に、武具に関しては少し世間に出してもいいかもしれんのじゃ」

「どういう事ですか?」

「オリハルコンが見つかった事実はもう隠せないのじゃ。カイル様が管理しているのは、商人連中に知れ渡っておる」

「らしいですね」


 アキンドーの奴が、馬車いっぱいの金貨を積み上げて売ってくれと懇願に来たときは驚きすぎてひっくり返ったもんだ。

 いつの間にあんなに儲けたのやら。


「オリハルコンで武具が作られ、それが貴族や冒険者に渡ったと知られれば、噂は落ち着くじゃろ。流石にインゴット単位で見つかったとは誰も想像しておらんじゃろうしの」


 あれ?

 先生にはインゴットが出来たことは伝えたが、一〇個も出来ちゃったって話はしたっけか?

 ま、いっか。


「ならいい手がありますよ」

「なんなのじゃ?」

「どうせ今回もレイドックの野郎が活躍するのは目に見えてるので、特別報酬としてオリハルコンの剣を渡せば誤魔化せませんかね?」

「ふーむ」


 しばらく無言で腕を組む先生。


「さすがにちと報酬にはでかすぎる気もするのじゃ」

「確かに……、まぁその辺はカイルと調整してみます」

「うむ。カイル様なら上手いこと名目をかんがえてくれるじゃろ」


 先生もカイルを信用してくれているのは、たいへん嬉しいことだ。


「オリハルコンに関しては、これからもカイル様に相談するようにするのじゃ」

「わかりました」


 俺が頷いた時だった、外から戦闘音が響いてきたのは。


「なんだ!?」


 俺が馬車から飛び降りると、休息していたカイルの私兵たちがわらわらと動いているのが見える。

 そのうちの一人がこっちに駆け込んできた。


「クラフトさん! 一〇時方向からヒュドラの集団が接近してる! 俺たちで倒せる数だが、少し多い! 念のためカイル様のそばにいてください!」

「了解だ!」


 俺はジャビール先生と、カイルとマイナの馬車に急ぐ。

 もっともすぐそばだが。


 すると、自称冒険者のヴァン・ヴァインが馬車の前に立っていた。

 赤毛のヒゲ野郎で、たぶん貴族のおっさんである。


「このあたりのヒュドラはかなり減らしたと聞いたが、また出てきたのか?」


 落ち着いてアゴをさするヴァン。

 冒険者ってのは嘘だとおもうが、荒事には慣れている感じだ。


「本来なら、湿地帯の浅い地域と、少し入り込んだこのエリアを一掃してから動く予定だったんだ。その理由はわかるだろ?」


 ヴァンは肩をすくめる。


「ああ。このクソ広い湿地帯にまんべんなく大量のヒュドラがいるからだな」

「そういう事だ。予定では、一番危険な湿地帯の中心部、植物の密度が極端に上がるこの地域に突撃する前に可能な限りのヒュドラを退治しておきたかったんだが」

「人助けならしょうがないってところか」

「ああ」


 ザイードはむかつくやつだが、カイルの兄なのは事実だ。

 個人的にはザイードには痛い目にはあって欲しい。

 まだ生きているかは怪しいところだが。


 生死が確認出来ていないのだから、捜索は急務だろう。

 優しいカイルの心情を考えても、生きて助けてやりたいところだ。


 戦闘音が激しくなってくる。

 不安になったのか荷馬車から顔を出すカイル。


「クラフト兄様……」


 俺は安心させるように微笑む。


「大丈夫だ。数は多いみたいだが、お前の兵隊は優秀だぞ」

「それは理解しています。でも……」


 苦戦しているわけではなさそうだが、助けに行くべきか?

 悩んでいると、ヴァンがニヤリと口元を歪めた。


「よし。俺が行こう」


 ヴァンが身長ほどある、真っ白で巨大な剣を手に取った。


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